
人を惹きつける言葉は、なぜ炎上と隣り合わせなのか?言葉を扱う仕事の責任を、プロライターである両者が語り合った。(構成:三井カナ)
※本稿は、『THE21』2026年7月号の内容を一部抜粋・再編集したものです。
【滝沢】一方で、わかりやすさにはリスクもありますね。テクニカルライティングは「わかりやすく正確に」表現することだと言いましたが、わかりやすさだけ意識して、正確さをおろそかにすると致命的。間違った情報を、伝わりやすく表現してしまうことになります。
【荒木】それは危険ですね。
【滝沢】そうなんです。わかりやすさは得てして「雑な単純化」と混同されがちです。ネットに飛び交うデマはその典型ですし、それに悪意が伴う場合もあります。『咲良』でも触れましたが、デマはたいていわかりやすいもの。わかりやすいけれど間違っている、間違っているけれど伝わりやすい。その意味でわかりやすさは諸刃の剣です。ためになる知識も悪意ある情報も伝えることができてしまう。発信する人間は、その怖さを自覚していないといけません。
【荒木】非常に共感します。コピーも、人を惹きつけることを目的とする性質上、扇動性や間違った方向づけと隣り合わせです。悪意がなくとも誰かを傷つけてしまうこともあります。僕は、商品にはすべて良い面と悪い面があると思っています。例えばクルマも、速さや便利さといった良い面と、環境への悪影響という面がありますね。誰かにとっての良いことは、誰かにとって悪いことになりうる、と自覚しつつ書くよう心がけています。
【滝沢】広告は影響が大きいぶん、炎上などの可能性もありますね。
【荒木】そうですね。大前提として、広告は「嫌われもの」です。見る人の意志と関係なく強制的に入るものなので、そのぶん批判も受けやすい。小説との最大の違いかもしれません。
【滝沢】小説は読みたい人が手に取って読むものですから、たしかに違いますね。とはいえ、感想や評価を目にする仕事でもあります。私、怖くてレビューはあまり読めません。
【荒木】ああ、やはりそうですか!僕も書籍を出してわかりました。コピーライターのときと違って、自分の名前で出すから怖い。
【滝沢】ペンネームで書いているのがまだしもの救いです。悪い評価を見たら「滝沢志郎さん、言われてるなあ」と思うようにしています(笑)。
【荒木】そう言えばある映画監督が、登場人物が「隠れ蓑」になってくれると言っていました。自分の本音や体験を生々しく投影させても、悪く言われるのは登場人物だから、と。
【滝沢】わかります。私も、咲良のキャラに自分を投影しています。
【荒木】その手法は、作品にはどんな影響を及ぼすのでしょう。
【滝沢】リアリティが出ますね。フィクションだからこそリアリティは大事。歴史小説も史実とフィクション要素を混ぜたり、現代でも通じる要素を入れたりすると俄然面白くなります。
【荒木】ビジネスパーソンの皆さんにも参考になるお話です。プレゼンや商談でも、パーソナルな経験や思いと絡めて語ると説得力が増しそう。
【滝沢】きっと、話に血が通います。荒木さんはコピーを書くとき自分を重ね合わせることはありますか?
【荒木】一人称を変えて考える、という方法はよく取ります。会社員としての僕、父親としての僕。もしくは「妻なら、母なら、子どもなら」と考えたり、「この商品がもし感情を持っていたら」とモノに寄せることも。その目的は、視点の幅を出すためです。僕一人の視点では幅が出ないので。
【滝沢】その感覚、私もあります。なのでときどき、編集の方に「私に書かせたいテーマはありますか?」と聞いています。違う視点を取り入れたいし、「お題」をもらって書くほうが楽ですからね。
【荒木】それは意外。書きたいものを書かれるのだと思っていました。
【滝沢】課題をもらって書くスタイルの作家はけっこういると聞きます。書きたいものを提案しても通らない、ということもありますが。
【荒木】『咲良』は書きたいと思って書かれたものですか?
【滝沢】はい、この仕事と業界が知られてほしいと思って書きました。テクニカルライティングを教えてくれた先輩や師匠への恩返しの気持ちも込めて。
【荒木】知名度、上がってほしいですね。ヒットで上がったのでは?
【滝沢】有難いことに上がったようです。レビューを見ると、皆さんこぞって「こんな職業があるとは知らなかった」とおっしゃっていて、書いた甲斐があったと感じます。
【荒木】歴史小説でも、光が当たっていない時代やテーマを取り上げることが多いですか?
【滝沢】そうですね。『エクアドール』(双葉文庫)という小説は中世の琉球王国に暮らす主人公がさらに東南アジアへ旅するという、ニッチなストーリーです。
【荒木】「書きたい」の原動力は何でしょう?コピーライターは依頼を受けて書くのでそういう経験がなく、とても興味があります。
【滝沢】「好き」が最大の原動力です。沖縄の歴史は本当に面白いので、もっと広く知られてほしいです。他方、先ほどお話しした通り「お題」をもらって新たな視野を拓きたいとも思っています。興味の外側にあったものと出会い、調べるうちに面白くなっていく経験がしたいですね。
【荒木】わかります。コピーライターも、興味がない商品や、さらに言うと、あまり好感を持っていない商品のコピーを依頼されることがあるんですね。でもそれは良い訓練になります。全力で良いところを探しにいく気概を持って向き合うと、本当にあるんです。面白い、素敵な、広く伝えたくなるところが、必ず見つかります。その瞬間は、仕事冥利につきると感じますね。
【滝沢】荒木さんのご著書についても、ぜひうかがいたいです。実は私、『言語化』を読んだときにまず感じたのが「後悔」でした。
【荒木】えっ、後悔?
【滝沢】「言語化ノート術」をはじめ、思考をアプトプットする習慣について語ってらっしゃいますね。私も、アウトプットは必要だとはわかっていたのですが、面倒でつい怠っていました。荒木さんの説得力抜群のメソッドを知って、後悔しきりです。これからでも遅くないからやろう、と思っています。
【荒木】そう感じてくださって嬉しいです。確かに、思考を書き出すなんて面倒ですよね。言い出した僕でさえ、仕事上仕方なくやっている感は否めず(笑)。でも、日々役立っている実感もあります。
【滝沢】「一度出してみる」ことが、やはり有効なのでしょうか。
【荒木】はい、プロのみならず、どんな方にも。例えば僕は技術者や職人さん、農家の方や漁師さんなど「語る仕事」ではない方によく取材しますが、やはり皆さん、なかなか言葉が出てきません。そこで事前に、簡単な質問項目を書いた紙を送って記入していただくと、本番のインタビュー時もスムーズに言葉が出てきます。
【滝沢】何だろう...頭の中のPDFにOCRをかけて、画像データをテキストデータに変換するイメージでしょうか。いつでも検索で引っ張りだせるように。
【荒木】秀逸なたとえです!頭の中に豊かなイメージがあるのにうまく言えない、という方は、このイメージで「一度出す」をやってみてほしいですね。
【滝沢】それにしても、コピーを生み出すために色々な工程があるのですね。依頼を受けてからコピーができるまで、どれぐらいの期間かかるのですか?
【荒木】様々です。短いものなら1カ月くらい。
【滝沢】えっ、短くて1カ月!?
【荒木】1年かかることも珍しくありません。特に長期になるのは、企業のミッションやバリューをつくるとき。色々な関係者から話を聞き、議論を重ねるので何年もかかります。
【滝沢】案をいくつも出して徐々に絞っていくのですか?
【荒木】そうです。先方の広告や広報の担当者、その上の担当役員、その上に社長や会長...とレイヤーごとに候補が絞られていく形が多いです。
【滝沢】テクニカルライティングでは、クライアントさん側のメンバーを固定していただくことが多いんです。途中参加の方がいると「ちゃぶ台返し」が起こりやすくなるので。荒木さんのお仕事だと、ひっくり返されることが多いのでは?
【荒木】しょっちゅうです。ですから自分のアイデアに固執せず、広く意見を取り入れ、みんなで良くしていくようにしています。
【滝沢】チームプレーですね。
【荒木】滝沢さんはどうですか?取り入れるか、それとも、ときにはぶつかることも?
【滝沢】「ぶつかる」はテクニカルライティングでは起こりません。クライアントさんが「わかりにくい」と言えば、その答えが絶対なので。
【荒木】確かに。「直す一択」ですね。
【滝沢】逆に小説を書くときは、直しの要請に対して「いや、ここはこういう意図があって」と言うことがけっこうあります。「わかりやすいか否か」という明確な基準がある取扱説明書とは違いますから、編集者の意見を100%受け容れていると、心のダメージが大きい。
【荒木】相手が正しいとは限らないことを飲み込むのはきついですよね。答えがないものを作るときは、自分の意見やスタンスをある程度明確に持つべきですね。いやはや、勉強になることばかりです。
【滝沢】私こそ!話が尽きなくて、終わるのが名残惜しいです。
【荒木】まったくです。生まれて初めて小説家の方とお話しでき、頭の中も少し覗かせていただけて、貴重なひとときでした。今日は本当にありがとうございました。
更新:06月09日 00:05