ちょっとだけ、「目のつけどころ」を変えることで、今までの悩みが意外に簡単に解決することは、よくあることです。
最近、ビジネスシーンで「商品やサービスが売れない」「時代の変化についていけなくなった」という声を聴くことがありますが、そうした場合でも「目のつけどころ」を少し変えれば、どこかに突破口があるのではないでしょうか。
本稿では、放送作家で戦略的PRコンサルタントの野呂エイシロウさんに、「視点を変える」コツについて解説して頂きます。
※本稿は、野呂エイシロウ著『道ばたの石ころ どうやって売るか? 頭のいい人がやっている「視点を変える」思考法』(アスコム)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
数ある固定概念のなかでも、もっとも強固なものの1つが「前提」です。
多くの人は勝手に「これは、こういうものだから」ということを想定して、それに縛られて自由な発想ができなくなっています。
例えば、アイスを食べ終わった後のアイスの棒。おそらく、捨てていますよね。
なぜなら、あなたにとってその木の棒は「アイスの棒」でしかないからです。
しかし、それが「アイスの棒」だという前提を崩したらどうでしょうか?
もっといろいろ使い道があるんじゃないでしょうか。例えば、細かな隙間のそうじ道具にも使えるかもしれません。
実は、アイスの棒はフリマアプリやネットオークションで売られているケースがあるのです。用途としては、子どもの工作の材料とのことです。利用できるだけでなく、お金にもなるんですね。あなたは知らないうちに、お金をゴミ箱に捨てていたのかもしれません。
このように「前提」にとらわれていると、視点を変えることができなくなります。
あなたは、前提に縛られやすいタイプでしょうか?
ここで、あなたに問題です。
【問題】 「しかも」という言葉を使って、例文を書いてみてください。
どうでしょう。
いろんな答えがあると思います。「しかも」は一般的に、強調の意味で使われることが多いので、
・指輪をなくしてしまった。しかも、それは恋人からもらった指輪だった。
・彼はお金持ちのおぼっちゃんだ。しかも、株でさらに儲けている。
とか、こういう文章を「正解」だと思う人が多いのではないでしょうか。
ちなみに、私の答えは次のようなものです。
【回答例】「奈良公園へ行ったらシカもお辞儀をした」
どうです? ちゃんと「しかも」が入っていますよね。
「そんなの、おかしい」と思う人は、おそらく視点を変えるのが苦手な人でしょう。
学校では「正解」を教えられます。たしかに、国語の文法でいえば「~~。しかも〇〇」といった形式が正しいのでしょうが、そんな前提は設問にはなかったですよね。
「しかも」と言われて、学校的な正解しか思い浮かばなかった人は、常識の範囲内でしか視点を変えられず、視野が狭くなっています。つまり、誰でも分かっている「当たり前」の答えしか出てこないということです。
では、もう1つお聞きします。
「いかにも」という言葉を使って、例文を書いてみてください。
これも、人によって答えはまちまちでしょうね。先ほどの、「しかも」の話の後ですから、もっと自由に考えてみてください。
ちなみに、私の答えは「イカにもタコにも足がいっぱい」です。
学校でいい成績を取っていた人ほど、こういう答えは苦手なんじゃないでしょうか。
ペーパーテストには「正解」があります。最近は、正解をあえて設けずに生徒に考えさせるテスト問題も増えているそうですが、少なくとも、今社会人としてバリバリ働いている世代の方にとっては、学校のテストや受験は「正解」を答えないといけないものでしょう。
そうした思考に慣れているため、何か思いついても無意識のうちに、出題者が意図する「正解」をくみ取って、それに合わせた答えを出すクセがついています。そのため、型にはまった手堅い考えしか出てこない思考回路ができ上がっています。
相手の意をくみ取ることが大事な場面では、それでもいいのですが、何か新しい発想が欲しい場面ではかえって自由な考えを阻害してしまいます。特に、ビジネスの現場は、ルールのない答えを求められることも多いでしょう。
私は、設問の「穴」を見つけるのが大好きです。いかに面白い提案をするか、それで「こいつ面白いから、また会議に呼ぼう」と思ってほしいからです。
以前、下着メーカーの方との打ち合わせで、パンメーカーのキャンペーンになぞらえて「春のパンツ祭りやりませんか?」とお話ししたことがあります。
結局、実現しなかったのですが、それ以降もよく相談を受けます。私がいると、「会議が爆笑で盛り上がって、参加者みんな物事が頭に浮かぶんだよ」と言っていただいています。
前提に縛られないということは、アイデアが出やすい雰囲気作りにおいても重要です。
先日、プロバスケットボールチームの方と打ち合わせをしたのですが、「野呂さん、せっかくだから一緒に面白いことやりませんか?」というありがたいお話をいただきました。
それに対して、私は「すみません。シュートとドリブルが下手でちょっと無理です」と答えました。
「ちょっとちょっと、そういう意味じゃないから。コートに立たなくていいから!」
と大笑い。こんなことの連続です。ここでも、「PRの専門家」という前提を意図的に外して、バスケットボール選手としての答えをしているわけです。
時には、思い切ってぶっ飛んだ「大ボラを吹く」ことをやってみるのもいいと思います。「ムーンショット」という言葉があるくらいです。
ムーンショットとは、1961年にケネディ大統領がアポロ計画を発表した時に生まれた言葉です。アポロ計画とは、月に人を行かせて地球に帰還させるというものでしたが、当時は「そんなバカな!」と思われるくらいぶっ飛んだものでした。しかし、計画は成功しホラが現実になりました。
ケネディ大統領が、「まずは宇宙服を作って頑張りましょう」などと段階的に計画を発表していたら、8年後の1969年に月面着陸は成功していなかったでしょう。
日本で言えば、孫正義さんも誰も成功しないだろうというビジョンをぶちまけます。
これもムーンショット。そんな孫さんについていった人だけが彼のビジョンを成功に導いていったのです。
そういった意味では、ちょっと無茶な意見が人の心を動かします。ウソつきにならない範囲なら、少しくらい羽目を外してみてください。そのほうが、視点が変わりやすいと思います。
前提を疑うことで、成功したビジネスの事例に富士フイルムがあります。
富士フイルムは、その社名が示す通り、もともとはカメラのフィルム事業で成り立っていた会社でした。しかし、デジカメの普及に伴い、フィルム事業は大幅な減収に見舞われます。
「フィルムの会社」という前提で考えていては、次の一手を打つのは厳しかったでしょう。前提から考えていたら倒産を待つしかありません。そこで「フィルム」という前提をとっぱらって、自分たちに何ができるのか考えてみました。
すると、「フィルムの主原料は肌の弾力を保つコラーゲン」「フィルムの劣化を防ぐ抗酸化の技術はアンチエイジングに応用できる」ということが分かり、フィルムの会社であるにもかかわらず化粧品事業に進出し、これが大当たりだったのです。
同じく「コラーゲンの技術は細胞の培養などにも役に立つ」ことが分かり、医療・ヘルスケアの分野にも進出。同社では、これからの成長事業と位置づけています。
ちなみに、フィルムにこだわったアメリカのコダック社は2012年に倒産しました。
有名ブランドの「エルメス」も、もともとは創業者のティエリ・エルメスがパリで開業した小さな馬具工房でした。自動車が普及するようになって馬具が売れなくなったことをきっかけに、馬具作りで培った革の技術を活かしファッション革製品のお店に業態転換。やがて世界的なブランドへと成長しました。
更新:09月03日 00:05