2019年09月06日 公開
2019年09月06日 更新
この連載は、実は小説が大好きで年間100冊以上読む月刊ビジネス誌・THE21の編集長が、作家さんについて、また小説について「ただのいちファン」として僭越ながらその凄さ・魅力を語るものです。
今回語るのは、私が最も新刊を楽しみに待ち望む作家である貴志祐介先生。既刊本は小説はもちろんすべて、角川新書の『エンタテインメントの作り方』も、エッセイの『極悪鳥になる夢を見る』も読んでいる。
「人気作家の本なら当たり前では?」と思うかもしれないが、著名で人気の小説家の方の作品であっても、文学性は高いのかもしれないがエンターテインメント性はいまいち……ということは結構ある。小説を読むことは私にとっては大事な趣味なので、エンターテインメント性の高さは重要なポイントだ。
貴志先生の場合、ご本人の新書のタイトルではないが、エンターテインメントとしてとにかく極上である。どの本もなるべくゆっくり味わって読みたいと思っているのに、困ったことに先が気になり過ぎて必ず一気読みをしてしまう。文庫版上下巻にわたる『ダークゾーン』をうっかり夜、寝る前に読み始めたときは、目が冴えて眠れなくなるどころではなく、徹夜で全部読んでしまったのを覚えている。
『ダークゾーン』はプロ将棋棋士の卵である主人公たちが異世界で異形の戦士となって戦う……というもので、頭脳戦や心理戦の駆け引きに手に汗握るのだが、『クリムゾンの迷宮』という作品も謎のサバイバルゲームに巻き込まれるというストーリーで、こちらも一気読み必至だ。
幽霊より妖怪より悪魔より「人間」が最も恐ろしいと、むかしから個人的に思っている。小説でも人間の怖さを描く作品が好きなのだが、その点貴志先生の小説ではこれでもかと言うほどに人間の残酷さや業の深さについて見せつけられる。しかも、読み終えた後に薄気味悪さがいつまでも余韻となって残るような作品も多い。
ご自身の生命保険会社勤務の経験を活かして書かれた血も凍るような傑作『黒い家』は、まさに人間の怖さと読後の薄気味悪さの両方がトップクラス。映画のヒットでも話題になった『悪の教典』はデスゲームもののようなエンタメ性を備えつつ、ラストは見えない恐怖に心をわしづかみにされた。
私が貴志先生の中で2番目に好きな作品である『天使の囀り』も、まるで虫が背中をはい回るような、おぞましいと形容したくなる怖さが魅力である。
最も好きな作品である『新世界より』は、単行本上下巻、文庫では上中下の3巻という長さだが、圧倒的な世界観の構築に飲み込まれて読み終わるまで戻れなくなった。人々が「呪力」と呼ばれる超能力を身につけた1,000年後の日本を舞台にしたSF小説だ。
この世界全体に漂う薄気味悪さや違和感に最初は戸惑うのだが、読み進めるうちにその作り込まれた設定に感服せざるを得なくなる。架空の世界のはずなのに、さもありなんと思えてくる。
『新世界より』の設定には様々なところに不思議なリアリティがあるのだが、中でも私が考えさせられたことの一つが、この世界では科学技術の発達を必要とせず、移動手段が動力源のない舟だったり(呪力で動かせるため)、人々の娯楽も非常にアナログだったりと、未来の話なのに懐かしさを感じさせる牧歌的な雰囲気があるところだった。数々の戦乱の世を経てこの世界にたどり着いたのなら、本当にこんな生活に落ち着くのかもしれないと思う。
ホラーやSFは、フィクションであってもどれくらい「現実にありそう」と思わせられるかが大きなポイントであると思う。その点も貴志先生の作品は期待を裏切らない。
執筆:Nao(THE21編集長)
更新:11月22日 00:05