
生成AIのさらなる進化により、多くの企業で、職場の様子が変容しつつある。急激に変わり続ける社会で、我々はどのようなリスクを想定するべきなのだろうか。本連載では、未来予測の専門家(フューチャリスト)である鈴木貴博氏に、5回にわたってこれから起こりうる未来について、様々な切り口から読み解いてもらう。
※本稿は、全5回の短期集中連載「2040年の経済学」の第4回です。
『THE21』2026年6月号の内容を一部抜粋・再編集してお届けします。
2026年に入り、生成AIを仕事で活用しないワークスタイルが時代遅れになりました。その変化によって、職場がどう変貌するのかを考えてみましょう。
AI時代は、一人ひとりの従業員が「デキる社員」かそれ以上の能力を発揮します。報告書は要点を押さえたうえで瞬時に提出できますし、顧客への提案プレゼンの準備は当日十分程度で完成します。これまでのように金曜日の午後、数時間かけて経費精算といったムダな作業も消滅します。
そうなると、大企業の組織は本質的な再設計が必要になります。ただ、ここがポイントですが、ほとんどの企業はそれが苦手です。そこで、今の組織の中で従業員の生産性だけがひたすら上がる状態になります。その先に何が起きるのでしょうか?
このまま事態が進むと仮定すると、伝統的な日本の大企業は3つの誤った方向に進むリスクがあります。3つのリスクタイプを提示します。
80年代の日本航空は、長らく文系新卒の人気トップ企業であり続けていました。東大卒の優秀な社員が選りすぐられて、大量に本社に採用されたものです。
その日本航空が組織構造的な問題を抱え始めたのも80年代でした。30代の優秀な課長や課長補佐の世代が、細分化された組織の末端で実権を奮い始めたのです。
それぞれが優秀なプランを企て、様々な施策を打ち出し、顧客サービス向上の名のもとに費用を費やします。会議には大量の社員が参加して、議論は白熱する一方で何も決まらない。根回しのコストと時間だけが大量に消費されていきます。
当時を振り返って、ある役員の方が「船頭多くして船山に上る状況だった」と回顧されていました。頭脳が多すぎたことで、組織が不必要に肥大化していったのです。
AI時代、多くのJTC(伝統的日本企業)が、このタイプの構造問題に直面するリスクを抱えています。
では、業績が好調な日本企業はどうなるでしょうか?日経平均株価が上昇すると共に、日本の大企業全体の業績は再成長期に入っています。
一方、80年代のバブル期に一世を風靡するヒットを連発した日産は、90年代に入ってその咎めを受ける結末を迎えます。
いったん業績が好調で、誰が経営しても儲かる状態になると大組織で何が起きるのか?
幹部社員がビジネスに使う時間を減らして社内政治に多くのエネルギーを費やすようになります。
華々しい社内ポピュリズム的な政策を打ち出す社長派が権力を持ち、それを諫める勢力が粛清されていくのを目撃することで、幹部はより社内力学に注意を振り向けるようになるでしょう。
その間、時代が変貌し、経営の前提が変わり、業績が悪化していくのですが、幹部がビジネスに注力する時間は逆に減少します。
こうしてカルロス・ゴーンが着任する頃には、ゴーン氏が表現したところの「会社が火事になっているのに、誰もそれを気にしない」状況が生まれます。
マクロ環境で業績が上がり、AIによって生産性が上がるこの先のJTCの中では、仕事が早く終わるようになった幹部社員が、残る余力を社内政治に費やす事態が起きる可能性は十分にあります。
その業績好調のJTCの中から、このような闇に転落する企業がいくつも出てくるリスクを私は感じるのです。
日本経済をけん引する優良大企業の多くが、これからの時代に成功して、経営陣は大いに強い自信をもつことになるでしょう。
AIを武器にすることで、スタッフやコンサルに頼ることなく、重要な問題を経営者が自身で吟味したうえで素早く決断を下せる時代が来ます。かつてないほどに、経営者や幹部役員がその力量を発揮できる新時代です。
地政学的なリスクの高まりやテクノロジーの進化、消費者の生活スタイルの大変化といった要因をすべて機会に変えて、大胆にビジネスを進化させるJTCが次々と時代を彩っていくことでしょう。
90年代の日本経済の失われた10年の時代、インターネットとデジタルによる時代の大変化の中で、花形企業に躍り出たのがソニーでした。他の家電メーカーには真似のできない開発思想と先進的なデザイン、時代の一歩先を行く機能を備えたソニー製品は、当時の若者に大いに支持されたものです。
日本企業の中でいち早くカンパニー制を採り入れた当時のソニーの経営陣は、スターぞろいでした。にもかかわらず2003年にソニーショックが起きます。
主力のエレクトロニクス事業が実はガタガタになっていたソニーショックについては、色々な側面の分析がありますが、一つ象徴的と言われるのが大画面テレビのパネル生産からの撤退の決定です。
パネル生産はコスト競争になるということから、韓国のサムスンに製造を委託するのですが、この経営判断は後に大きな判断ミスだったと批判されます。
実際、その後、サムスンがデジタル化で世界企業に発展する一方で、ソニーは長い冬の時代を迎えます。
ソニーショックについて、AI時代のJTCにも共通するリスクは何でしょうか?それは知力と自信と大きな権限を同時に手にした経営者が引き起こす重大な経営判断ミスのリスクかもしれません。
人工知能によってパワーアップされたことに気づかず、自分の能力の数倍の過信が生まれる中で、少なくないJTC優良企業が落とし穴にはまる未来が危惧されます。

ではAI時代の大企業経営は本来どうあるべきなのでしょうか?
本質はスリム化であるべきです。AIを活用することで、社員の生産性が倍になるとします。その段階で本来は社員数を半分に減らすべきです。なぜなら、それでこれまでと同じ製品やサービスを顧客に提供できるのですから。
しかし経営者は、「生産性が上がったぶん、さらに顧客価値を高めたい」と考えるでしょう。それは悪いことではありません。顧客から見て航空機の座席が2倍に広がったり、乗用車の性能が倍に向上したり、テレビが格段に便利なツールになる可能性は否定してはいけないと思います。
しかしかつての日本航空、日産、ソニーは、価値よりもコストが上がってしまったことが反省点でした。
顧客価値を追求してもいいのですが、それと同時にスリム化を追求しなければ、組織は肥大してしまう。ここが大前提となるポイントです。
そうなると、日本経済全体では何が起きるのでしょうか?当然ですがAI失業が社会問題になります。
職場の生産性が上がったことで、自分の仕事がなくなってしまう。会社からいらないと言われる。いたたまれなくなって離職を決断するといったことにホワイトカラーは直面します。
アメリカでは、こういった現象に備えてブルーカラービリオネアという言葉が誕生しました。AIに取って代わられるホワイトカラーを見限って、若いうちに電気工事士や建設工事のスキルを学んでブルーカラーを目指す人が増えています。そのほうが、安定した生活ができるというのです。
そうなると、ここでフィジカルAIの進化が気になってくるでしょう。今、AIの世界ではデジタルAIの競争では勝ち筋がないと見た企業が、次々とフィジカルAIへの投資を始めています。各国で行なわれる最先端のロボットの展示会で披露される二足歩行ロボットの性能はいずれ人間を超えそうな勢いです。
それを考えると、今、ホワイトカラーが思い切ったリスキリングを行なってブルーカラーに転職したとしても、10年後にはまた失職の危機を迎える可能性は十分に考えておかなければいけないと思われます。
さて、2040年の未来から俯瞰して眺めてみます。このAI失業とは、いったい何なのでしょうか?
日本経済に関して予言すると、「AI失業をもう少し早く起こしておけば、もっと経済が発展したのに」と反省されることになるでしょう。
2026年時点での日本経済の最大の課題が何かというと、少子高齢化に伴う極端な人手不足です。経営環境としては、海外からの外国人労働者で不足を補うのも、徐々にままならなくなってきました。中小零細を中心に人手不足廃業が現実に起きています。
「人がいないから経済が成長できない」。これが、2026年以降の日本経済のリアルな成長のボトルネックです。建設コストは高騰し、介護や教育の現場では極端に人が足りない状況です。小売飲食や物流では人材の取り合いが起きています。
本当は、大量の失業が起きれば労働人口の流動化が起きて、人手不足で発展できない産業が発展に転じるはずです。ところがそこに給与のミスマッチがありますから、ホワイトカラーは今の仕事にしがみついて、会社を離れようとはしません。
ここを解決すれば経済は劇的に変わります。しかし、そこに政府は踏み込むことはできないでしょう。
現実の未来においては、まず2030年頃に、世界の趨勢として自動運転が解禁され、日本も追随することで職業ドライバーが大量失業することから状況が変わり始めるでしょう。
次に二足歩行ロボットが工場や建設現場に進出して、やがて介護の現場にも広まるようになります。それは2035年頃ではないでしょうか。そうなるとようやくマンション価格の高騰も収まるようになりますし、中堅の製造業での人材不足も解消するでしょう。
ただ、この段階になっての人間の失業は、社会政策としては遅きに失する結果を生むかもしれません。
そこまでフィジカルAIの性能が向上してしまったあとでは、企業は余剰となった人間を雇うよりもロボットを雇用することを選ぶでしょうから。
実はこの未来に、人間にとっては皮肉な救済が起きます。
AI搭載の人型ロボットがすべての仕事を奪ってしまうかというと、それは起きないのです。理由は生産のボトルネックです。
2026年現在の世界の自動車の生産台数は約9200万台程度と推測されます。人型ロボットがこれから増加するとして、その生産量は2030年代後半では自動車の半分程度までしか生産設備を増やせないでしょう。つまり、人型ロボットの性能は上がるのですが、需要に生産が追いつかないのです。
結果として、人型ロボットは稼げる仕事に集中します。その時代の人間には残念な話ですが、ロボットでは稼げないような安価な仕事が、まだ大量に残されているということになりそうです。

更新:05月03日 00:05