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「会社がつぶれるかもしれない」存亡の危機にどう向き合うか<松下幸之助創業者の事例とともに>

川上徹也(元松下電器産業副社長)

「実践経営経理」

およそ四半世紀前の、あのITバブル崩壊後の景気低迷と混乱の中、会社存続の危機と向き合うことになった、その体験を糧とする「CFO(最高財務責任者)論」を、創業者・松下幸之助の苦境期の逸話も交え、語ってもらった。

※本稿は、川上徹也著『実践経営経理 君はまだ松下幸之助を知らない』(PHP新書)の内容を一部抜粋・再編集したものです。

 

経営危機の中で芽生えた、CFOとしての私の切願

現役時代の最後の頃、私は松下電器(現パナソニック ホールディングス)の経理担当役員を拝命し、すぐにあのITバブル崩壊に直面しました。それまでの経験値を活かし、自らの責務をまっとうする日々でしたが、当時の企業環境の変化の激しさに、内心では戸惑うことも多かったように思います。

窮地に陥ったITバブル崩壊後の私には、切願がありました。「バランスシート(B/S)に禍根を残さない」というものです。それは当時の中村邦夫社長と私の合言葉にもなった「後輩たちに負の遺産は引き継がない」とひと続きのものでした。

ですからCFOの私にとって、松下幸之助創業者がよく説かれていた「自分の仕事の意義」は、「そこ」にあったといえます。与えられた役割において、私なりの使命と責務を「そこ」に見いだしていたのです。(※注)

それは一人の人間としての意地のようなものでもあり、その願いがなければ、途中で自ら職を辞すこともあったかもしれません。

けれども、窮すれば通ずとか、捨てる神あれば拾う神ありなどといいますが、当時の難局に際し、経営改革の断行を進めていくと、時勢や運が味方をしてくれるようになり、次第に、危機脱出の道がひらけてきました。

そうなると腹もすわってきて、「それでも、30万人近くもの従業員の会社、家族も入れると100万人を超える企業のCFOといえるのか!」と自分を日々叱咤激励するようになりました。

V字回復ともてはやされたのも、もう昔のことです。他人に言えない苦労も多々ありました。ベストの対応ができたのかと問われたなら、自らの能力を最大限発揮したつもりだというほかありません。その評価は世間に委ねるほかありません。

※注:松下幸之助は「仕事の意義」について自著『その心意気やよし』では次のように説いている。

≪与えられた仕事を自分なりにどう消化し、どのようにして自分のものとしていくか、そういうことに興味をもって取り組んでいく。そしてその中から自分の仕事の意義を見出し、やりがいを感じていく。そういう姿において与えられた仕事を行なっていくということが、やはり望ましいのではないだろうか。≫

 

事業存続の危機の中、松下幸之助が信頼する大番頭に語った本心

幸之助創業者は創業期のまだ会社も小さい頃、仕事を終えた夜、タライに入れたお湯で身体を洗うときに、「自分で自分の頭をなでてやりたい」と思えるほどに働いた日があったといいます。

しかし、そうした濃厚な仕事の日々を重ねて、松下電器を急速に伸展させていたにもかかわらず、あの太平洋戦争があり、戦後は困難を極めることになりました。

やむを得ず、1949年には人員整理も行ないました。その後の朝鮮特需で日本経済が復興の兆しをみせる前の時期でした。

このとき、のちに松下電器副社長になる平田雅彦さんによれば、メインバンクの調査部が調査に入り、結果として、松下電器にモーター事業からの撤退を要望したようです。

防戦につとめた松下側の主張は結局受け入れられたのですが、そうした過去最大の危機に、創業者としては、後にも先にも、初めての人員整理に手を染めるほかなかったのでしょう。

その時期、幸之助創業者は、最も信頼を置く補佐役で経理全般をみる大番頭でもあった高橋荒太郎さんにこう言ったそうです。

「高橋君、どんなことがあっても金を残そう。石にかじりついても残そう。事業のことはわれわれが一番良く知っているんだ。その事業をやらせてもらえない。こんな口惜しい思いをしたことはなかった。もう二度とこんな目にあわないようにしよう。そのためには何としてでも金を残そう」

 

CFO(最高財務責任者)の責務と、企業の経営理念

会社の資金を守り、それに派生する仕事全般を行なう間接部門の金庫番。それが経理・財務部門への通常のイメージでしょう。

ただ経営のグローバル化が進む中で、為替対応や税務戦略、資金調達などは一段と複雑化し、M&A(企業の合併買収)、事業の売却などの戦略が日常化しています。

そうした環境下で企業価値を持続的に高めていくには、会計・ファイナンスの知識を持った専門家集団の存在が必要です。CFOは、その集団を束ねて、成果を生み出していくわけですから、プロデューサー的役割も求められます。そうしたCFOの定義を私なりに一般化してみました。責務の点検に使えるはずです。

一、 経営トップを支えるべく、戦略的な補佐、提言に傾注することで、経理が「経営の羅針盤」としての役割を果たす。経営業績やキャッシュフローの見通しをふまえ、資産のトータルバランスを的確なものにし、ガバナンス強化も主導する。 

一、 外部との共存共栄の関係性を構築するための結節点となる。具体的には、株主の立場でものを見る視野を養い、IR活動では的確なディスクロージャー(情報開示)を実現する。M&Aなどの交渉事において、理念と戦略を具現するタフネゴシエーターとなる。 

一、 従業員がお互いの職務を「社員稼業」として取り組めるよう、理念や戦略を具体的な施策や経営上の数字に落とし込み、適時適切な情報開示を行なう。同時に、高い倫理観に基づく全員経営を具現するための、いわばプロデューサーとしての役割も担う。 

一、 経理とは「経営経理」の略。その具現にあたる経理社員としての誇りをもたせる。財務プロフェッショナルの育成をはかるとともに、部門全体としても、財務・経理・監査の充実をはかり、絶えずIT活用と効率化を推進していく。

この大きく4つの点で、CFOの仕事を最低限、評価することが可能になるはずです。クリアすること自体が無理だと思うのなら、自ら辞したほうが賢明です。後続の人に地位を譲る。そういう決断が必要です。

 

経営理念の有難味を感じることができるようになってこそ......

2番目の項に関して補足すると、CFOとして、私は、情報開示の判断を迫られる場面に何度も直面しました。ときに予想し得ない反響がくる場合もあります。常に「株主の視点」に立って考える習慣、そして経済環境に対する見識を身につけておかないと対応が難しくなるのは間違いありません。

投資家向けの広報活動の一つ、つまりIR説明会での想定していなかった質問などは、あとでよく顧みると、共通している要素があるものです。私がCFOになった初期の頃に味わったのは、松下電器の低い利益率、重たいB/Sへの冷ややかな反応でした。

また、すでに終わった決算の数字を説明しても、先を見ている投資家にはあまり響かないものです。過去の報告よりも、未来の具体的なプラン、将来に向けた成長シナリオ、B/Sのあるべき姿といったものを、これから先の事業戦略とともにわかりやすく示せるかどうか、がポイントになります。

気候変動対策への情報開示、ESG(環境・社会・企業統治)やサステナビリティといった、決算数字などの財務情報ではない、いわば非財務情報を重視する傾向も見られるようです。そして、それらの社会的責任の根源にあるのが企業理念であり、経営理念です。

私自身、50代を超えて、責任者としての重責を担うようになってから、苦しい体験を重ねる中で、経営理念の有難味を感じることが増えてきたのは確かです。20代で意識できていたかというと心もとないところがありますが、経営理念とはそういう性質のものなのではないでしょうか。

逆にその大切さが身に沁みてわかるようになったら、それなりの経験も積んで、それなりの産業人になれたのだ、と思ってもよいのかもしれません。

プロフィール

川上徹也(かわかみ・てつや)

元松下電器産業副社長

1941年、広島県生まれ。65年、松下電器産業(現パナソニック ホールディングス)に入社。2000年に経理担当取締役となり、そののち常務、専務、副社長をつとめた。07年より同社松下経理大学学長、12年より同社客員。(公財)松下幸之助記念志財団監事などを歴任し、現在は、一橋大学CFO教育研究センター講師、日本証券業協会委員、日本CFO協会相談役、関西経済連合会評議員、(公財)松下社会科学振興財団評議員会会長をつとめる。

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