2025年12月24日 公開

地方で会社を経営するということは、首都圏と同じ戦い方が通用しない現実と向き合うことでもある。市場規模、人材、情報量──そのすべてが異なる環境において求められるのは、「一発逆転」ではなく、「一発退場しない」ための経営戦略だ。
福岡県久留米市で総合商社・株式会社まる優を率いる財部優次郎氏は、23歳での創業以来、医療資材や工場設備、キャラクター事業、人材・教育、空調設備など、地域の「困りごと」に応える形で事業を広げてきた。一見すると多岐にわたるこれらの事業は、いずれも地方で生き残るために選択されてきた、戦略的な多角化の結果である。
地元顧客との距離の近さから得られた現場感覚と、そこで培われた実践知。本記事では、財部氏の経営経験をもとに、地方企業が一発退場せず、存続し続けるための考え方を紐解いていく。
地方で事業を行う場合、企業数や人口、商圏が限られているため、ひとつの市場に依存した経営は早い段階で成長の天井に突き当たります。東京のように新規顧客を次々と獲得し続ける戦い方は成立しにくく、「一つの市場が縮小した瞬間に会社全体が揺らぐ」というリスクを常に抱えることになります。
地方でも語られることの多い一点突破型の戦略は、短期的には有効に見えるものの、小規模マーケットでは業界全体の縮小と同時に成長が止まる危うさをはらんでいます。一点突破そのものが否定されるべきではありませんが、地方企業にとっては、市場変動に耐えられる体質をどうつくるかという視点が不可欠です。
その一方で、地方企業には都市部にはない強みがあります。それは顧客との距離の近さです。日常的な接点の中で信頼関係を深く築けるからこそ、既存事業とは異なる分野の提案であっても、「財部さんが言うなら任せるよ」と受け入れてもらえる場面が生まれます。信用と信頼は、地方企業にとって最も重要な経営資産と言えるでしょう。
私は、何の信用もない状態で個人宅向けの飛び込み営業から事業をスタートしました。だからこそ、利益が出る事業を回しながらも、一見すると採算度外視に見えるような、信用を積み重ねるための事業をあえて並行して続けてきました。まる優の多角化は、すべて顧客や協力会社との距離の近さと、関係性の深さを土台として成り立っています。
多角化に取り組む前提として、まず基盤となる事業で十分な実績をつくることが欠かせません。私は「本業で売上3億円規模」を一つの目安にしています。この水準に近づくと、資金繰りが安定し、経営者一人に依存しない体制が整い、外部人材の活用も現実的になります。新規事業に踏み出すための余力が、ようやく生まれる段階です。
この基盤が固まらないまま事業を増やしてしまうと、すべてが不安定になり、結果として会社全体を危険にさらすことになりかねません。多角化は、余裕ができてから検討すべき経営判断だと言えます。
まる優の事業は一見すると多岐にわたって見えますが、そのすべては既存顧客の課題から派生しています。医療資材を納品していた介護施設から空調設備や人材採用、SNS運用の相談が寄せられ、工場向けの遮熱材提案をきっかけに設備メンテナンスや改修の依頼が増えていきました。さらに、取引先商社からの相談を受け、ベトナムにホールディングスを設立し、バイオマス燃料の供給事業へと発展した事例もあります。
最近では、人材採用を支援していた工場から、省人化を目的とした産業用ロボットの企画・製作・設置まで任されるようになりました。また、自治体のコロナ対策業務を請け負ったことを起点に、防災全般の資材調達へと相談領域が広がっています。これらはいずれも「何でもやる」多角化ではなく、顧客資産の延長線上で自然に立ち上がった事業です。
多角化には、経営者自身の適性も大きく関わります。複数の事業を束ねることに強みを発揮できる経営者もいれば、単一事業を徹底的に磨くことで力を発揮するタイプもいます。私は、抽象度の高い課題を整理し、異なる業界をつなぐ役割に適性がありました。自らの性質や経営スタイルを理解した上で、無理のない形で事業を広げていくことが重要です。
地方企業は、行政予算や景気動向の影響を受けやすく、単一事業への依存度が高いほど経営リスクも増大します。複数の事業を持っていれば、工場設備の売上が落ちたときに教育事業が伸びる、広告やプロモーションが停滞しても医療資材の需要が高まるといったように、環境変化に応じて収益の軸が自然に入れ替わります。
実際、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言下では、イベントや広告関連の売上が落ち込む一方で、医療資材の需要が急増し、会社全体の収益を下支えしました。多角化は、地方企業にとって安定した経営基盤を築くための有効な手段でもあります。
さらに、多角化は地域経済にも好影響をもたらします。工場設備や自治体向け防災資材、地域イベントのプロモーション、教育サービスなどを地元企業が担うことで、資金の域外流出を防ぎ、地域内で経済が循環します。地方では、そもそも「そのサービスを提供できる企業が地域に存在しない」分野も少なくありません。多角化は、そうした空白を埋める役割も果たします。
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都会と地方では、市場特性も企業文化もまったく異なります。だからこそ地方企業は、地方ならではの戦い方を戦略的に選ぶ必要があります。
これまで、多角化を“リスク回避のための防御策”としてではなく、「顧客の困りごとを解決し続けるための必然」として進めてきました。結果として、社会に必要とされ、長く存続する会社のあり方が見えてきました。
今後も、地方から日本経済を支える企業として、目の前の一人ひとりの困り事から社会の課題を拾い上げ、必要なサービスがあれば仕組みを作り、雇用を創出する。そうして一つひとつを事業として安定させながら、地域と共に成長することが大事だと考えています。
更新:12月25日 00:05