
これまでは「人間にしかできない」とされてきた仕事がAIに奪われ、人間が労働の場を失う──そんなSFじみた筋書きが、ChatGPTをはじめとするAIの飛躍的な発展によって、今まさに現実になろうとしている。
本連載では、ITコンサルタントとして一般企業に勤めながらSF作家としても活躍する樋口恭介氏に、そんな時代に淘汰されることなく生き残る人材・生き残る組織のあり方を聞く。(取材・構成:杉山直隆)
※本稿は、『THE21』2024年4月号より、内容を一部抜粋・編集したものです。

連載初回では、長らく人間の領域だった「情報処理」の分野に生成AIが本格的に進出してくる以上、人間にしかできない仕事を再定義し、それに関するスキルを改めて養わねばならない、というお話をしました。
そのスキルとは「妄想力」とそれを引き出す「好奇心」、そして「関係性構築力」の3つ。今回からは、それらのスキルを醸成するには具体的にどんなことに取り組めばいいか、というお話をしたいと思います。
まず扱うのは、中でもとりわけ重要な「妄想力」です。前回のおさらいですが、「妄想力」とは「強い主観によって自分独自のものの見方を構築する力」のこと。思い込みに縛られずに情報を処理できるAIは、その反面「独自の発想」を生み出すことが著しく苦手です。
つまりAIに対抗するためには、客観的な視点より、独自の発想を生み出す「主観的」なものの見方を鍛えることが効果的なのです。
妄想と聞くと「一人静かに部屋にこもり、物思いにふけって内省を重ね......」というイメージを抱く方も多いかもしれませんが、ただ黙々と考えるばかりでは、妄想力は高まりません。
妄想力を高める鍵は、端的に表すなら「外部からの刺激」です。普段自分と関わらないものに、積極的に触れてください。
というのも、人の思考はその人が見聞きしたものや知覚したものに、無意識のうちに影響されるものだから。世に跋扈する「フツーのアイデア」「平凡な文脈」から自由になるには、いまだ出会ったことさえないような「異質なもの・こと」に触れる機会が不可欠なのです。
その手段として手堅いのは、例えば「これまで足を運んだことのない土地への旅」といったことでしょう。風景が変わる様子を眺めながら時間をかけて移動し、初めて通る道を歩き、喧噪や匂いを感じ......といったことですね。
こうした「自分の中になかった知見」を得る経験を重ね、内面に「妄想の種」を蓄積することで初めて、ふとした拍子に斬新なアイデアや革新的な考え方が浮かぶようになるのです。

それでなくとも、昨今AIの急速な発展を受け、インターネット上に存在する情報は急速に「Bot化」しつつあります。
Botとは、一定のタスクの処理を自動で行なうプログラムの通称です。近頃のネット空間は、AIを用いたBotが自動生成しただろう低質なアウトプットで溢れています。
ブラウザの検索結果は浅い一般論やコピペだらけのブログに埋め尽くされ、SNSの投稿にも、大衆の耳目が集まるテキストを自動生成・自動投稿しただけのものが少なくありません。
そうした情報ばかり見ていると、人間も次第に「Bot化」していきます。異質な経験が独自性を育むのとは逆に、そうした「平凡な意見や考え方」にばかり接していると、いつの間にかどこかで見たようなありふれたアウトプットしか生み出せなくなってしまうのです。
その意味でも、意識的に未知のもの・ことに触れ続ける習慣の重要性は、日に日に高まっていると言えます。

先ほど、異質なものに触れるための行動例として「旅行」を紹介しましたが、会社勤めをしている人がそう頻繁に旅に出るわけにもいきませんよね。
そこで思い出したいのが、昨年の「M‒1」で真空ジェシカがつかみとして繰り出した「呪物コレクター」という語句。実は「呪物コレクター」の方は実在するんです。その方曰く、部屋に一つ「呪いの○○」を置くだけで「人生これでいいのか」という謎の緊張感が生まれ、なんでもないはずの生活が適度に乱される、とのこと。
ですので、皆さんもまず「呪物」を買ってください。
......というのは、半分くらいは冗談です。呪物というほどではなく、ちょっとした「異物」で構いません。日々の生活空間(特に自室)に、本来自分が置くはずのないものを置いてみるのです。
すぐできる例としては、自分がまず着ないような色・デザインの服を買い、クローゼットに置いておく、といったことが挙げられます。たとえろくに着なくても、着替えのたびに目に入ればそれでOK。普段の変わり映えしない生活に「裂け目」を生み出せるものならば、十分役目を果たしてくれるでしょう。
他にも、普段使わない交通手段を使う、普段聞かないジャンルの曲を聞く、初めて見る食べ物を買う、創作活動に挑戦するなど、1日1つ「普段と違う経験」をする、というマイルールを設ける方法もおすすめです。
僕が学生時代に実践していたのは、自分が「ダサいな」と思う本を、あえて本棚に置くという方法でした。例えばデール・カーネギーの『人を動かす』はその一つ。コテコテのビジネス書が、大の苦手だったのです。
しかし不思議なもので、最初は「ネタにして笑ってやる」と思って買ったものでも、いざ読むと「意外といいことも書いてある」と感じてしまうことがよくありました。
その後も、ふとしたときにその内容に影響された考え方をしている自分が確かにいたのです。これもまた「見聞きしたものや知覚したものに思考が影響される」ことの一例かと思います。
やや話が逸れますが、現代魔術研究家のバンギ・アブドゥル氏は「呪った」という意識が当人の中に生まれた時点で、その人のその後の思考や行動に影響するという意味で、呪いは実際に機能し始める、と述べています。それを踏まえると、世のあらゆる情報はすべてが一種の「呪い」なのかもしれません。
特に本は、最初から「人に影響を与える」ために作られたものであり、物質的な存在感も十分。非常に「呪い性」の高い物品でしょう。中でも「まだ存在しないもののビジョンを、読み手に提示する物語」であるSFは別格。読み手のその後の思考やアイデアに与える影響の度合いを考えれば、SFの「呪い性」は他を圧倒するはずです。
実際、現実世界に強く影響を与えたとされるSF作品は多くあります。代表的なのは、ウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』と、ニール・スティーヴンスンの『スノウ・クラッシュ』でしょう。
ギブスンの『ニューロマンサー』は、電脳空間「サイバースペース」の中でどう文化が生まれるかを描いた作品で、黎明期のウェブカルチャーに多大な影響を与えました。一方の『スノウ・クラッシュ』は、現実と異なるもう一つの世界がある未来の世界を描いた作品。こちらは今の「メタバース」概念の生みの親と言われています。
実際に生み出された技術の背景にも、SFという妄想の産物が隠れていることがあるのです。

もう一つ、僕が実践して良かったと思っているのが「スマホを手放してみた」ことです。スマホが故障した際、店に行くのが面倒で......というのが最初のきっかけでしたが、数日してふと生活の調子が良くなったことに気づき、結局そのまま1年持っていませんでした。
スマホを持たないと、時間感覚が非常にゆったりとして、認知リソースが蘇る感覚があります。困ることと言えば、飲み会後にみんなで二次会の店を探すとき、手持ち無沙汰になって気まずくなることくらい。1年と言わず、数日持たずにいるだけでも発見があるかと思います。
そもそも「スマートフォン」という言葉に、万能感がありすぎですよね。その意味では「スマホ」に代わる汎用性の低そうな呼称を考えるのも効果的かもしれません。私自身、スマホのことを「オーディブルマシン」と呼び始めてから、どうでもいいときにスマホが頭に浮かぶことが減りました。
このようにして「妄想力」の源を自分の中に集めていくと、今ビジネスの世界でも注目される「SFプロトタイピング」への道が開けてきます。次回はその技法について、詳しくお話しさせていただきます。
【樋口恭介(ひぐち・きょうすけ)】
SF作家/ITコンサルタント。1989年生まれ、岐阜県出身。早稲田大学文学部を卒業後、外資系コンサルティングファームに勤務。2017年、在職のまま『構造素子』で第5回ハヤカワSFコンテスト〈大賞〉を受賞し作家デビュー。20年からは「SFを社会に実装する」スタートアップ・アノンにも参画し、同社のメディア「Anon Press」の運営・編集にも携わる。23年からは東京大学大学院客員准教授。
更新:04月03日 00:05