2024年12月20日 公開
2024年12月24日 更新

2024年10月にNTTドコモとの資本業務提携を発表したマネックス。創業社長の松本大氏の後を継ぎ、大手ネット証券で初めての女性社長に就任した清明祐子氏は、2023年6月、マネックスグループのCEOに就任した。これまでのキャリアにおける「いいこと」はすべて、共に働く人たちやお客様のおかげだと語る。(取材・構成:林 加愛)
※本稿は、『THE21』2024年1月号より、内容を一部抜粋・再編集したものです。
――2011年、マネックスグループの子会社であった「マネックス・ハンブレクト」の社長に就任、証券社長を引き継ぎ、現在はマネックスグループのトップも務められている清明祐子社長。まさに躍進の連続ですが、これまでの道のりに「運」の要素はあったと思われますか?
【清明】運しかなかった、と思っています。これまでの「いいこと」はすべて、共に働く人たちや、お客様にいただいたものです。銀行員としてキャリアをスタートした頃も、厳しい上司やお客様からどうにか信頼を得られて、そこから新たなチャンスが巡ってきて、本当に感謝しかないです。
――厳しい方から信頼されたのは、ご自身の実力なのでは......?
【清明】それが、違うんです。社会人1年目で配属された大阪の梅田支店は規模も大きく、要求レベルも高く、苦労ばかりでした。書類を出すたび、上司からびっしりと赤字の訂正が入って返ってくるんですね。どうすればよいのか、途方に暮れました。
――どうやって克服を?
【清明】先輩に相談したら、助言をもらったんです。先輩が言うには、「上司は注意するのが仕事。注意されないというのは、あなたの仕事を見ていないということ。そういうものだと思って気にしなくていい」と。「そうなのか」と思って、やり方を変えました。書類の提出量を増やしたんです。
注意するのが仕事とはいえ、山ほど積まれればキャパの限界に達するでしょう?(笑) その結果、やはり赤字の量が減りまして。量が減ると、一つひとつの訂正を見る余裕もでき、対処しやすくなりました。
――まさかの物量作戦! 発想がダイナミックですね。
【清明】注意されることを恐れて、足が止まるのが一番良くないと思ったんです。もちろん、指摘されたことを次も繰り返さないことは大事。そこさえ気をつければ、注意はむしろ、知識を吸収するチャンスになります。これはありがたい、と思っていたら、いつしか信頼も得ることができていました。
――足を止めないところが素晴らしいです。厳しい状況で腰が引けたり、苦手な人とも距離を置きたくなる人も多いですが。
【清明】確かに私は、そうした場面で「一歩踏み出せる」タイプだと思います。これは、母の影響が強いですね。幼い頃からよく言われたのは、「自分から人を嫌いになってはいけない」ということ。自分が嫌うと、必ず相手も嫌うから、と。
自分から好意を持てば相手からも好意が返ってくる。たとえ最初は相手がこちらを嫌っていても、関係が変わる――そう教わってきたので、少々苦手な印象のある人でも、興味と好意を前面に出して働きかけましたし、今もそうです。すると本当に距離が縮まり、縮まると、第一印象とは違う素敵な面が見えてくるんです。苦手だと思った方ほど、そのギャップは大きいですね。

――明るく、かつ柔軟に物事に向き合われてきたのですね。「この時期だけは苦しかった」、ということはありますか?
【清明】課題意識が強まった時期はありました。銀行員を5年務めたあと、MKSパートナーズというファンドに転職した頃です。
この会社は、企業を買収し、変革させてから売却して益を得るバイアウトファンド。そうした組織の例にもれず、同社もエリートぞろいでした。海外留学、MBA、コンサルティングファームで云々、といったピカピカの経歴の方ばかりで、仕事ぶりもきわめて優秀。そこに元銀行員が入ったものの、飛び交う専門用語もよくわからず、という状態に。
――再び、途方に暮れたと。
【清明】はい。そこでまたまた、人に相談しました。するとその方が、「清明さんはコミュニケーションが常に肯定から入るし、巻き込み力がある。社内はどうあれ、買収したいと思う企業の信頼を得る力はあるはず」と、強みを指摘してくださったんですね。その言葉に勇気を得て、得意なこと・できることに注力するようになりました。
すると確かに成果が出て、その成功体験から「さらにここを磨こう」とスキルを高め、さらに成果につなげて、というふうに、上昇気流に乗れた......はずでした。
――違ったのですか?
【清明】その矢先に、同じ方から言われたんです。「あなたは着々とスキルアップができて、個としては優秀と言っていい。でも今のままではチームは持てないね」と。「どういうこと!?」と困惑しました。
――1つ克服したと思いきや、また壁が。
【清明】そうなんです。さらに9年には、会社自体がクローズするという意思決定をしました。
これは一見、前年のリーマンショックの影響だとされがちですが、私は違うと考えました。金融危機の逆境を乗り越えられたファンドも、いくつもあったからです。
その中で、なぜ私たちは生き残れなかったのか。その答えはやはり、「チーム力」だと思いました。どれだけ個々のメンバーが優秀でも、会社としての組織力が足りなかったのだ、と。では、それはどのように育てていけばいいのか。悩みを抱えた状態で、次の職場を探すことになりました。
――その先で、「マネックス・ハンブレクト」と出会われるのですね。
【清明】はい。社員数5人の小さな組織でしたが、「チーム」とは何かを学び、チームビルディングに関わりたいと思っていた私にとって、願ってもない環境でした。
――それから2年後、同社の社長に就任されました。2年間で、どのような変化が起こったのでしょう。
【清明】苦い経験が活かされた、という点が大きいと思います。あとから振り返ると、ファンド時代の私は「スキルを磨こう」「キャリアアップしよう」というふうに、自分のことにばかり注力していました。
対して、転職以降は「組織をより良くするには?」という視点で働くようになりました。自分の得た知見をどうシェアしようか、5名の力をどうレバレッジさせていくか、というふうに。たぶん、その姿勢が親会社であるマネックスグループの目に留まっての、社長任命だったのかと思われます。
――逆境を飛躍へ転換させる力に驚かされます。秘訣は何でしょう?
【清明】そうですね......「新しいゴールを設定する」ということでしょうか。壁に突き当たれば悩みもします し、欠点を指摘されるとショックも受けますが、その言葉から課題を導き出し、ゴールを新たにつくれば、挑戦する方向へと切り替わります。「チーム力」に関しては、とりわけ大きな結果に結びつきました。
――厳しい言葉が躍進につながりましたね。一方で、ときには納得のいかない言葉を受け取ることもありませんか?
【清明】納得しがたいように思えて、実は逆、ということが多いです。
例えば、銀行員時代は中小企業の法人営業を担当していたのですが、新しい営業先でしばしば「え、女性なの?」と不信感をあらわにされることがありました。当時はまだ、女性営業が珍しい時代だったので。
――理不尽ですね。ポジティブに受け取りようがないのでは......。
【清明】いえいえ、逆です。「面白い!」と思いました。本来、初対面での評価は「ゼロ」から始まるはずですよね。ところが女性だというだけで「マイナス」になるわけです。つまり、上げ幅が増えるということ。大きく印象を変えられるチャンスです。
ですから、不信感を示されたお客様ほど足しげく訪問し、提案しました。最初は気味悪がられましたが(笑)、その後に得た信用も厚かったですね。
――どのような状況も糧にして、自ら「いいこと」へとつなげていかれる清明社長ですが、どなたかを見習ったり、取り入れたりしている習慣はお持ちでしょうか。
【清明】特定のどなたかがいるわけではないですが、「素敵だな」と思う方は例外なく、生き生きされていて、 笑顔が多いですね。
また母の話になりますが、「笑っていれば人が寄ってくる」という考え方の持ち主なんですね。確かに、怖い顔をしている人のところには誰も近寄りたくないもの。ですから私も、笑顔でいるようにしています。
――シンプルなようで、できる人は少なそうです。笑顔を保つコツ、ぜひ教えてください。
【清明】確かに私も、難題があってストレスを感じる日があります。それは避けられませんが、「引きずる」のはよろしくない。自分の精神衛生上はもちろん、周りにもネガティブな雰囲気が伝わってしまいますから。
そこで、「いったんオフにする」時間をこまめに持ちます。毎日しっかり睡眠をとるのがまずは基本。加えて、週末には身体を動かすことが多いですね。趣味の山登りをしたり、ランニングをしたり。体を使うと、頭が空っぽになります。そして、体を動かし終わったあとはスッキリします。難題はそのまま残っているけれど、それに伴うストレスは消えていて、解決に集中できます。
――発想豊かで、ポジティブで、ストレスマネジメントの達人でもあり......弱点はないのでしょうか(笑)。
【清明】ありますとも!(笑)。私は「初めてのこと」が本当にダメです。
例えば、近年講演の機会をいただくことが増えて、今でこそ慣れましたが、初めての登壇時は本当に緊張しました。実際、出来栄えもさんざん。終わったあとは「最悪だ」とドンヨリ落ち込みました。
――そんなことが......。どんなふうに立ち直られましたか?
【清明】ここで役立つのが、生来の大阪人スピリットです。失敗や、カッコ悪い経験をしたら、「ネタ」にして人に話すんです。笑い飛ばしてしまえば、楽になります。
――元気が出そうですね!
【清明】考えてみたら、私は「人と会う」「人に話す」などのコミュニケーションで、元気を得ていると思います。気の置けない友人や、ワインスクールに通っていたときの仲間とおしゃべりをして、しょっちゅうリフレッシュしていますね。「人」って本当に、私にとっては大きいです。
――これまでの幸運も「人」が運んでくれたもの、とおっしゃっていましたね。
【清明】そうです。究極、運は「人についてくる」と思っています。人を好きでいれば向こうも好感情を持ってくださるし、笑顔でいれば胸襟を開いていただけるし、お客様の立場に立ってできることを考えれば、仕事を任せていただけます。人が集まるところ、運も集まるものなんですね。

――上司や先輩、お客様など、目上の方とのエピソードをお聞かせいただきましたが、現在はご自身がトップに立たれています。社員の方々とのコミュニケーションで、意識されていることはありますか?
【清明】あります。私は常々、「わからない」から始まるコミュニケーションがとても有効だと考えています。 ですから、「わからないんだけど...」から会話が始まることがとても多いです。
上に立つ人は「わからないと言うのは恥だ」と考えがちですが、何でもわかる人なんて、いるはずがないですよね。それに、言われた相手も「わからないんですか、そうですか」で終わるはずがない(笑)。
――確かに! 聞かれたら教えてくれますよね。どんな場面で、「わからないんだけど」とおっしゃることが多いですか?
【清明】本当に色々です。新入社員にはどんなことで困っているかをよく聞きますし、若い世代の傾向を知るために、どんな投資をしているかも聞きます。SNSでお客様から質問を受け、すぐ答えられないときに詳しい社員に尋ねることも。
その結果、社員も「お客様はそこに興味をお持ちなのか」ということを知り、それが新たな提案につながることが多々あります。
――「いいこと」が派生的に起こっていますね。
【清明】もう一つ、最大のメリットは「意思決定」のスピードが上がることです。
トップは誰しも、そのとき持っている情報の中から必要なファクトを取り上げて決定につなげるわけですが、そのとき、手元の情報の母数が多ければ断然有利です。そのためには、報告しやすい状況をつくることが重要。「わからない」は、そのためのしくみです。
教えてもらうコミュニケーションを日頃からとっていれば、報告が入りやすくなります。その素地があれば、決定を下す場面で一から集めるよりもずっとスピーディです。
――上から「報告せよ」と命令するより、はるかに良いですね。
【清明】よく、「トップは孤独だ」と言われますよね。確かに、情報が少ない中で意思決定するなら、孤独で困難でしょう。
でも、コミュニケーションがあれば、その問題の大半は解決します。経営者のみならず、リーダーの立場にある方々も同じです。ぜひ周りの方々と関わり、大いに聞き、情報を受け取ることをお勧めします。その先にきっと、新しい運が開けていきますから。
【清明祐子(せいめい・ゆうこ)】
大阪府生まれ。2001年、京都大学卒業後、三和銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行。その後(株)MKSパートナーズを経て、09年にマネックス・ハンブレクト(株)(171年にマネックス証券(株)と統合)に入社、11年に同社社長に就任。19年、マネックス証券(株)代表取締役社長となり、23年よりマネックスグループ(株)取締役兼代表執行役社長CEOを務める。
更新:12月26日 00:05