東京~岩手間の遠距離介護を12年以上続け、介護のリアルについてブログや音声、書籍で発信する工藤氏。今でこそ介護のベテランだが、34歳で父親が倒れたときはパニックに陥って職場を辞めてしまったそう。「準備が万全だったら、そんな道は選ばなかっただろう」という工藤氏に、当事者の視点から「親が元気なうちに、これだけはしておきたいこと」を聞いた。(構成:大井美紗子)
※本稿は、『THE21』2025年3月号より、内容を一部抜粋・再編集したものです。
年末年始、久々に帰省したら実家の親がずいぶん歳を取ったように感じた。離れて暮らしているのに、倒れたらどうしよう? 介護が必要になったら?
そう不安になって、この記事に目を留めてくださったのかもしれませんね。そんなあなたはとても賢明な方です。なぜなら、たいていの人は親の様子に「アレ?」と思っても見て見ぬふりをして、親が倒れたり認知症であることがわかったりしてから慌てふためくものだからです。
実は私も、まさにその一人でした。自分が34歳のときに父親が脳梗塞で倒れ、会話もままならなくなった父の様子に焦って、何の当てもないのに会社を辞めてしまったのです。
その後、なんとか正社員として再就職したものの、40歳で祖母と母のダブル遠距離介護が始まり、またも介護離職。
その際も知識と心の準備ができていないにもかかわらず、子宮頸がんで余命半年、長くて1年と宣告された祖母の代わりに、命にかかわる代理判断をしなければなりませんでした。
祖母が亡くなって11年以上経った今でも、あのときの判断は正しかったのか? と答えのない問いを繰り返しています。
皆さんには、そんな後悔をしてほしくありません。後悔しないためには、親が元気なうちから準備を始めることです。早めに準備することで、未来の自分は、きっと今の自分に感謝してくれることでしょう。
では具体的にどんな準備をすればいいのか見ていきましょう。大きく分けて4つあります。
【1】会社の介護支援制度を確認する
第一に、就業規則に書いてある介護の休みについての項目をざっと読んでおくことです。
本当は「介護保険について勉強しておきましょう」と言いたいところですが、介護が現実的な問題になっていない方にはなかなかハードルが高いでしょう。
であれば最低限、会社が定める介護の休みについては大まかに把握しておいてほしいのです。現時点では、細かい内容まで理解できなくても大丈夫です。実際に介護で休む必要が出てきたら、そのときの自分が詳細を調べるでしょうから。
就業規則では、「介護休業」「介護休暇」の2種類の休みについて書かれている会社が多いと思います。注意したいのは、そのうちの「介護休業」(介護する家族1人につき通算93日まで休める制度で、3回に分割して取得できる)は、自分で介護するための休みではないことです。
介護休業は、介護のプロとの相談、役所の手続きなどを行ない、仕事と介護を両立させる体制を整えるための休みです。
会社によっては、介護するときには、法律で定められた日数以上に休めることもあります。人事部に聞くと教えてくれるでしょう。
現実的な話をすると、本当に休みが取れるか否かは、個々の職場環境に左右されるものです。今はひとまず、制度がどうなっているかだけを確認しておいてください。そうすれば仕事と介護を両立させる可能性が見えてくるでしょう。
【2】地域包括支援センターの場所と連絡先を調べる
次にやってほしいのが、介護の相談窓口を探すことです。
会社で設けているところもありますし、ない場合は外部の専門窓口と提携したり、福利厚生でカバーしたりしているケースもあります。
近くに相談窓口がない場合は地域の包括支援センター、略称「包括」を調べてみることをお勧めします。小中学校の学区にだいたい1つは設置されています。
対象地域に住んでいる65歳以上の高齢者とその家族を支援する、公的な無料相談窓口です。本格的な介護が始まる前のちょっとした不安や悩みにも専門スタッフが答えてくれます。
直接窓口へ行ったり、自宅へ訪問してもらったりするだけでなく、電話での相談も受けつけているので、離れて暮らす家族でも利用しやすいのがメリットです。もしものときの駆け込み寺として、親が住んでいる地域の「包括」の場所と連絡先を把握しておくだけでも安心感が違います。
【3】親の財布事情を把握しておく
3つめにきて、いきなり難易度が上がったかもしれませんね。まだ元気な親に「介護費用は用意してあるか」なんて聞けない、という抵抗感は重々承知です。
しかし多くの場合、親の財布と自分の財布はいつか一緒になります。親の財布事情を知ることは、そのまま自分の将来のマネープランを考えることにつながります。
親のお金の余裕は、自分の心の余裕に直結します。自分の生活を守るためには、親のお金だけで介護する期間をできるだけ長くする必要があります。
介護に必要なお金は、大まかに計算することが可能です。公益財団法人生命保険文化センターのデータによると、介護の平均期間は5年1カ月。在宅介護にかかる金額の月平均は4.8万円、施設介護では12.2万円です。
今は「いざとなったら施設に入ってもらおう」なんて考えていても、果たして介護平均期間の5年1カ月×月12.2万円=約744万円を払い続けることができるでしょうか? 介護のお金は、短期ではなく長期で考える必要があります。
聞きにくいことを尋ねる最良のタイミングについては後述するので、その時期がきたら「今だ!」と親の財布事情を探ってみてください。
【4】エンディングノートにもとづき、親の意思を確認する
最後は、エンディングノートを手に入れることです。書店や文具店で購入できますし、市区町村やネットで無料提供されていることもあります。
エンディングノートには、親に確認しておいたほうがいい項目が漏れなく書いてあります。具体的には、銀行口座、介護の方針、延命治療、お墓、葬儀の方法などです。
親が元気なうちは「そもそも親と何を話したらいいかわからない」と戸惑う人が多いのですが、エンディングノートを見ればそれが一目瞭然です。
ざっと目を通したら、エンディングノートにもとづいて親の意思を確認してみましょう。
「元気な親と人生最期の話をするなんて縁起でもない」という言葉をよく耳にしますが、私に言わせれば今にも死にそうな人に聞くほうがよっぽど縁起でもないです。
実際私は、父が悪性リンパ腫で余命1カ月と言われたときに、病床の弱り切った父に向かって延命治療はどうするか、葬式に誰を呼ぶか、墓はどうすると矢継ぎ早に質問することになり、もっと元気なうちから話しておけばよかったと後悔しました。
それと、突然倒れた祖母に代わり、命にかかわる代理判断をして今も心残りがあることは前述した通りです。このときに経験した後悔を、私はもう二度としたくありません。
今は母の介護中なのですが、母は認知症なので、命の最期よりも本人の意思を確認できなくなる日のほうが早くやってくるかもしれません。実際、最近は認知症の症状がかなり進行しており、母の意思をくみとれないことが増えてきています。それもあって、母のエンディングノートについては、母と一緒に書いて、年1回のペースで更新するようにしています。
ちなみに、もしものことを考えて、私は自分自身のエンディングノートも書き終えています。親の老いを通して予習した知識を、自分のために使っているわけです。
「自分のため」という観点から付け加えると、エンディングノートで親の意思を確認しておくことは、後々トラブルが起きたときの最強のカードになります。
きょうだいや親戚と介護の方針が食い違い、例えば「施設に預けるなんてかわいそうだ」と責められたときに、「親本人の意思だ」と言えば不毛な論争を避けることができます。
ただでさえ親の介護が大変なのに、親族間で言い争うと余計に疲弊してしまいます。「親の意思」カードは、未来の自分の身を守ってくれるのです。
とはいえ、親と具体的な相談をするのは、何かきっかけがないと難しいものです。私たち子どもだけでなく、親の側にも話を受け入れやすいタイミングというものがあります。
そのタイミングは、私は3種類あると思っています。
1つめは、親族や知人が倒れたり、亡くなったりしたときです。言い方は良くないかもしれませんが、「次は自分かも」という親の不安を着火剤にして、具体的な話に入っていけます。
2つめは、台風や地震、豪雨などの自然災害、あるいは新型コロナウイルスのような感染症流行が起きたときです。親だけでなく私たち子どもの命にもかかわる事態ですから、お互い気遣いなく直接的な話ができるのではないでしょうか。
3つめは、親の介護が始まった直後です。すでに意思疎通が難しくなっていることも考えられるので、正直に言えば1つめか2つめのタイミングで話し合えているのがベストです。でも話すチャンスを先送りにしていたら、最後の砦はもうここしかありません。
ちなみに親との話し合いは1回では終わりません。なぜなら、親の意思も子どもの気持ちも、日々変化していくからです。親が「施設に入るお金は用意している」と言っていても、いざそのときがくると施設は嫌だと拒否したり、「延命治療はしなくていい」と言われていても子どものほうが希望したり。
先ほど、母と年に1回エンディングノートを更新しているとお伝えしましたが、その理由は、その都度揺れ動く親子の意思を定期的に確認するためでもあるのです。
さて、最後にお伝えしたいことがあります。それは、「介護の準備は、すべて親のためではなく自分のためにやってください」ということです。
親が元気なうちに準備を万全にしておくのは、将来自分が焦って非合理的な判断をしてしまう可能性を減らし、後悔する確率を下げるためです。
親の介護について考えることは、自分のキャリアや人生を見直すきっかけになりますし、自分の老後をイメージする手段としても使えます。すべては自分本位に進めていいのです。
私自身、12年前からずっと「自分のために」の言葉を胸に介護を続けています。もし母の介護から逃げたら自分は一生後悔する、だから自分のために介護をしようと。私にとっては当然で、誰かに伝えるまでのことではないと思っていました。
しかし全国を講演会で回り、この言葉をお伝えするたび、「そんなふうに考えたことはなかった」「もっと自分をいたわって介護を続けようと思った」と大きな反響をいただきます。それだけ皆さん、自己犠牲を払って親の介護をしているのだと痛感します。
介護をしている人たちから特に聞くのが、「これだけ面倒を見ているのに親から『ありがとう』のひと言もない」という悩みです。そんなときも、「親のために」ではなく「自分のために」面倒を見ていると視点を転換させると気持ちがラクになりますよ、とお伝えしています。
自分を大切にできていないと、親にも優しくなれません。また総じて親という存在は、子どもの幸せを一番に考えるものです。子どもである自分が元気で幸せに過ごしていることが、回りまわって一番の親孝行になります。
「いや、自分の親は違う、だから親とはいっさいかかわりを持ちたくない」という人ももちろんいます。毒親との関係に悩む人からの相談を受けたこともありますが、私はそのときも「自分が将来後悔するかどうかで判断すればいい」と答えています。
私自身、父とは亡くなる4年前からいっさい連絡を取っていませんでした。それでも父が倒れたときは、「将来自分が後悔しないために」と病院に駆けつけました。
一方、死ぬまで顔を合わせたくないという場合は、入院から介護、行政手続き、遺品整理まで代行サービスを利用することもできます。お金はかかりますが、すべては自分の身を守るためです。
介護の専門書を読むと、正論がたくさん書いてあります。「親の話が妄想でも、決して否定しないこと」「親がひとり歩き(徘徊)を始めても、家に鍵をかけて閉じ込めるのは良くない」など。専門家のアドバイスは正論ではありますが、実際介護をしている人の正解になるとは限りません。専門家の視点には「それを長期間続けられるか」という「時間軸」が抜けているからです。
私は医師や介護職ではありませんが、だからこそできるリアルな話をブログや音声配信Voicyで日々発信しており、「実際に介護をしている当事者の話が聞きたかった」と言っていただきます。
最近は介護についてネットで検索しても、介護当事者の話が上位になかなか表示されないので、生の声を求めている人が多いのかもしれません。私の最新の著作『老いた親の様子に「アレ?」と思ったら』にも、専門書にはない極めて現実的なアドバイスを詰め込んでいます。
親の老後については、先送りしていても問題が解決することはありません。準備を始めるのは、親の様子に「アレ?」と思った今、まさにこのときがベストタイミングなのです。
更新:02月08日 00:05