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坂本龍馬と大久保利通に学ぶ「師の教え」の型。大久保が見た、ビスマルクという究極の師

2026年05月02日 公開
2026年05月07日 更新

加来耕三(歴史家・作家)

「歴史の一流は「師匠」から何を学んだのか」

「師匠」との出会いにより人生を飛躍させた歴史上の偉人たち。彼らは、師から得た学びを、どのようにして自分流に体得していったのだろうか。解説してもらった。

※本稿は、加来耕三著『歴史の一流は「師匠」から何を学んだのか』(クロスメディア・パブリッシング)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

師匠に学ぶことの3つのメリット

なぜ、良い師匠を探し求めて学ばなければならないのか、それほどまでに師は重要なのか、と疑問に思われる方がいるかもしれません。筆者は直接の専門知識や技術の習得を考えるうえでも、師匠を持つことには主に3つの利点(メリット)があると考えてきました。

第一のメリットは、基本となる「型」を教わることができる点です。武道の世界に、「守破離」という言葉があります。

これは上達の段階を示しており、まずは師匠から教わった型を、教わった通りに、徹底してくり返すことが大切であり(守)、その型を身につけて一人前になったならば、それに自らの考えを加える(破)。武道でいえば初段になってから、といえるでしょうか。そして、独自の工夫を凝らして、やがて師の技法から独立する(離)。

そういう3つの手順(プロセス)の、「守」は最初を指します。

もし、師匠のもとで「守」の段階をしっかりと経ずに、いわゆる我流で物事を進めると、いずれ必ず壁にぶつかります。その際、順序立てた基本を学んでいない実践者は、自分の何が悪いのか原因がわからず、不振(スランプ)に陥り、それ以上の成長が望めなくなることが多いのです。

第二の利点として、師匠が何十年もかけて試行錯誤をくり返し、ようやく習得した知見を、弟子は短期間で効率的に修得することが挙げられます。

学びたい、とあなたが願っている事柄について、師匠はすでに長い年月と苦労を重ねて身につけています。さらに、その経験を多くの人に伝えてきた〝教える〟実践経験があるため、相手が理解しやすいように、噛み砕いて教えることが可能となっているのです。

独学であれば、習得に膨大な時間を要する内容であっても、師匠の指導があれば、その期間を大幅に短縮して、効率よく身につけることが可能となります。

例えば、一介の土佐脱藩浪人に過ぎなかった坂本龍馬が、蒸気船を操り、海外貿易と国防を考え、多くの名士と知り合うことができたのは、師匠である勝海舟から、神戸海軍操練所(正確には、隣接していた私設海軍塾)で実務を含む学びを得たことが、極めて大きかったといえます。

薩摩藩士の西郷隆盛と出会えたのも、海舟の紹介状があればこそでした。龍馬の飛躍的な成長は、師匠の海舟なくしては成し得なかったことでしょう。

第三のメリットは、行き詰ったときに現状を打破する助けになることです。神戸海軍操練所が閉鎖されたとき、行き場を失った龍馬を助けたのは、師がこれまでに紹介してくれた人脈のおかげでした。師匠が信用手形の役割を果たしたのです。

幕末から明治にかけて活躍した、西郷の盟友であり、新政府の宰相ともいうべき大久保利通にも、見えなかった道を指し示してくれた師匠がいました。ドイツ帝国の初代宰相であるオットー=エドゥアルト=レオポルト=フュルスト・フォン・ビスマルクです。

大久保は42歳のとき、岩倉具視を統率者(リーダー)とし、木戸孝允(前名・桂小五郎)や伊藤博文ら政府首脳陣総勢170名からなる「岩倉使節団」の一員として、横浜を出発しました。

目的は欧米諸国の視察と条約改正の可能性を探ることでしたが、1年10ヵ月、はるかに進んだ欧米の文化や国力を目の当たりにし、大久保は大きな衝撃を受けます。

「とても日本は、このようにはなれない」絶望的な状況下で、フランスの次に訪れたプロイセン(現・ドイツ北東部)の国都ベルリンで、彼は宰相ビスマルクと対面しました。

ビスマルクは歓迎パーティの後、大久保ら主要メンバーを別室に招き、腹を割って話をしました。彼は、かつてのプロイセンは小国で弱い国であったが、今や大国フランスとの戦争に勝利するほど国力を増した、と語ります。

大久保がその成長の理由を尋ねると、ビスマルクは「富国強兵と殖産興業だよ」と、その秘訣を明快に答えました。

国を富ませて、軍備を増強する。そのためには生産を増やし、産業を盛んにすることが重要である、という教えに、大久保は目の前が開ける思いだったことでしょう。プロシアと同じ政策を遂行すれば、日本もイギリスやフランスといった大国に対抗できるはずだ、と彼はこのとき、確信を得たのです。

プロフィール

加来耕三(かく・こうぞう)

歴史家・作家

1958年大阪市生まれ。奈良大学文学部史学科卒業後、同大学文学部研究員を経て、現在は大学・企業の講師をつとめながら、独自の史観にもとづく著作活動を行っている。内外情勢調査会講師、中小企業大学校講師、政経懇話会講師。主な著書に『リーダーは「戦略」よりも「戦術」を鍛えなさい』(小社)、『豊臣秀長「補佐役」最強の流儀』(ビジネス社)、『十干十二支の大予言』(笠間書院)など多数。立花宗茂をテーマにした『加来耕三が柳川で大河ドラマをつくってみた(RKB毎日放送)』は第57回ギャラクシー賞優秀賞(2019年度)を受賞。テレビ・ラジオの番組の監修・出演も多い。

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