
なぜ「悲しい」のかがわかれば、
※本稿は、川岸宏司 著『なぜ、あの人の言葉は心に響くのか 感情を自在に言語化する技術』(大和出版)の内容を一部抜粋・編集したものです。
友人との別れも、仕事での失敗も、夕暮れを見たときのあの感覚も、私たちはまとめて「悲しい」と呼んでしまいます。
でも、本当にそれは全部同じ「悲しい」でしょうか。友人との別れは「寂しい」に近い。仕事の失敗は「無念」かもしれない。夕暮れのあの感覚は、「哀愁」とか「切ない」が近いかもしれない。同じ「悲しい」の中に、まったく違う感情が混ざっている。
それをひとくくりにしている限り、感情の解像度は上がりません。まず、悲しみの語彙を、大きく5つのグループに分けてみます。


ここで大事なのは、語彙を全部暗記することではありません。「『悲しい』にはグループがある」と知っているだけで十分です。
なぜなら、感情が名前を持った瞬間に、あなたは感情の「外側」に立てるからです。
「悲しい」のままだと、感情の渦の中にいます。
でも「これは『喪失系』の悲しみだな。『寂しい』に近い」と分類できた瞬間に、自分の感情を客観的に見ている自分が生まれます。
たとえば、転職して3ヶ月目。
仕事には慣れてきたけれど、なぜか毎晩「悲しい」気持ちになる。「悲しい」のまま放置すると、「この転職は間違いだったのかも」と不安に変換されます。
でも因数分解してみる。
これは痛みではない。絶望でもない。じわっとした感覚...余韻系? いや、喪失系かもしれない。前の職場の人たちが「いなくなった」ことへの寂しさだ。
ここまで来ると、対処法が見えます。
前の職場の仲間にLINEすればいい。転職の判断が間違いだったのではなく、居場所が変わったことへの自然な反応だとわかる。「悲しい」を分解するとは、自分を正しく理解することです。
更新:08月24日 00:05