2026年05月24日 公開

※本稿は、藤田晋、堀江貴文 共著『心を鍛える』(角川文庫)から一部抜粋・編集したものです。
〝知名度〞がインターネットメディアにとってどれだけ大事か、堀江さんは熟知していました。知名度があればアクセス数が増えたり、コンテンツや決済などに対するユーザーの信頼度も高まったりします。
だから会社の知名度を上げたかった堀江さんは、無料でプロバイダサービスを提供しテレビCMをよく流していた企業「ライブドア」を買収。自社の名前をわざわざ「ライブドア」に変更しました。これは常識とは正反対の考え方でしょう。
2002年当時、堀江さんがこう話してくれたことがあります。「事業自体は買っても仕方がないようなものだけれど、これだけCMをやっている会社だから買う価値がある。社名を買ったようなものだ」
ですから、2004年のライブドアのプロ野球参入騒動を見ていた私は、堀江さんの真意を理解していたと思います。「ライブドア」という社名が連日報道されることで、彼は1円も使うことなく、社名を全国に知らしめたのです。
また、プロ野球に参入できればライブドアの知名度が抜群に上がるのは当然ですが、参入できなくても得をする。堀江さんはどちらに転んでも負けない、賢い勝負をしたのです。
実際、ライブドアは自社の株価の高騰をうまく利用して、次々と買収をしかけていきました。ソフトウェア会社や決済会社など、技術カンパニーである彼らならではの会社を着実に傘下に収め、業容を広げていきました。自社のビジネスに近い会社、買った後に本業に相乗効果が出そうな会社を買収していったのです。
当時の株式市場は、買収を発表するたびに好反応がありました。ライブドアの株価は上がり続けます。我々はそんな様子を静観するしかありませんでした。その頃から、サイバーエージェントは「大型買収をしない」という方針を打ち出していたからです。
一般論として、「買収が正しくない」というわけではなく、弊社では「事業を自分たちでゼロから創って伸ばす」というモットーを掲げていたのです。
その背景には「時間をお金で買うことはしない」という考え方があります(ですから「大物人材を外部から採用しない」という方針も、同時に掲げていました)。
とはいえ、投資家からは批判もよくいただきました。なにしろ買収を発表するだけで、その会社の株価が上がる時代です。投資家からすると、私たちの方針は不可解だったでしょう。でも現実は、投資家が考えるほど単純なものではありませんでした。
私たちは当時、長く働く人を奨励する会社にしようと企業文化を強化していました。「小が大を吞むような買収」では、せっかく育ててきた企業文化が崩れてしまいます。自社の調子が良いからといって、ブームに乗って買収を行う必要はありません。基本的に大型の買収はせず、自力で事業を育てる方針を貫くことにしました。
苦しかったのは、経営者同士の集まりに顔を出すことです。会話は〝買収話〞でもちきりだったからです。
「藤田君のところは、買収しないんだって?」
「この間、うちが買った◎◎社なんて、たった100億円。安い買い物だったよ」
「株式交換で買えば無料みたいなもんだしなぁ。やらない理由がわからないよ」
このような会話が日常茶飯事だったのです。私は金銭感覚が麻痺しないよう、自分の心を保つのに必死でした。「自分のほうが間違っているのか?」という思いが脳裏をよぎることもありました。卑屈な感情が湧き出てくることもありました。
とはいえ、自社の役員や社員に対して、トップである自分が相談を持ちかけるわけにもいきません。経営者仲間たちとの心の距離を1人で感じながら、私は孤独に耐え続けました。不安に駆られたり、迷ったりすることもありました。
そこで私は、「大型の買収に踏み切らない理由」を自分のブログに書いて公言し、社内外に思いを伝えました。
「宣言効果」という心理学の用語があります。「目標は、ほかの人に伝えることで叶いやすくなる」という心理効果を指します。迷いを断ち切るために、私はこの「宣言効果」をフル活用しました。
やがて、時代に逆行するかのような弊社の方針が珍しがられ、取材が増えます。
「サイバーエージェントは、大型の買収は考えていません」
「基本的に、事業は自分たちでゼロから創って伸ばしていきます」
よく考えると、会社としてごく普通のことを述べているだけ。でも時代が時代だけに、大きく注目してもらえました。そんな流れに感謝をしています。なぜなら、社外の人に明言することで、自分の心がブレなくなっていったからです。
「サイバーエージェントは買収をしない」というイメージが定着すれば、「やはり買収することにします......」なんて前言撤回はしにくくなります。これも今考えれば「宣言効果」でした。
その後、「第2次ネットバブル」とも形容できる株式市場の活況で、各社の買収合戦は激化していきます。楽天やライブドアに限らず、大手ネット企業は買収を繰り返していました。本業とは無関係の企業を買収する経営者も増え始めました。
「ニューエコノミー」と称され、もてはやされていたネット企業が、「オールドエコノミー」と言われる、古くからある会社を買収し始めたのです。たとえば金融、不動産、通販、中古車販売......。そして、その大義名分として「ネットとリアルの融合」という言葉が使われるようになりました。
「将来を期待されるネット企業が、株価が低迷したオールドエコノミーの会社を買収すると、その会社がネットの力で成長企業に様変わりする」そんな〝神話〞を世間が信じ始めたのです。私は「危なっかしいなぁ」という気持ちと、「うまいなぁ」という気持ち、両方を抱えながら市場を見守っていました。
そもそも私は、ネット企業と他業種の企業の融合が難しいことは、当時から皮膚感覚でわかっていました。社内でも、ネットバブルの頃に採用した多くの大企業出身者が、ネット企業の仕事のやり方に順応するのに苦労していたからです。
そんなこともあって、私は行動規範をトイレの壁にまで貼り出しました。
「我々は、成長産業であるインターネットから軸足をずらさない」
結果的に、それは正解だったと思います。ブレないことは大事です。しかし、「ブレないこと」自体がとても難しいのです。
更新:05月24日 00:05