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大金持ちは資産を増やそうとしない 池上彰が解説する「投資詐欺が流行る背景」

2025年03月24日 公開

池上彰(ジャーナリスト)

池上彰 50歳から何を学ぶか

インターネットを悪質に利用した犯罪が横行する中で、騙されることなく自分の身を守るためには? ジャーナリストの池上彰さんは、ご自身を偽った投資詐欺が広まってしまった現状から、インターネットをすべて鵜呑みにしない重要性を説きます。ご著書『50歳から何を学ぶか』から、投資詐欺の手口やAI時代に必要な意識についての解説をお届けします。

※本稿は『50歳から何を学ぶか』(PHPビジネス新書)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

「本当にそうなのかな」と考えてみる

21世紀に入ってから加速度的に技術が進歩し、AIに仕事を奪われるという懸念も、決してSFの世界の話ではなくなってきました。

知識についても、単に知っているだけではAIはおろかGoogleにも勝てなくなってしまいますから、人間はむしろ自分で問いを探しだしたり、単に言われたことをそのままするだけでなく、付加価値をつけたり、そもそもその指示自体が妥当なものなのかを考えたりするような能力、問いを立てる能力も必要になってきます。

「上司に言われたからやりました」という指示待ちの姿勢では、仕事の喜びを得られないだけでなく、仕事そのものにありつけない時代になりつつあるのです。よく言われるように、若いうちに接した技術は吸収が早い一方で、年を取ってから初めて接する技術は使いこなせないまま終わってしまいます。しかし、50代は「もうついていけない」とあきらめてしまうにはまだ早いのではないでしょうか。

学生たちには「AIを自由に使う側になるか、それともAIに使われる奴隷になるか、それを学ばなければならない」とよく話しています。同様に、50代を過ぎても、テクノロジーの奴隷にならないようにしたいものです。

AIの奴隷にならないためには何よりも、単に受け身でいるのではなく、能動的に考えることが求められます。時には提示されている情報が「本当にそうなのかな」と一歩立ち止まって考えるような能力は、子供はもちろんですが50代を迎える世代にも当然、必要です。

AIなどは特に、ツールの域を超えた能力を持っていますから、どの年代であってもどういうものかを把握し、危険性や能力を知っておく必要があります。

 

私の名を騙った投資詐欺の手口

そうでないと、AIなどの技術を駆使した情報の罠に、あっという間に引っ掛かってしまうこともあるからです。

引っ掛ける側は、ある程度裕福でネットやアプリも使える、投資に対する興味もあるけれど、AIに対する警戒心が薄い世代を狙っています。

例えばAIを使った投資詐欺。私も勝手に名前を使われて大迷惑をこうむりました。「池上彰がアプリで指南する投資グループ」を名乗る詐欺集団が、中高年を騙し、億単位のお金を騙し取ったという事件が起きています。

手口はこうです。詐欺グループは投資に関心を持っている小金持ちをLINEのグループに誘導します。「あの池上彰先生が直々にアドバイスしてくれますよ」という触れ込みで、「参加した人たちはこんなに儲かりました」と噓の情報を信じ込まされてしまう。「私も同じように儲けたい」と考えて参加すると、池上彰のアイコンを使ったAIが返事をしてくる。「今ならこの株がいい、だから急いで100万円入金してください」などと言って、お金を巻き上げるわけです。

こうした私の写真や名前を使った詐欺が存在すると知って、TBSのニュース番組で「本人直撃」を行ないました。一つのグループは「私は池上本人です」と言ったらアカウントがすぐに削除されたのですが、もう一つのグループには、他人のふりをして接触してみました。

「池上さんと、どこで知り合ったのですか?」と質問すると、アシスタントを名乗る女性のアカウントが「野球会です」と返してきます。この時点で日本語がおかしいですよね。「野球ですか。池上さんはどのチームのファンですか」とさらに質問すると、「東京読売ジャイアンツと聞いています」と答えてきました。この答えは不自然ですね。

私はそもそも(広島東洋)カープファンですし、好きな野球チームを聞かれたら普通は「巨人です」とか「ジャイアンツです」とか答えるでしょう。おそらく、外国人が翻訳アプリを使ったか、生成AIで回答しているため、間違っているうえに不自然な回答が表示されたのでしょう。

 

大金持ちは、資産を増やそうとしない

こうしたやり取りに違和感を覚えることができれば、詐欺にも引っ掛からないはずです。そもそも「池上彰が投資情報を売るだろうか」と考えたり、それこそニュースを検索してみるくらいの努力はしてほしい。これは教養以前の常識の範疇かもしれませんが、そんなに簡単に儲かる話は転がっていません。

中高年になると、老後の資金が足りるのかと不安になって、「もう少し手堅く増やしておきたい」と考えるからこそ、こうした詐欺に騙されてしまうのでしょう。詐欺グループは、そうした中高年の心理をよくよく見定めています。

大学の授業でよく教えるのは、「大金持ちは資産を増やそうとは考えない」というヘッジファンドが生まれた経緯にまつわるエピソードです。

ヘッジとは生垣という意味です。元々ヘッジファンドは戦争が起きるたびにインフレが生じていたヨーロッパで、大金持ちが「資産を増やす必要はないが、先祖から受け継いだものを減らしたくはないので、減らさないように運用してほしい」と頼んだことから生まれたものなのです。

減らさないように運用していたらお金が増えてしまうことがあり、それを見た小金持ちが「ヘッジファンドにお金を預ければ楽に増やせるのだろう」と預けるようになったというわけです。つまり、お金を増やすために運用を考えるのは小金持ちで、儲けたい気持ちが強い分、詐欺にも引っ掛かりやすいということになるわけです。

また、詐欺の手法というのは大昔から続いてきたもので、詐欺師は手を変え品を変え、誰かを騙そうと狙っています。新しい技術が出れば、どうすれば詐欺に使えるかを考える。LINEや生成AIもまさにそうです。簡単に儲かるように見える方法は、簡単に人を騙せる方法にも使えるのだ、ということを知っておくことが、いわば常識であり教養と言えるかもしれません。

もし詐欺に引っ掛からないための教養を一つだけ、教えるとしたら「本当にいい儲け話を知っている人は、人には話さない」ということ。絶対に儲かる儲け話など、この世の中に存在しません(そんなものがあれば苦労しません)。

詐欺の儲け話になぜ人が引っ掛かるかと言えば、自分だけが儲けたいと思うために他人に相談しないからです。誰かに相談すれば「その話、ちょっとおかしいんじゃないか」「本当に大丈夫か?」と聞かれるはずですが、多くの人は夫に内緒、妻に内緒、家族に内緒、友人に内緒で儲け話に飛びついています。

著者紹介

池上彰(いけがみあきら)

ジャーナリスト

1950年生まれ。慶應義塾大学卒業後、1973年にNHK入局。1994年からは11年にわたりニュース番組のキャスターとして「週刊こどもニュース」に出演。2005年よりフリーのジャーナリストとして執筆活動を続けながら、テレビ番組などでニュースをわかりやすく解説し、幅広い人気を得ている。また、5つの大学で教鞭をとる。『池上彰の未来予測 After 2040』(主婦の友社)など著書多数。

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発売日:2025年02月06日
価格(税込):780円

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