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働き手を大切にする経営者が「複業」を推奨する理由

2022年11月03日 公開

大西倫加(さくら事務所 代表取締役社長)

大西倫加 さくら事務所 働き方

不動産業を営むさくら事務所は、不動産事業の一種であるホームインスペクションの普及推進役を担ってきた会社である。ホームインスペクションとは、新築住宅に欠陥がないか、中古住宅であれば、どれくらい劣化していて、どのような改修をすればよいか、費用はどのくらいなのかなど、建物の専門家であるインスペクターが第三者的立場からアドバイスをするサービスだ。

そんな草分け的な存在であるさくら事務所の代表取締役社長・大西倫加氏は、会社や社員に対して独特な価値観を持って経営にあたっている。

大西氏は、会社を「遊牧民トライブ」と称し、社員や会社に関わる人材の流動的な出入りを認め、自由な働き方を掲げているという。働く仲間を第一に考え、会社側が人に合わせていく組織運営とは。また、大西氏が現在の経営スタイルに至るまでの経緯をうかがった。

 

会社の理想は「ONE PIECE」型の経営?

近江商人の経営哲学のひとつに「三方よし」があります。商売において売り手と買い手が満足し、そして社会にも貢献することを意味しています。

私たちには、それをさらに増やした「五方よし」の企業理念があります。五方とは、自分、会社、依頼者、業界、社会全体のことです。「人と不動産の幸せな関係」を追求し、次世代に美しい社会を手渡していくために必要な理念だと思っています。

創業者が掲げた「五方よし」の理念。私が社長就任した際、風化させないよう、日々の行動指針として具体的に落とし込んでいくことにしました。

理念の根っこになる「人と不動産の幸せな関係」の中でも、働く社員の幸せが起点になります。だから、私は働き方やルールを型にはめず自由な社風を掲げています。

働き方のイメージとしてあるのは、「遊牧民トライブ」。事業も人生も冒険だと思って、目指したい目的地、価値観やビジョンを共有する民族集団で旅をし続けていく。

例えていうなら「ONE PIECE」の世界。ルフィたちは、冒険を続けながら出会う登場人物と敵対したり、仲間になって共に冒険をしたり、いっとき離れることだってあります。そうした中で信頼の絆を結んでいく。私たちの会社もそんな冒険の旅をしている感覚です。コアになるメンバーに加え、運よく出会えた人とも共同でビジネスを前に進め、仲間意識が芽生える。

家庭の事情などで一時的に離れるメンバーがいてもいいんです。どこかのタイミングで再び一緒に働くこともあるはずだから。中にはピンチの時だけサポートしてくれる人もいたりと、いい意味でたゆたい、出入り自由な遊牧民のようなチームのあり方を目指しています。

 

「会社をやめなくていい」仕組みを作っていく

今までは、企業の多くは1つの箱の中に仲間を呼び集め、箱に入るためのルールを作り、それを守る人たちで構成するのが常識的でした。しかし私たちはその箱を取っ払っていきたいと考えています。

家族の状況で働けない、自分自身が学びの期間に充てたいなど、いろんなライフスタイル、状況の変化が起こっても「会社はやめなくていい」。

当社はギグワーカーを含め、いろいろな働き方をするメンバーが全国に130人程います。

たとえばある時、会社で中心を担っていたフルタイムの社員が、家族の事情で土日に働くのが難しくなり、弊社を去らざるを得ない状況になりました。

しかし、弊社の仕事が好きで、得たスキルや知見は今後もいかしたいと語ってくれた彼は、転職先と交渉し、副業として弊社のギグワーカーとして働いてくれることに。

「複業」や「福業」と私は呼んでいますが、これからは自分のキャリアプランに応じて、複数の肩書きを持っているのが当たり前の時代になるはずです。

弊社では、依頼者ありきの職種は別ですが、ITや総務・人事やマーケティング系の職種ならフルフレックスが可能です。時差があってもできるので、配偶者の転勤で海外にいながら稼働するメンバーもいます。

育児をしているメンバーからは「ありがたい」という声も上がります。この働き方なら、子どもの熱や体調不良で保育園から呼び出しがかかってもイレギュラーな対応が可能。だから「福業」にもなりえるのです。

 

働く人が最大限の力を発揮できる瞬間とは

型にはめないのは、「働き方」だけでなく「組織運営」も同じです。必要以上に組織のヒエラルキー型の意思決定をもちこまない。役職は置いていますが、それはメンバーの成長や進化をサポートするための役割。

または、誰かがやらないといけない重大な責任を担ったり、人から嫌われるのもやむない必要な決断をするための役割。これらが役職者を置く意味です。

つまり実質はフラットな組織です。会社としては"働く仲間"が一番の財産。彼らが最大限のパフォーマンスを発揮できることが、依頼者のためであり、会社のためにもなり、五方良しにもつながっていきます。

では、人はどういう時に最大限の力を発揮できるのでしょう?それは自分がどこからも圧迫されず、不自然な緊張感もなく、少しリラックスして自由に、ちょっと背伸びが必要なチャレンジや目標に全力かつ無心で取り組む時です。

例えて言うなら、アスリートの『ゾーン』のような状態です。時が止まったような、夢中、熱狂状態のときに人は力を発揮します。もしゾーンに入って仕事をできれば、もともとのスキルや才能として個々人の差があっても、ビジネスにおいては何十倍も力を発揮していくと思っています。

仮に未経験者とベテランが同じ仕事をしても、未経験者が情熱をたぎらせてゾーンに入れば、ベテランをしのぐ活躍をするのがビジネスの領域では起こりうるのです。そういう姿を見ると、私もワクワクします。

人はみな善性をもっていると思っています。誰かに喜ばれる存在でありたい、才能を活かして世の中にグッドインパクトをもたらしたい、自分の行動が誰かの未来の笑顔につなげたい。そうした「自他」が一体化しているはずなのです。

だから私は、人が力を発揮できないのは、自分の中のトリガーや才能をみつけられず、活躍できる場を見いだせていないだけと思っています。彼らの力が発揮される場を提案できない経営側が悪い、と。

私は人が会社に合わせるのではなく、"人合わせ"の経営がいいと思っています。もちろん労基法上など、制約があってできないことがあるのですが、できる限り、一人ひとりの個人に合わせて人事や組織制度を変えていく。会社のルールという枠に社員を当てはめさせる必要はありません。

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