THE21 » カルチャー&トレンド » いまだ紙が主流な海外で “電子コミックバブル”は再現できるのか

AI翻訳によって、ようやく日本の漫画は輸出Readyの状態になりつつある。しかし翻訳コストが下がっただけでは、収益は日本に還流しない。
前編で整理した2つの課題のうち、後編では「誰がどう届けるか」、流通モデルの設計という課題を扱う。翻訳後の作品が、誰の手でどんな仕組みを通じて世界に届くかによって、日本への収益還元はまったく異なる結果をもたらす。
従来より、漫画の海外展開では、翻訳を含めて現地出版社に一括で任せるライセンスアウトが主流だ。電子コミックが拡大した今でも、このビジネスモデルは大きくは変わらない。なぜなら、欧米では依然として「紙媒体」の需要が根強いからだ。
米国では紙の売上が7割強(2024年、米国出版者協会)を占める。ヨーロッパの二大出版市場はイギリスとドイツだが、イギリスでは紙媒体が出版売上の約78%(同、英国出版社協会)、ドイツは出版売上の約94%(同、ドイツ図書流通連盟)を占めている。欧米が紙媒体主流である限り、ライセンスアウトは合理的な選択肢だった。
日本の出版社は、現地出版社に対して作品の売り込みや紹介を行う。ライセンス契約を締結した現地企業は、翻訳や出版、現地の小売店への流通など、海外展開の付加価値のほとんどを担う。結果、日本への還元はライセンス収益など限定的になる。

一方、日本は出版全体の36%が電子書籍であり、そのうちの大部分(約32.6%)を漫画が占める(出版科学研究所)。売上高で見ても明らかなように、日本では漫画をデジタルで読む人が多数派だ。
1990年代から縮小していた漫画市場を再拡大に導いた転機が、スマートフォンの普及と漫画のデジタル化だった。勢いをそのままに、デジタル漫画は現在の日本の電子書籍市場拡大を牽引している。
漫画アプリで漫画を読む人に漫画以外の読書習慣があるとは限らない。1995年に記録した紙媒体の過去最高売上高(5,864億円)に対して、デジタルを含む最新売上高は6,925億円(2026年)と1.18倍に伸びている。
つまり、スマートフォンの普及が、紙からの転換だけでなく、既存の読書習慣を持たない層も取り込んだと言える。この変化は海外でも起こりうる。変化が緩慢なのは、そもそも翻訳漫画が少なかったことが要因のひとつだと考えられる。
前編で紹介したように、AIによって漫画の翻訳は効率化された。日本側でコストを抑えて漫画の翻訳をできるのなら、ライセンスアウト形式で印刷して小売店に流通するのではなく、漫画アプリで直接展開する選択肢が現実を帯びてくる。
実際、日本側が翻訳工程まで内製化し、直接収益を取りにいく動きも近年見られる。大手出版社は、「MANGA Plus」(集英社)や「K MANGA」(講談社)、「Viz Manga」(小学館・集英社など)など、自社の漫画作品を海外向けに配信する独自のアプリを展開している。しかし、これらは各社の自社作品のみを扱う一社一アプリであり、複数社の作品を横断して読める総合的なプラットフォームにはなっていない。海外には漫画の総合書店のようなアプリはないのだろうか。
日本にはある。1位がピッコマ(Kakao)、2位がLINEマンガ(NAVER)と、どちらも韓国系のITジャイアントが日本向けに運営する漫画アプリだ。

ピッコマとLINEマンガの背景には、韓国発のWebtoon(スマートフォンに最適化された縦スクロール漫画)のグローバル展開戦略がある。「梨泰院クラス」「女神降臨」といったヒット作の映像化でグローバルな認知を獲得し、急速に世界市場を開拓した。2021年時点で約5,000億円とされたWebtoon市場は、2028年には3.7兆円に達するという予測も出ている(経済産業省資料)。
では、Webtoonの成功にあやかって、日本の横読み漫画を全て縦スクロールにすればよいのかというと、そう単純でもない。
実は、Webtoonの海外輸出額の約半分(45.6%)を占める最大市場は、日本だ(2022年、韓国コンテンツ振興院発表)。横読みの漫画文化が深く根付いているはずの日本の読者が、縦スクロールのWebtoonを受け入れている。
この事実は、読者にとってフォーマットの形式自体は絶対的な障壁ではないことを示唆する。日本の横読み漫画が海外展開する際も、必ずしも縦スクロールに作り変える必要はない
Webtoonから学ぶべきは、モバイル消費スタイルに合わせた体験設計と、読者が毎日戻ってくる「場所」=プラットフォームを自前で構築したことだ。日常的にアクセスされるプラットフォームを持つ者が握るのは市場シェアだけではない。
デジタルコンテンツビジネスでは、誰が読んで、どこで課金し、どこで離脱したかという読者データを持つ者が次の戦略を立てられる。
世界の漫画アプリ収益の77%が日本国内で生み出されている(Sensor Tower、2023年)。日本の漫画があまり翻訳されておらず、日本語のわかる市場でしか展開できなかった現実が反映されている。AI翻訳で多言語化が進めば、日本の漫画を世界に展開できるだろう。
問題は、その際に誰がデータを持つかだ。プラットフォーマーは「いつ、どこで、どの作品を、何話まで読み、どこで課金したか」という粒度の細かい行動データを日々蓄積していく。ライセンスアウトに終始すると、日本の出版社やクリエイターは自分の作品が世界のどの地域でどう消費されているかを直接把握できない。
この構図は海外だけの話ではない。国内の電子コミック市場が拡大しても、読者が外資プラットフォームを介して読む限り、その手数料収入も読者データも外資プラットフォーム運営企業に蓄積される。
情報の非対称性は、やがて交渉力の非対称性になる。手数料の交渉や契約更新の局面では、データを持つ側が圧倒的に有利だろう。外資プラットフォームを活用すること自体は合理的な選択だが、依存のみに終わることで収益構造の主導権を手放すリスクがある。
こうした課題を踏まえた直接流通への動きが、2つの異なるアプローチで始まっている。ひとつは日本発の新規プラットフォームの構築、もうひとつは既存のグローバルインフラを活用した展開だ。
一つはAI漫画翻訳を牽引するオレンジ社の挑戦だ。2025年9月、北米市場(米国・カナダ)向けに自社運営の漫画アプリ「emaqi」をリリースした。集英社・講談社・KADOKAWA・秋田書店・双葉社といった有力出版社のエージェントと連携している。
自社で翻訳したコンテンツを自社プラットフォームで配信する垂直統合モデルだ。翻訳から配信まで自社で完結させることで、読者データを自社で持ちながら収益構造をコントロールする試みだ。
もう一つの注目株が、ソニーグループ傘下のクランチロール(Crunchyroll)だ。米国で生まれたプラットフォームだが、ソニーによる買収後、日本コンテンツのグローバル展開を担う中核として機能している。
クランチロールはNetflix・Amazon Prime Videoと並ぶ世界3強のアニメ配信プラットフォームであり、海外に1,700万人以上の有料会員を抱える。2025年10月に電子書籍配信事業を手掛けるリンクユー(Link-U)を共同パートナーに迎え、漫画サービスを再始動させた。
世界中のアニメファンという熱狂的な顧客基盤に原作漫画を直接届けるクロスメディア展開で、集英社・KADOKAWA・スクウェア・エニックスなどの大手出版社からコンテンツの提供を受けている。アニメで世界中のファンを獲得した後、原作を読みたい需要を正規チャネルで受け止める構造だ。
直接流通への挑戦はまだ始まったばかりだが、ゲームが辿った「日本企業が世界に直接届ける」という道筋を漫画でも実現しようとする試みが、確実に動き始めている。
流通チャネルを確保できたとして、次に問われるのが何を届けるかだ。AI翻訳で作品の供給量が増えれば増えるほど、読者が「何を読めばいいか」に迷う時代になる。アルゴリズムが過去の閲覧履歴をもとにレコメンドするプラットフォームの世界では、似たような作品ばかりが上位に並び、均質化が進む可能性がある。
AIは膨大なデータから「最適解」を出力することに長けているが、読者の感情を揺さぶる独創性は、過去データの延長線上からは生まれない。
そこで改めて価値を持つのが、人間の編集者による「目利き」だ。作家の才能を見抜き、時代の空気を読み、読者の予測を心地よく裏切る作品を世に送り出す、経験と感覚で培われた編集者の感性はデータから導けない。
「この漫画アプリならどの作品も面白いはず」という信頼が世界の読者に浸透すれば、既存の巨大プラットフォームのアルゴリズムに対抗できる独自の価値となる。原石を発掘し、作家と伴走しながら物語を磨き上げる。その積み重ねが、AIには代替しにくいブランドの根幹を築くだろう。
前編では、漫画の翻訳コストを劇的に下げるAI翻訳の登場を解説した。後編では、翻訳された作品が誰の手で読者に届くかという問いを扱った。
ライセンスアウトという伝統的なモデルは、紙媒体が主流の市場では合理的だった。しかし、その前提は変わりつつある。ゲームが辿った直販の道筋と、Webtoonが示したグローバルインフラの構築。この2つの先行事例を参照しながら、流通モデルを再設計することが、日本の漫画産業の次なる課題だ。
翻訳の壁が崩れた今、問われているのは「誰が届けるか」の答えをどう作るかにある。
更新:09月09日 00:05