2025年03月25日 公開

サイゼリヤ店舗前にて
カリスマ創業者が一代で築いたレストランチェーン「サイゼリヤ」。生産技術の腕を見込まれ、転職した堀埜が目の当たりにしたのは、原価計算もノルマもない、不思議な会社の実態だった。暗黙知の形式知化、言語化に10年の時をかけ、業績の急速成長を成し遂げた同氏に、「言語化」についての考えを聞いた。(取材・構成:川端隆人)
※本稿は、『THE21』2025年4月号特集[できるリーダーは必ずやっている「言語化」]より、内容を一部抜粋・再編集したものです。
――リーダーとして「自分の意図を言葉で伝える」にあたって、堀埜さんが特に気をつけていたことはどんなことでしょう?
【堀埜】ずっと心がけていたのは、「部下の部下は部下じゃない」ということですね。
――と、言いますと?
【堀埜】直接の部下ではなく、部下の部下に「2段飛ばし」で指示をしてしまうと、混乱を招きます。ついやりたくなるものですが。あるいは、指示をするつもりでなくても、そうなってしまうことがあります。
例えば現場へ行って、「この仕事、遅れてるね。急がないと」と「感想」のつもりで言う。本人は「感想」であって、指示や命令をしたつもりはないんです。
ところが、言われた部下の部下は「偉い人に急いでやれと指示・命令をされた」と思ってしまう。そして「大変だ、すぐやらなければ」ということになる。
それで適切に仕事をするならまだいいのですが、たいていは「その上司」と「部下の部下」の間は距離が遠いので、共有している前提が少なく意識のギャップは大きい。その結果、見当違いの作業を急いでやってしまったりするわけです。
私自身、こんな失敗は何度もありました。現場を見に行くと、明らかに無意味な作業をしている。「誰が指示したんだ?」と聞くと、私の指示だと言うんです。「俺、そんなこと言ったっけ?」と思うんですが、そういうときは「感想」のつもりで言ったことが思わぬ受け止められ方をしてしまっているんですね。
――よくある話かもしれません。耳が痛い人も多いでしょう。
【堀埜】私がこの点に気をつけるようになったのは、味の素時代に、ブラジル工場へ出向していたときの経験がきっかけです。現地の部下がとても優秀で、私が「部下の部下」に向かってうっかり何かを言うと、「堀埜さん、だめです」と厳しく「指導」されました。文化が違う中で、ロジックで相手を説得する能力を磨けたのがブラジル時代だったと思います。

――サイゼリヤに入られてからは、それまで社内になかった言語化・明文化の習慣を根付かせる努力をされたとか。
【堀埜】そもそも、従来のサイゼリヤでは、「来た仕事をこなす」という店のオペレーションの感覚に慣れていて、「自分たちでゴールを決めて、そこに向かっていく」というプロジェクトの文化がありませんでした。そこで、私が社長になってから、専門家を講師に呼んで、プロジェクトマネジメントを叩き込んでもらうことにしたんです。
そのときに始めたのが、オーナー要求書です。プロジェクトのオーナー(責任者)が、ゴールとして何を目指すのかを、1枚の紙に明文化したものがオーナー要求書。
当初はもっぱら私がオーナーとして要求書を書きました。それを部下に渡すと、そこから質問が始まります。私からすれば紙1枚にまとまる内容なのですが、読んだ部下からは「ここはどういう意味ですか?」という疑問が次々と出てくる。紙1枚分の内容について質問に答えると、だいたい1時間かかりました。
つまり、指示する側は、明確な言葉で、わかりやすくまとめているつもりだけれど、実は相手に正しく伝わる表現になっていないということです。例えば6W2Hをチェックすると、だいたいは一つか二つ抜けているものがあったり。そもそも一番重要なWHAT、何をすべきかが曖昧なことも珍しくありません。
――伝える側は言語化できているつもりでも、実はできていないんですね。
【堀埜】「どこに不備があるのか」「相手がどこがわかっていないのか」はわかりませんから、そこを対話で補っていく。すると、一つのテーマについて1時間ほどのやりとりが必要だったということです。
言語化ということで言えばもう一つ、私がよく言っていたのが「技能を技術にしろ」ということ。
技能というのは、見様見真似で継承される技。「背中を見て覚えろ」ということです。これに対して、文字媒体を通して伝えることができるのが技術です。
私は技術者ですから、「技能の会社に技術を導入するのが自分の仕事」だと考えていました。もともとサイゼリヤは職人気質の会社で、報告書を作るとか、報告会を行なうというのを社員たちは嫌っていました。そこで技能を技術に変えることを目指して、文書化やマニュアル化を進めたんです。
――「職人気質」の会社で、全体に言語化の文化を広げていくのは大変だったでしょう。
【堀埜】文書を書くのがみんな嫌いだというのはわかった。でも言語化は大事だから、書かなくてもいいから口頭で発表してくれ、ということで、「発表会」という場をつくったりと、色々な工夫をしましたね。
――前社長の正垣会長のやり方とは違ったやり方を取り入れていくのが、堀埜さんの役目だったんですね。
【堀埜】会長の言葉がまた難しいんですよ。例えば、店で使うレタスにどんな食感を求めるか。会長は「ガラスを噛み砕いた食感にしてくれ」と。わからないでしょう(笑)? 経営会議のあとには必ず会長講演があるんですが、これがまた、とても難解。抽象的で哲学的なんです。
そこで私は、会長の言葉を「翻訳」する担当者を決めて、「社内報に載せられるよう、高校生でもわかる表現に噛み砕いてくれ」と指示して、全社に伝えられるようにしました。
――天才肌のトップの言葉だからこその苦労ですね。わかりやすく、明確に言語化するうえでは、どんなことに留意されたんでしょうか。
【堀埜】バリューエンジニアリングという考え方から学んだのが、物事の「機能」に着目すること。物事には必ず機能があり、機能は必ず名詞プラス動詞で表現されます。「◯◯を◯◯する」というかたちです。言語化するときにはこれを守ると、正確に伝わりやすくなります。
例えば、「私の言ったことを、書き留めてください」と言えば、指示は正確に伝わります。これを、「発言の記録、頼むよ」と言ったとしましょうか。ちょっとした違いのようですが、実は伝わり方は大きく変わります。全部記録するのか、要約なのか。
それとも「俺の言ったことをちゃんとチームに共有しておけよ」という要望まで含んでいるのか......といった混乱が生じてしまうのです。最初に言ったような「したつもりのない命令や指示が伝わってしまう」原因の一つもこれでしょうね。

――堀埜さんの言葉としては、社長に就任されたときに「2025年に客数14億人を目指す」というビジョンを掲げられたのも印象的です。
【堀埜】当時の年間客数は1億1千万人ほどで、もう少しで日本の人口を突破するというところ。そこで、次は世界トップの中国の人口を目指そうと考えたんです。
――ずいぶん大きな目標ですよね。
【堀埜】「チェーンストアの目標は大きくしないと潰れる」という現象を見てきたからです。例えば店舗数を2割増やすとか、同業種の中でトップを目指すといった現実的な目標を掲げた会社が、達成したところで失速するというのはよくあります。だから「不可能限界くらいを目標に設定しろ」とよく言われるんです。
トップが大きいことを言うと、ロマンを感じる人が出てきます。「この会社、すごいことをやろうとしてるんだな」「自分はこの会社を選んで良かった」と思ってくれればいい。指示や命令を明確にするのとはまた違って、明るい未来を示す言葉を発するのもリーダーの役割です。
その良い例が2010年に起きたチリのコピアポ鉱山の崩落事故です。33名の作業員が坑道に閉じ込められ、69日間もの救出劇の結果、全員無事に帰還した。このときも、リーダーがみんなに「必ず生きて帰る」という明るい未来を示し続けたからこそ生き残れたわけです。
もちろん、ただ大きなことを言うだけではだめです。目標に向かう施策がそれなりに見えていないと、ロマンは信じられるものになりません。
そこで、年間客数14億人というビジョンに関して、私は「ストラテジック・コスモス」というものを作成したんです。
――聞き慣れない言葉ですが、どういったものでしょう?
【堀埜】戦略の宇宙、という意味ですが、目標達成に向かって考えられる課題、やるべきこと、やりたいこと、などなどを、3日間にわたって思いつくままにしゃべって、記録してもらいました。すると、全部で2000ほどのテーマを書き出すことができた。
2000の要素がそれぞれどうつながっているかを関連づけて、戦略を一つの宇宙のようにまとめたものがストラテジック・コスモスです。
――スケールの大きい言語化の手法ですね。
【堀埜】ちょうど宇宙物理学に興味を持っていたので、そこからの影響です。もちろん、目標に向かっていく中でテーマは増えていく。つまり、膨張していくという意味でも宇宙なわけです。
おそらく、どこの会社でもビジョンをテーマに細分化していったら2000やそこらはあるでしょう。チームや部署を任されている中間管理職の人でも、チームとしての役割を細分化すると、数百個のテーマが出てくるはずです。
これを関連づけて「宇宙」として全体の絵をつくる。これをやっておくと、メンバーに説明するのが楽ですし、自分自身の言語化のトレーニングにもなる。ビジョンなりゴールなりに向かって、関連性がないことをやってしまうこともなくなります。
ちなみに、初めて社長として長期計画を組んだとき、チームのメンバーに選んだうちの一人は、話すのがとても苦手な社員でした。「まったくしゃべらない」というくらいの。
――大抜擢ですね。どうしてまた?
【堀埜】計画は立てるだけではなく、全社に発表しないといけないし、変更があるたびに発表する必要があります。それまで無口だったこの社員は話さざるを得ない仕事についてみるみる成長し、その後の中国進出で活躍してくれるまでになりました。言語化が苦手という人ほど、言語化の機会を増やすと効果があるということです。

――堀埜さんは、自分の言葉を明確にすると同時に、一緒に仕事をする人の言葉を引き出すことにも注力していたんですね。
【堀埜】そうですね。私がリーダーとして一番時間を使った仕事は、面接かもしれません。味の素時代から、工場に作業職として入ってきたメンバー一人ひとりと、半年に1回は「能力開発面接」とか「業績面接」をやっていました。長い人だと3時間くらいしゃべるんです(笑)。話を聞いていくと、その人がどういう人間か、どんな仕事をしたいと思っているのか、といったことがわかってきます。
――今風に言うと1on1ですね。サイゼリヤに入ってからも同じように?
【堀埜】ええ。ただ、サイゼリヤにはそういう文化がありませんでしたから、みんなびっくりしていましたね。最初に事業部長として約100店舗を任されたときは、5店舗ごとにいる地区長全員と面接しました。
――コミュニケーションにたっぷり時間をとるわけですね。
【堀埜】みんな最初のうちはビビって何もしゃべれない。コミュニケーションが成り立たないんですよ。でも、この時間が大事です。一見無駄な時間を過ごすことで、だんだん話してくれるようになる。
地区長たちが会議で集まる機会には、午後から一緒にフットサルをしました。チームプレイをすると、メンバーの人間性がわかるんです。一緒に汗を流して気心が知れると、よくしゃべるようになる人もいます。
――なるほど。言葉を使ったコミュニケーションだけでは、言葉は引き出せない、と。
【堀埜】相手を正しく理解して、適切なアドバイスをしたり、その人の力を引き出せる仕事を与えるためにも、フットサルはとても役に立ちました。
仕事以外でのコミュニケーションというと、飲みニケーションを考える人もいるのでしょうが、飲み始めると時間がかかるし、愚痴ばかりになりがちだし(笑)、あまりお勧めしません。
前述した正垣会長の難解な表現にしても、理解できるようになったのは一緒に多くの時間を過ごしたからです。特に最初のうちは、試食会をずっとご一緒していましたね。
結局、コミュニケーションがうまくいかないのは、自分と相手に共通言語がないから。そして、共通言語がないのは、共通の経験が少ないからです。
味の素からサイゼリヤに移って、改めて痛感したのが「会社にはそれぞれ独特の言語がある」ということ。自分が何気なく使っていた言葉は「味の素語」で、サイゼリヤでは全然通じないということが多々ありました。会社を変わらなくても、部署が違えば使う言葉が違う、という経験をされた方も多いでしょう。
そして、共通言語を成り立たせるためには、みんなで一緒に何かをする経験、共通経験を増やすのが一番です。
――そこでフットサルというわけですか。そういう機会があればいいですが、リモートワークが増えて、共通経験が減っていくばかりの現状です。
【堀埜】ですから、それで仕事ができているのはすごいなと思いますよ。
昔は運動会とか社員旅行とか、一緒に働く人たちを理解するためのレクリエーションの機会が頻繁にあったわけです。それに代わる何かを考える必要があるでしょうね。フットサルに限らずチームで競い合うスポーツはお勧めですよ。一人ひとりの特徴が見えてきますから。
ちなみに私は、学生時代にアメリカンフットボールをやっていて、特にスカウティング(敵の視察、分析)が専門でした。この経験が、あとあと「観察して、言語化する」ことに活きたのかもしれません。
更新:03月25日 00:05