
これまでは「人間にしかできない」とされてきた仕事がAIに奪われ、人間が労働の場を失う──そんなSFじみた筋書きが、ChatGPTをはじめとするAIの飛躍的な発展によって、今まさに現実になろうとしている。
本連載では、ITコンサルタントとして一般企業に勤めながらSF作家としても活躍する樋口恭介氏に、そんな時代に淘汰されることなく生き残る人材・生き残る組織のあり方を聞く。(取材・構成:杉山直隆)
※本稿は、『THE21』2024年7月号掲載記事より、内容を一部抜粋・編集したものです。
生成AIに代替されない人材になるためには、「人間にしかできない仕事」をすることが不可欠。そしてそのためには「妄想力」「好奇心」「関係性構築力」の3つを身につけることが必要だ、という話を、これまでの連載で語ってきました。
とはいえ、いくらスキルを身につけても、一人で生み出せるアウトプットには限界があります。人間にしかできない「強烈で尖ったアイデア」を生み出すには組織の力も欠かせません。
そしてもちろん、個人の力を最大限に引き出すためには、組織そのものも生成AIの発展によるビジネス環境の変化に適応することが必要でしょう。
では、これからの企業に求められる変革とはどんなものなのか。そのポイントは、大きく分けて二つあるように思います。

まず一つ目は「多様性を高めて様々な人が集まるチームを組み、そこで起きる『思考の寄り道』を許容すること」です。
個人が妄想力や好奇心をもとに生み出したアイデアは、チームなどの「組織」の中で揉まれることで、より大きく膨らみます。同僚や後輩との雑談はもちろん、ときには上司や役員との対話から生まれるアイデアもあるでしょう。例えばこの連載自体、僕一人だけでは考えつかなかった話ばかりです。
しかし、いくら会話を重ねて意見を交わしても、似たようなメンバーばかりでは、一人で考えているのと同じこと。組織が持つこの「強み」をしっかり機能させるには、組織の多様性を意識的に確保しておかなくてはなりません。多様性を、と述べた理由はここにあります。
また、組織は「アウトプットをプロセスに変える」という性質も持っています。アイデアやアウトプットが一人の手元で留まることなく、メンバーの間を「連鎖」していくのです。
再び本連載を例にとりますが、これも僕が一人で取り組んでいるものではない以上、取材の場で僕が気の向くまましゃべれば(=アウトプットすれば)それで完成、とはいきません。そこからさらに「取材内容をどうまとめるか」など様々なアウトプット=プロセスを経ています。
さらにいえば、この連載での経験をもとに僕、編集者、ライターさんの誰かが別の企画を思いつき、さらなる「連鎖」が続く可能性もあるわけです。
そして、こうした連鎖の中で生まれる「思考の寄り道(余計な思考)」こそ、尖ったアイデアを生み出すためになくてはならないプロセスです。これを「非効率」とせずに許容して、むしろその回路を増やすことこそ、斬新なアイデアを生み出すための近道となるでしょう。
中には「AIがそんなに優秀ならAIに任せよう」とか「尖ったアイデアなんて非効率」と思う方がいるかもしれません。
しかし、哲学者のジル・ドゥルーズが50年前に述べた通り、資本主義の最大の特徴は「差異を生むこと」です。PaypalやOpenAIの創業者として知られるピーター・ティールも、「0から1を生み出せ」という主張を展開しています。
にもかかわらず、現在のAIの多くは「既存のパラダイムの中で最大の生産性を出すこと」に特化しつつあります。AIを業務に活用する人が増える中、それを受けて「最大公約数的なアウトプット」を出すための調整が日々進んでいるのです。
そんなAIに仕事のかじ取りを任せ、人間がそのフォローに専念してしまったら、AIの発展でより激しくなるだろう今後の「既存パラダイムでの」競争を生き延びることはできないでしょう。多様性を確保し、それを活かして常にブルーオーシャンへの進出を窺う、そんな意識を持つ必要があるのです。
SFコメディ映画『26世紀青年』でも、現代人にありがちな「効率偏重」の傾向が強烈に皮肉られています。舞台となる26世紀のアメリカは、500年の間に国民の平均IQが大幅に低下し、見るも無惨な有様。
その理由というのが、なんと21世紀以降のアメリカ人が「高IQの人ほど『効率』を考えて子どもを設けず、逆に低IQの人ほど無計画に多くの子どもを設けたから」という、いかにもアメリカらしいブラックユーモア作品です。
しかし一方で、先進国の出生率が軒並み低落傾向にあることもまた事実。効率やコスパばかりが重視され、AIが持て囃される社会を生きる僕たちは、この映画をただ笑っているわけにはいかないのかもしれません。



これからの時代に生き残る組織をつくるポイントの二つ目は「既存の価値観では『生産性が低い、重要度が低い』とされる人材も抱え続けること」です。
これは市場の「突然変異」に備えるため。変化の激しい現代では、思いもよらない技術革新によって世間の価値観がガラリと変わり、これまで目立たなかった人材が一躍「使える人材」になる可能性があるからです。
そもそも、人材の優秀さを測る基準は普遍的なものではありません。社会の「変数」が一つ変われば、その基準は一変します。そしてそれは予想できる変化ではないことが多いのです。
例えば、よく「AIに奪われる仕事」という話を聞くかと思いますが、実はこれも生成AI登場前と登場後で、その内容は大きく変わっています。
登場以前は「コールセンターのオペレーター業務はAIに奪われる」などと盛んに言われていましたが、現実にはそうなっていません。オペレーターの方々には「バックオフィス業務」を同時に担う方が多く、物理的な対象も多く抱えるバックオフィスのマルチタスクを、差し込みで入るチャットや電話対応と並行してこなすのは、今のAIには少し荷が重いためです。
そして、それとは逆に「高度に知的な仕事だから大丈夫」と言われていたはずのコンサルタントの仕事が、少しずつAIに浸食されつつあります。アイデア出しや仮説提示といったコンサルタントの主要業務が「AIにもある程度できてしまう」ことが判明しつつあるからです。
これだけでも、ほんの少しの変化で社会の「強者と弱者」は容易に入れ替わることがわかると思います。先述の「多様性」の話にも通じることですが、現在のパラダイムで「強者」とされる人材だけを集めても、成功できるとは限らないのです。
これはAIに限った話ではありません。医療の世界でも、近年盛んだった病院の経営効率化(病床数の削減など)が、コロナ禍では裏目に出ました。90年代の日本企業で見られた「選択と集中」型の経営も、その多くはうまくいかず、今では手放した事業を再び買い戻すような動きまでみられています。
変化に対応する柔軟性は、合理性や効率を追求するばかりでは失われてしまうもの。軽視されがちな人材を維持し、組織に「遊び」の部分を保持することで、初めてその柔軟性を保つことができるのです。

もちろん、今の尺度で「生産性が低い」とされる人材を維持する場合、管理職は大変です。特に「どうも働きぶりが」という人材は、細かな指導をしてもきっと効果は薄いでしょう。
それは、その人材のモチベーションをうまく引き出せていないから。逆に言うとそれさえ引き出せれば、どんな人も劇変する可能性を秘めています。
経営の神様と呼ばれた松下幸之助が、世界恐慌を切り抜けた際のエピソードはその好例でしょう。大不況による経営悪化にもかかわらず、幸之助は人員整理を避け、従業員に「工場は半日稼働にするが、給料は据え置きで解雇もなし。その代わり、休日を返上し全力で今ある在庫を売るように」というようなことを言ったのだそうです。
幸之助の期待に応えようとやる気を奮い立たせた従業員の働きにより、そこからわずか2カ月で在庫は売り尽くされ、松下電器は経営危機を乗り越えたといいます。
「できる人材」ばかりを相手にするわけにはいかないこれからの組織の管理職には、このような「多様な部下のやる気を上手に引き出す力」も、求められることになりそうです。
【樋口恭介(ひぐち・きょうすけ)】
SF作家/ITコンサルタント。1989年生まれ、岐阜県出身。早稲田大学文学部を卒業後、外資系コンサルティングファームに勤務。2017年、在職のまま『構造素子』で第5回ハヤカワSFコンテスト〈大賞〉を受賞し作家デビュー。20年からは「SFを社会に実装する」スタートアップ・アノンにも参画し、同社のメディア「Anon Press」の運営・編集にも携わる。23年からは東京大学大学院客員准教授。
更新:05月14日 00:05