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一軒の焼き鳥店から世界的外食企業に成長...トリドール社長の「社員を信じ、任せる」姿勢

2025年01月16日 公開

粟田貴也([株]トリドールホールディングス 代表取締役社長兼CEO)

粟田貴也

讃岐うどん専門店「丸亀製麺」をはじめとした多業態の飲食店を経営し、現在、世界28の国と地域に2,000店舗以上を展開するまでになったトリドールホールディングス。その成長の背景には、小さな居酒屋の頃から揺るがない、粟田貴也社長の「社員を信じ、任せる」姿勢があった。

そして今、「食の感動で、この星を満たせ。」のスローガンのもと、グローバルフードカンパニーを目指す同氏に話を聞いた。(取材・構成:村上 敬)

※本稿は、『THE21』2025年1月号特集「人が育ち、チームも伸びる最高の任せ方」より、内容を一部抜粋・再編集したものです。

 

自分には100点満点評価 他人には60点満点評価

他人には60点満点評価がいい

――トリドールHDは一軒の焼き鳥店から始まりました。店舗数が増えていくにつれ、だんだんと人に任せざるを得なくなったかと思いますが、どのようなことを意識されていましたか。

【粟田】人に任せることについて真正面から考えるようになった最初の分岐点は、やはり2軒目を出店したときでしょうか。当時は兵庫県加古川市の飲み屋街にある個人経営の小さな焼き鳥屋で、まだ会社にもなっていません。任せるにしても、レギュラーでやってもらっているアルバイトでした。

実際、任せるとハプニングは起こります。行き届かない点があってお客様に怒られることもよくありました。お店の様子を見ても、「自分ならこうするのに」と感じる点は多々ありました。でも、それを指摘し始めたらきりがない。ある程度の度量がないと、人に任せることは難しいと感じていました。

――もともとは自分ですべてやりたがるタイプだったとか。任せた相手に至らない点があっても、なぜ堪えられるようになったのでしょうか。

【粟田】記憶が定かではないのですが、本で読んだか人に聞いたのか、創業して間もない頃、居酒屋を経営しているある経営者の言葉を知って納得しました。それは「自分には100点満点評価。他人には60点満点評価がいい」ということ。自分については厳しく考えたほうがいい。しかし人に任せるときには、減点主義で「あの人はダメ」と考えるのではなく、「働いていただいている」と考えるとうまくいくというのです。

本当にその通りです。自分ができることは人にもできて当然だと考えると、できなかったときに色んなわだかまりができてしまう。80点満点でもまだ微妙です。最初から60点満点だと思えばたいていの人はクリアできるし、それ以上やってくれたら「ありがとう」「ごくろうさま」と思えます。それに気づいてからは、任せた相手には寛容な目を向けようと努力するようになりました。

 

「お客様に喜んでほしい」その気持ちがあればOK

――「60点主義で甘やかすと、人が育たないのではないか」と不安になるマネジャーもいます。

【粟田】手取り足取り厳しくチェックしたほうがいいのか、本人に任せて見守るほうがいいのか、結論はわからないですね。現在は会社が大きくなって人を育てる仕組みが整っています。ただ、当時は座学で教育なんてできなかった。結局、店を任せて見守っていくしかなかったのですが、そのうちに急に頼もしくなっていく人が多かったことは事実です。

任されると自分で考えてトライするから、おそらく学びも大きいのでしょう。私が100回小言を言うより、本人がトライして成功体験を1回したほうが腹落ちするようです。

――粟田社長の中では、どのようなレベルになれば60点と判断していましたか。

【粟田】いくら売ってほしいという基準は設定していませんでした。お願いしていたのは、今日来ていただいたお客様にまた来ていただくこと。

とはいえ、リピート率を見ていたわけでもありません。また来ていただくため、お客様を歓待する気持ちがあるかどうか。こだわったのは、そこだけです。

例えばお客様に「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」も言えないのは、能力以前の問題。接客経験があまりない未熟なスタッフでも、初日から挨拶はできるはずです。私自身、カウンターで焼き鳥を焼きながら、そこだけは欠かさないようにしてきました。最低限クリアしてほしい60点は、そのレベルでした。

――60点をクリアした人には、特に積極的に指導はしないのでしょうか。

【粟田】相談されれば、もちろん自分の考えを伝えます。例えば、無理難題を言うお客様がいてどうすればいいかとかね。当時、僕がよく言っていたのは、「我々はお客様にお酒を売る商売。お酒を飲んだら判断力が鈍るのは当たり前。自分たちがお客様を酔わせているのだから、お客様が陽気になって言葉が多少過ぎることがあっても、飲み込んでくれ」と。

――飲食業は離職率が高い業種です。

【粟田】そう考えると、やはり60点をクリアしてくれるだけで「ありがとう」なんです。トリドールを会社にしてアルバイトを正社員登用するようになったときは、特にそう感じました。世の中には働く場所がたくさんあるのに、田舎の焼き鳥屋に、その人の人生の一部を預けて一緒にやってくれる。それだけで感謝ですよね。

その頃、居酒屋は外食産業というより水商売のイメージが強かったんです。だから本人は良くても、親御さんから反対されるケースが多かった。僕は結婚の承諾をもらいにいくときみたいに、親御さんに「おたくのお子さんをうちに預けてください」と頭を下げにいっていました。そのような状態ですから、100点を求めたら罰が当たります。

 

数字を管理するより、リーダーは夢を語れ

――創業当時から今もお勤めの方はいますか。

【粟田】当時のメンバーは50代になりました。少し前に数名辞めましたが、まだ1~2人は一緒にやってくれています。

――決して楽ではない業界で、任せた相手がついてきてくれたのはなぜでしょうか。

【粟田】聞いてみないとわかりませんが、夢を語ってきたことが大きかったのかもしれません。最初の店を出したときに3店は出そうと決めて店名を「トリドール三番館」にしましたし、まだ3店で売上1億円くらいのときには「10億円にする」と宣言。その後も成長の段階に合わせて夢を語ってきました。

焼き鳥屋のマスターが語る、何の裏づけや保証もない夢でした。でも、それを聞いて、「自分もそこに行きたい」「一緒にやりたい」と考えてくれた。今振り返ると、文化祭のノリでした。若い人には、そのノリが魅力だったのだろうと思います。

――夢でみんなをリードしてきたのですね。

【粟田】ただ、38歳になって「上場しよう」と言ったときは、みんな「へえ」と無反応でした。なぜなら、僕も含めてみんな上場が何なのかよくわかっていなかったから(笑)。 当時、僕らのファミリー居酒屋は繁盛していました。しかし、店を次々に出したくても銀行がお金を貸してくれない。一方、その頃はITバブルで、赤字の会社でも上場して資金を得ていました。「赤字の会社が上場を認められるなら」と、上場を目指すことにしたわけです。

駅近くのホテルの会場を借りて、社員にその計画を発表したのは2000年でした。その頃は会議をやるといっても、普段着に缶コーヒーと「週刊少年ジャンプ」を持ってやってくる社員ばかり。「10年で一部(現プライム)上場を目指す」と言ってもポカーンとしていました。

でも、夢を語るからこそ具体的に動き出します。当時は人事や経理部門のない状態でしたが、本社をつくって管理部門を整え、みんなにもスーツを着てもらうように。それまで気にしていなかった数字の管理も始めました。その後、波はありましたが、2006年にIPOして、2008年には一部上場できた。計画より2年前倒しです。

――途中、鳥インフルエンザの発生でピンチに陥った場面もありました。リーダーが弱気な表情を見せると、店を任されていたメンバーたちも不安になりそうです。

【粟田】僕も人間ですから、地面の下までのめり込むくらいに気分が落ち込むことはありました。でも、弱気な顔は見せないようにしていましたね。育成のためというより、自分自身の姿勢として、それは見せたくなかったですね。

――上場に向けて数字を管理するようになった。現場の任せ方にも変化があったのでしょうか。

【粟田】根本のところは変えませんでした。お客様に喜んでいただくには、まず自分たちが楽しんでいないといけません。そのことは重ね重ね言い続けていました。みんなの笑顔がベースにあって、その上に定量的な管理が乗ってくるイメージです。

 

自分の非力さを自覚すれば、自然に人に任せられる

自分の非力さを自覚することの大切さ

――会社のステージが上がるにつれて自分が偉くなったと錯覚して、部下への接し方や任せ方が変わるリーダーもいます。

【粟田】自分は無学で非力だという思いは、創業した約40年前から全然変わっていません。自分が完全ではないという自覚があるから、上場準備を始めたときにも、自分にできないことができる人を採用してその仕事を任せていきました。

それは今も同じです。トリドールHDは、世界中に店舗展開する「グローバルフードカンパニー」なる壮大な夢を描いています。ただ、そういうわりに僕はいまだに英語が得意ではありません。それでも様々な能力を持った仲間が集まって知恵を出し合えば、きっと勝ち筋が見えてくるはずです。会社のステージが上がるほど、むしろ自分の非力さを自覚して人に頼ることが重要になるのではないでしょうか。

当然、マウントを取るような任せ方はダメです。そもそも人に対してマウントを取ったら、その人は僕に何も教えてくれなくなって、僕自身の成長が止まってしまいます。 もちろん自分で悩んで考えるプロセスも必要です。ただ、自分一人の考えでは遠回りになるところで人の意見を聞けば、ショートカットして早く進めるかもしれません。その意味でも、自分がすべてだと考えないほうがいい。どちらが上とか下とか関係なく、人の話には素直に耳を傾けるべきです。

 

現場に足を運ぶことで問題の本質が見えてくる

すべての答えは現場にある

――2023年から社員向けに「粟田未来塾」を開催しています。何を教えているのですか。

【粟田】最初は「EATING MEETING」という名前で、本社スタッフと社内のカフェスペースで軽食を取りながら語り合う会を始めました。全48回の開催で、本社スタッフとは全員と話すことができました。その後、「粟田未来塾」と名前を変え、全国の店舗に足を運び、10人ほどの店舗スタッフに集まってもらう場を継続的につくっています。

「粟田」という名前がついていますが、僕が一方的に話すのではなく、むしろみんなに話してもらう場にしています。例えば業績のいい店舗で「どうして好調なの?」と質問したら、「スタッフの仲が良くて店の雰囲気がいいからですかね」と返ってきました。さらに「どうしてみんな仲がいいの?」と突っ込むと、「みんな、ちゃんと挨拶しているからでしょうか」と言う。それを聞いて、1on1ミーティングのような仕組みも大事だけど、日々のちょっとした心遣いが大切だなと、僕も改めて学ぶことができるわけです。

学ぶのはもちろん僕だけではありません。未来塾に来る社員は志が高くて会社を良くしようと考えているから、自らアイデアを発信するし、人のアイデアを聞いて吸収しようともする。みんなが学べる場になっています。

――「任せること=現場に足を運ばないこと」ではないのですね。

【粟田】会社が大きくなっても原点は店であり、すべての答えは現場にあると考えています。人に仕事を任せるのは、それによって自分が動ける時間をつくって、現場に足を運ぶため。例えば「部長になったから現場は課長任せ」という人は、その後伸び悩むんじゃないでしょうか。

――一般の会社では、現場から抜けられないプレイング・マネジャーが問題になっています。人に任せられずに負担が増しているプレイング・マネジャーに、アドバイスをいただけますか。

【粟田】現場で起きている問題は非常に複雑です。ただ、その中でも「これを解決すれば大きく前進する」というような優先度の高い問題が存在します。リーダーにはそれを嗅ぎ分ける嗅覚が求められますが、その嗅覚は理屈ではなく、現場の経験によって培われるものです。プレイング・マネジャーの時代は負担が大きくて苦労するかもしれませんが、その苦労は必ず将来大きな武器になると思って頑張ってもらいたいですね。

 

大事な価値観は共有し枝葉の表現は任せる

――グローバル展開を進める中、M&Aで新たに加わる仲間が増えてきました。バックグラウンドが異なるメンバーに仕事を任せるコツはありますか。

【粟田】価値を伝えることが大事です。僕らは一見矛盾に見えることをやっています。チェーンストア理論では、属人性を否定してシステム化を進め、省人化・無人化して生産性を高めることが良いとされています。一方、トリドールHDの各業態は、手間をかけて粉から麺をつくったり店頭で人が調理したりと、属人性を前面に押して武器にしている。いわば個人店の強みを抽出して多店舗展開しているわけです。

他と同質化すると、その先にあるのはレッドオーシャンのプライシング勝負。不毛な争いに巻き込まれたくなければ、強い意思で自ら市場をつくってブルーオーシャンを築くべきです。

トリドールHDは、属人性が生み出す体験価値を大事にすることで成長してきました。それだけは絶対に譲れない価値です。そもそもその考えに共感してくれる会社をM&Aしていますし、仲間になったあとも、そこはしつこいくらいに言い続けています。任せると言っても、この軸だけは共有しておく必要があります。

――チーム単位でも、中途採用でカルチャーの違う人が加わるケースがあります。同じような考え方が大切でしょうか。

【粟田】ありがたいことに、トリドールHDも中途採用で色んな人が来てくれる会社になりました。スケールメリットを追求して勝ってきた大手出身の人には理解しにくい話かもしれませんが、やはり僕らの考え方を理解してもらわないといけない。ただ、それが幹の部分だとしたら、枝葉の部分の表現はそれぞれ違っていていい。

――枝葉の表現について現場に裁量があれば、自由な発想ができて新しいものが生まれそうです。

【粟田】最初はお客様に感動を与えることができた体験価値も、何もせずに繰り返せば次第に飽きられていき、コモディティ化します。お客様の期待に応え続けるにはどうすればいいのか。その答えは、やはり現場にあります。現場に力を発揮してもらうためにも、今後も任せることを大事にしていきます。

 

【粟田貴也(あわた・たかや)】
(株)トリドールホールディングス 代表取締役社長兼CEO。1961年兵庫県神戸市生まれ。神戸市外国語大学中退。学生時代のアルバイト経験を通じて、飲食で人々に感動を与える仕事に憧れを持つ。85年、兵庫県加古川市に焼き鳥店「トリドール三番館」を創業。90年に㈲トリドールコーポレーション設立。2000年に丸亀製麺の国内1号店を出店。年々ファンを増やし、11年には丸亀製麺の海外1号店をハワイ・ワイキキに出店。同店は連日大行列の人気店となる。 著書『「感動体験」で外食を変える』(宣伝会議) が好評発売中!

 

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価格(税込):780円

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