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松下幸之助が言った「不安もまたよし」...名経営者に多い“小心者”の気質

2023年10月05日 公開

川上恒雄(PHP理念経営研究センター首席研究員)

経営者 小心者 経営理念

一般的なリーダーのイメージとは裏腹に、内向的で臆病な人が名経営者として腕を振るう例は決して少なくない。

そんな「小心者のリーダー」たちがどのようにして成功を収めてきたのか、長年企業経営に関する研究を重ねている川上恒雄氏が解説。

※本稿は、『THE21』2023年11月号特集「『静かな人』が活きる仕事術」より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

大胆なだけでは名リーダーになれない

「名経営者」というと、私たちはたいてい、豪胆な人物をイメージします。しかし名だたる経営者にはしばしば、自らを「小心」と称する人がいます。

その中から、ここでは5人の人物、京セラ創業者の稲盛和夫氏、イトーヨーカ堂設立者の伊藤雅俊氏、堀場製作所創業者の堀場雅夫氏、ニデック創業者の永守重信氏、そしてパナソニックグループ創業者の松下幸之助を紹介しましょう。

いずれも大事業を成し遂げた経営者ですが、そろって自らを「気が弱い」と評しています。

中でも稲盛氏は、「経営者は小心者で『なければいけない』」と指摘しています。強さや大胆さだけしか持たないリーダーは、一時的な成功は得られても、そこで気が大きくなりすぎて失敗する、ベンチャーが先細りになるのはおおむねこのパターンである、と稲盛氏は語っています。

一方、小心さのみでも不十分。経営者に必要な「決断」ができないからです。決めるときは大胆に、過程においては細心でいなくてはならない――

その意味を込めて、稲盛氏はリーダーの条件として、「大胆さと細心さの両極端を併せ持つことが必須」であり、「中庸」ではいけないと述べています。

この考えの背景にあるのは「経営は怖いものである」という現実です。ここに挙げた名リーダーたちが自らの小心さを語るのも、その認識に立っていたからでしょう。

なお、「大胆な経営者」の代表格と見られがちな松下幸之助も、その怖さを知る人でした。経営や仕事は「大胆にして小心であれ」と説いていた松下でしたが、自身も怖さに耐えかねた、と思しきエピソードを残しています。

1952年に松下電器(現パナソニック)は、オランダのフィリップス社と技術提携の話を進めていました。

欧米よりも立ち遅れていた技術力を引き上げることが目的でしたが、高額な技術指導料を要求されたうえに、両者の合弁会社「松下電子工業」の資本金6億6000万円は、「合弁」とはいえ、事実上松下側が持つという条件。それは、母体の松下電器の資本金5億円を上回る額でした。

その契約調印の席で、松下幸之助は突如顔面蒼白となり、別室でいったん休まざるを得なかったそうです。

最終的に契約は成立し、技術提携は後の松下の技術力の礎となったのですが、それはあとになってわかる話。重要な決断の場面においては、松下幸之助ですら、極度の不安に駆られるのです。

 

「借金は怖いが、無借金も怖い」

「怖さ」を折に触れ語った経営者の筆頭格は、イトーヨーカ堂の生みの親、伊藤雅俊氏です。

伊藤氏の原体験は、母が営んでいたお店だといいます。忙しく働いていた母が、なぜか自分と遊んでくれるようになった。

子どもにとってはうれしいはずですが、伊藤氏は「お客が来なくなった」と、幼心に怖さを感じたそうです。振り返ってみれば、それは不況期のことでした。

そんな伊藤氏が、戦後にイトーヨーカ堂を一大企業に育て上げてからも、常に立ち返るのは「母の教え」でした。

いわく、「お客は来ないもの」「取引先は応じてくれないもの」「銀行は貸してくれないもの」。

この教えを心に刻んだ伊藤氏が貫いたのが、借金に頼らない「堅実経営」でした。新規出店の際も、土地や建物を購入することを好まず、できるだけ賃貸に徹したそうです。

対照的だったのが、ダイエー創業者の中内㓛氏です。ダイエーは高度経済成長期からバブル期にかけて、店舗用地の含み益を担保に借り入れをし、積極的な出店を続けました。

しかしこのビジネスモデルは、バブル崩壊と地価暴落を境に崩壊へと至ります。

対して、長らくダイエーの後塵を拝していたイトーヨーカ堂は、土地投資に手を出すことなく堅実経営を続け、業界最大手となっていくのです。

堀場製作所の堀場雅夫氏も、若い頃に資金難に直面した経験から「無借金経営」に徹していたのですが、伊藤氏とは異なり、後にその方針を転換しています。理由は、「借りないのも怖いから」。

融資を受けたほうが、銀行から経営上の問題点について指摘してもらえる。しかし無借金経営ではそうした外部の意見を得られず、自分はいつ判断を誤るかわからないから心配だ、と考えたそうです。

伊藤氏との共通点と差異を双方感じさせるのは、ニデックの永守重信氏も同様です。

伊藤氏はM&Aについても「相手企業とよほど相性が合わなければうまくいかない」と消極的でした。ニデックは逆に、積極的なM&Aで知られています。

ところが永守氏いわく、実は「こわごわ」で、大胆な買収は少なく、「大丈夫だろうか?」と案じつつ、少しずつ買い重ねるのが常だったとのこと。

ちなみに永守氏は子どものころ、翌日学校に持っていく教科書を忘れないか心配で、寝る前に必ず用意し、何度も確認していたそう。その「臆病さ」は経営者になって、計画とち密さを重んじることにつながったといいます。

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