
歴史上の偉人には、「師匠」との出会いにより人生を飛躍させた者も多いという。彼らは師を通じてどのようなことを学んでいったのだろうか。解説してもらった。
※本稿は、加来耕三著『歴史の一流は「師匠」から何を学んだのか』(クロスメディア・パブリッシング)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
「三年勤め学ばんよりは、三年師を選ぶべし」という諺があります。これは、3年かけて専門分野を独学で学ぶよりも、まずは3年かけてでも自分に適した良師を選ぶべきだ、という意味です。
同様に「千日の勤学より、一時の名匠」ともいわれ、1000日の間、一人こつこつと独学するよりも、短くても優れた学者について学ぶ方が、効果的であるというのもあります。
なお、この諺には「師に会わざれば、僅かの事にても惑い解けぬものなり」が、その前についています。
いずれの言葉も、学習における師の重要性を説いており、本来「学ぶ」とは「師から学ぶこと」を前提としており、独学では到達できない領域(レベル)があることを示唆しています。
読者の皆さんも、これまでのご自身の人生において、学校や塾の先生、予備校の講師、習い事の師や先輩、部活動の監督や顧問、あるいは会社の上司、父母など、「師匠」と呼べる存在の下で、学んだ経験をお持ちだと思います。
素晴らしい師に巡り合えた経験のある人は、非常に幸運だといえます。一方で、現代はインターネットや動画、専門書などが充実しており、師匠につかずとも、独学で十分に学べるではないか、と考える人も少なくありません。
しかし、歴史を振り返りますと、功成り名を遂げた一流、偉人たちは皆、具体的な師のもとで、生きていくうえで必要な技術に加えて、人生観や生きる目的といったものを学び、その教えを活かして成功をつかんでいます。
徳川家康は敵対していた武田信玄を師として、自らの立居振舞はもとより、軍略・兵法や人心収攬の方法まで学びました。大久保利通はドイツの宰相ビスマルクに、日本の進むべき道を示唆されています。いずれも、いわば師匠のおかげでした。
令和8年(2026)のNHK大河ドラマの主人公の一人、豊臣秀吉の弟・秀長もまた、師から学ぶことで、百万石を超える大大名として、豊臣政権のナンバー2に大成した人物です。秀長はもともと尾張国(現・愛知県西部)で農業に従事している青年にすぎませんでしたが、兄の秀吉に説得され、半ば強引に引き抜かれて、その家来=足軽となりました。
武士としての経験も知識もまったくない状態から、のちに「大和大納言」と称され、秀吉を陰で支える天下の補佐役へと成長できたのは、兄・秀吉、その主君である織田信長、さらには蜂須賀正勝や竹中半兵衛、黒田官兵衛といった稀代の先達、軍師たちから、順々に教えを受け、それを自らのものにしていったからに他なりません。
もちろん、当時はインターネットもSNSもない時代であり、知識を得るためには人から直接・間接に学ぶ以外に、方法がなかったという側面はありました。
しかし、仮にその時代に現代のような情報網があったとしても、彼らはおそらく師から学ぶ道を選んだはずです。なぜならば、師から直接・間接に学ぶことには、単なる情報の習得だけでは得られない、もっと奥深い〝学び〟の本質的な意味合いがあったからです。
更新:05月07日 00:05