2018年10月05日 公開
※本題の前に……
2回前の本連載にてS/N君が平山夢明氏の本を取り上げているので、まさかの著者被りです。誠に申し訳ございません。地味に長く続いている連載なので、80回を超えてくるとこういうこともあるのだなぁと思っております。本原稿は以前より書き溜めてあったもので、著者が同じとはいえタイトルもジャンルも違う本ですので、予定通り掲載させていただこうと思います。
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軽はずみに闇サイトのアルバイトに手を出したせいで、拷問の末に殺されかけたオオバカナコ。間一髪、彼女を「買いたい」という人物によって命を救われる。買われた先はレストランで、カナコはそこで働くことに。そこは、元殺し屋の料理人・ボンベロが店長を務める「殺し屋専門の会員制ダイナー」。客に対する受け答え一つで簡単に命を落としかねない危険な店だ。果たしてカナコは何日、拾われた命をつなげるのか!?
私は「ちょっとしたきっかけで人生の明暗が分かれる」というストーリーが好きなのだが、平山夢明作品の場合は理不尽な暴力や殺人といった形で残酷なまでにそれを描き出す。本作のオオバカナコの場合は危ないバイトに手を出している時点で自業自得なのだが、首の皮1枚で命をつないだカナコが必死になって生き延びようとする様を追ううちに、物語に引き込まれていく。
ボンベロとカナコの関係性は、本作の大きな見どころの一つである。決して交わることなどないと思えた2人が、心を通わす瞬間。氷のような心の人物かと思われたボンベロが、意外な人間味を現す。そのとき、ダメ人間だったカナコもまた、大きな成長を見せる。彼女は一度死にかけてからこのダイナーに来なければ、本当の意味で自分自身の人生を生きることはできなかったのではないだろうか。ラストの爽快感は切なくすらあり、読了後は物語序盤の第一印象とは大きく違う印象を持つはずだ。
そしてもう一つ、ボンベロの作る料理にも注目だ。様々な種類の肉を惜しげもなく使ったハンバーガー「究極の六倍」や、ふわふわで甘い香りの蜂蜜のスフレなど、文字での描写しかないものの、どれもきわめて美味しそう、いや美味しいに違いない。
それらの料理を注文しつつ騒動を巻き起こす客たちにも、それぞれのキャラクターにきちんとストーリーがあるので、群像劇的な楽しみ方ができる。どの客もキャラクターがあまりにも濃いので、いったい今度は何をやらかすのかとヒヤヒヤする。カナコには最初は全然感情移入できないのだが、ダイナーで頭と体を極限まで酷使して働く彼女を見ているうちに不思議とその視点に立ってしまうのは、著者の筆力のなせるワザだろう。
更新:11月22日 00:05