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「量子力学」「量子コンピュータ」って何?世界はどう変わる?

藤井啓祐(京都大学教授)

「量子力学」「量子コンピュータ」って何?世界はどう変わる?

近年、急速に存在感を高めている「量子コンピュータ」。そもそも量子とは何なのか、そして私たちの未来をどう変える可能性があるのかを解説してもらった。

※本稿は、藤井啓祐 著『教養としての量子コンピュータ』(ダイヤモンド社)の内容を一部抜粋・編集したものです。

 

量子とはあらゆる可能性の領域

「量子とは、あらゆる可能性の領域であり、創発的な知識の地平でもある」

これは、世界最大規模の素粒子物理学研究所であるCERNが、2025年の大阪・関西万博で催された「エンタングル・モーメント」に寄せた言葉だ。

皆さんは「量子」あるいは「量子コンピュータ」という言葉を聞いて、どのようなイメージを持つだろうか。

「何か不思議でよくわからないもの」「小さくて難しそうなもの」といった印象を持つ人もいれば、最近では「ビジネスにつながりそう」と感じている人もいるかもしれない。

量子関係のニュースが出ると乱高下する「量子銘柄」なる企業の株もあるそうだ。

あるいは、残念ながらテレパシーや死後の世界など、精神世界の崇高なキーワードとして「量子」が語られることもある。

なぜ「量子」にはこれほど多種多様なイメージがまとわりつくのだろう。

それは、量子が日常的に見たり触れたりできる「古典的な世界」とは異なる、私たちの直感を超え、想像力を必要とする「概念的な世界」とつながっているからかもしれない。これが「量子」の持つ不思議な魅力や技術の可能性の根源でもあり、また同時に、そのわかりにくさの理由にもなっている。

私は京都大学3年生のときにはじめて量子論の講義を受けて衝撃を受けた。

教科書には、「生成」演算子や「消滅」演算子なる聞き慣れない言葉が現れる。「真空」に生成演算子を呪文のように作用させるとレベルが上がる。帽子をかぶって、マントを羽織り、剣まで持っている...。

これは冗談ではない。本当に量子力学の式がそのように見えるのである。

まるでゲームのような世界に、私は完全に心を奪われた。

しかも、それらの背景には数学的な道具立てがあり、このような量子力学に従う世界が本当に存在している。私は、この世界の裏側で回っている“歯車”を覗き見てしまったような感覚になった。さながら、映画「マトリックス」の世界観だ。

このような感覚に魅了された人が向かう道は大きく2つに分かれる。この歯車がどう動いているか理解したいという方向と、この歯車を組み替えて改造してみたらどうなるだろうかという方向である。

前者は、素粒子物理学や宇宙論などいわゆる伝統的な物理学に進んでいくのだろう。そして、後者に興味があった私にとって量子力学の原理で動く機械、量子コンピュータは格好のテーマであった。

勉強すればするほど、「量子もつれ」、「量子テレポーテーション」、「魔法蒸留」といったSFを彷彿とさせる世界のキーワードが飛び交う——。

私が量子コンピュータに夢中になった理由は、量子コンピュータを作って大金持ちになりたかったからでも、暗号を解読したかったわけでも、崇高な社会課題を解決したかったからでもない。空想科学を独り占めできるという、ちょっとした「可笑しみ」に原点がある。

かつて宇宙エレベーターやスペースコロニーにワクワクしたように、量子コンピュータという誰もが実現しないと思っているおもちゃを研究する点が面白かった。

大学にも研究室はほとんどなく、まるでファンが2、3人しかいない地下アイドルを応援しているような気分で。そんな量子コンピュータが今では、武道館でライブをするようなポピュラーな存在になってきた。

物理学者である佐藤文隆先生の言葉が印象に残っている。
「不思議とは古い理論への執着、工学とは不思議を制御し応用すること」

古典の世界観で見ると量子は不思議に見える。しかし、量子は本来出発点なのである。量子力学の誕生から100年が経ち、いま私たちは「量子の不思議」を受け入れ、それを制御し応用する時代に入ろうとしている。

2010年代にグーグルやIBM、マイクロソフト、アマゾンといった巨大IT企業がこぞって量子コンピュータの開発を進め、世界各国で国家プロジェクトが進められてきた。未来のグーグルやマイクロソフトの地位を目指して、新たなスタートアップ企業も続々と登場している。

そして、実際に量子コンピュータが世界で多数稼働しており、国産量子コンピュータも2023年以降、複数が稼働しはじめている。海外製の量子コンピュータも含めると日本はアメリカに次いで世界で2番目に多種多様な量子コンピュータが集結している国だ。

国家プロジェクトや最先端のテック企業だけではない。

2025年4月から日本科学未来館では、私が総合監修を務めた量子コンピュータに関する常設展示がはじまった。その名も、「量子コンピュータ・ディスコ」である。DJになって量子コンピュータを操り、触れて、聴いて、踊って、感じることをテーマにしたアートとテクノロジーの融合展示になっている。

アーティストたちも量子のもたらすインスピレーションに敏感に反応している。私の世代なら一度は聴いたことがある宇多田ヒカルもそうだ。彼女のベストアルバム『SCIENCE FICTION』に収録されている新曲「Electricity」は「量子もつれ」にインスピレーションを得ているという。もはや量子は大学の研究者だけのものではなく、私たちの身近な文化のすぐ近くまで来ているのだ。

 

量子コンピュータはこれから世界をどう変えるのか?

正直にいうと、私たち研究者にもまだはっきりとはわからない。それが知りたくて量子コンピュータの研究をしている。

1950年代の科学者たちが、将来コンピュータが人類全体のコミュニケーションや経済の基盤になるとは想像できなかったように、量子コンピュータが何をもたらすかも、これから形づくられていくものだ。

しかし、確かなのは「何かすごいことが起きそうだ」という予感である。そして、そうした予感を信じて手を動かし続けた人たちが、現代のインターネットや生成AIを作ってきた。

2017年にはマイクロソフトが、アンモニア合成の解析に量子コンピュータが利用できると発表した。アンモニア合成には全世界の数パーセントのエネルギーが消費されているため、食料・エネルギー分野に大きな革命をもたらし得る。

グーグルは、人体内に存在する酵素を解析する量子アルゴリズムを開発している。この酵素は、薬の効き目や副作用に深く関係しており、正確な予測ができれば新薬の開発スピードや安全性が飛躍的に高まると期待されている。

このような量子コンピュータの応用は、食料・エネルギー・創薬だけにとどまらない。電気自動車に不可欠なリチウムイオンバッテリーの性能改善、夢のエネルギーである核融合のための材料設計など、その可能性は無限に広がっている。

なぜ量子コンピュータがそこまで幅広く使えるのか?

理由はとてもシンプルだ。私たちの自然界を支配している物理法則そのものが「量子力学」だからである。

自然を、自然の言葉である量子力学の原理で“計算”できる機械。それが量子コンピュータだ。これまで地球が46億年という進化の歴史のなかでたどり着いてきた、生命、物質、エネルギーの精緻な構造、その「最適解」を読み解く鍵が、量子コンピュータによって与えられようとしている。

量子コンピュータは「単なる速い計算機」ではない。

自然を深く理解し、人類の知の地平を押し広げる“新しい望遠鏡”であり、“顕微鏡”でもあるのだ。

プロフィール

藤井啓祐(ふじい・けいすけ)

京都大学教授

2011年3月京都大学大学院工学研究科 博士課程修了。博士(工学)。2011年4月から2013年3月まで、大阪大学大学院基礎工学研究科 特別研究員。2013年4月から2016年3月まで、京都大学白眉センター特定助教。2016年4月から2017年9月まで、東京大学光量子科学研究センター助教。2017年10月から2019年3月まで、京都大学大学院理学研究科物理学・宇宙物理学専攻、特定准教授。2019年4月から、大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻、教授。2026年4月から、京都大学大学院情報学研究科通信情報システムコース、教授。

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