
言語学者の内田諭氏と、かつての教え子であり現在はラテン語研究者として活躍する「ラテン語さん」。「言語のプロ」である2人が、知的で楽しい英語攻略法を語り明かす特別対談。(構成:三井カナ、写真撮影:江藤大作)
※本稿は、『THE21』2026年7月号の内容を一部抜粋・再編集したものです。
【内田】お久しぶりです、ラテン語さん。...と、筆名でお呼びするのは初めてですね。14年前は学生さんでしたから。
【ラテン語さん(以下ラテン)】内田先生、ご無沙汰しております。東京外国語大学で先生の授業を受講していたころから、もう14年も経つのですね。私のこと、ご記憶でいらっしゃいますか?
【内田】もちろん!当時からラテン語に関心を持っていましたね。ラテン語研究者としてのご活躍、とても嬉しく思っています。
【ラテン】ありがとうございます!このたび、先生と私が相前後してPHPさんから本を出すことにも不思議な巡り合わせを感じます。5月に刊行されたご著書『英単語「1万語」習得法』は、どのような本なのですか?
【内田】ひと言でいうと、私の専門分野の「言語学」の概念を使って、英語の解像度を上げていこう、という内容です。
【ラテン】1万語とは、とても多いですね。
【内田】高校卒業までに学ぶべきとされるのが4~5000語ですから、約2倍です。でも「大変すぎる」と敬遠するのはまだ早い(笑)。この本は逆に、学習の負担を減らすことを目的としています。その方法は、1万語を「発信語彙」と「受信語彙」に分けて、それぞれに異なる戦略を用いることです。
【ラテン】発信語彙と、受信語彙ですか。
【内田】発信語彙は「高頻度語」とも言い、日常会話を始め、学校や仕事で使われる言葉です。その数は、約3000語。これらを知っていると、通常の英語に含まれる単語の約9割がカバーできます。
【ラテン】9割も!では、残りの1割が受信語彙ですか?
【内田】はい。こちらは「低頻度語」、日常では使わない学術用語などです。書いたり話せたりしなくても、見て意味がわかれば充分です。
【ラテン】1万のうち7000語は「読めればOK」なのですね。
【内田】従来の英語学習は、両者を区別せずに全部しっかり覚えようとしてきました。その結果、負担が増えていたのです。
【ラテン】それぞれの「異なる戦略」とは、どのようなものですか?
【内田】まず発信語彙に関しては、「コロケーション(連語)」の知識をつけることが非常に有効です。
【ラテン】コロケーション。単語と単語の組み合わせですね。
【内田】そうです。例えば「電話」はphoneですが、「電話に出る」はどう言うでしょう?答えはanswer the phoneです。ここで「『出る』って何だろう?」と一対一で考えてしまうと、迷路に入ります。
【ラテン】「Exitかな?」なんて考えて、残念なことになりますね。逆の「電話を切る」も、「Hang up the phone」という言い回しを知らないと...。
【内田】「cutかな?」など、やはり残念な方向に。このように、単語は知っているのに組み合わせ方を知らなくて使いこなせない、という人は多いはず。日本の英語教育が力点を置いてこなかった領域であり、多くの方が抱く英語の苦手意識の原因でもあります。コロケーションは、その処方薬です。
【ラテン】「この動詞にはどんな目的語がつきやすいか」「どんな慣用句があるか」などの結びつけ方を知ると、発信力が一気に上がりますね。加えて受信側、聞き手や読み手のメリットもありそうです。意味の取り違えが減るうえに、平易な言葉で構成されているので、理解がスムーズになるのではないでしょうか。
【内田】その通りです。会話時はもちろん、文章を読むときも速度が上がり、理解も深まります。
【ラテン】いいことずくめですね。受信語彙を増やす方法についても知りたいです。
【内田】いくつかありますが、ラテン語さんと話すなら、やはり「語源」でしょう。多くの英単語の語源になっている言語と言えば?
【ラテン】はい、ラテン語です(笑)。例えば、景気後退を示す「recession」は、「re(後ろ)」+「cess(行く)」=「後ろに行く」というラテン語でできています。
【内田】受信語彙は、語源で分解すると覚えやすくなります。知らない単語が出てきたときに、語源から意味を推測することもできます。
【ラテン】その経験、多々あります。一見難しそうな言葉も、小分けしてみると元のラテン語はさほど難しくなく、すんなり意味が入るのが嬉しいところ。ラテン語の知識を少し持つだけでも、英語学習に大いに役立つと思います。
【内田】3月に刊行されたラテン語さんのご著書、『今に生きるラテン語を求めて「永遠の都」ローマ滞在記』のお話もぜひ聞かせてください。ローマは、ラテン語発祥の地ですね。
【ラテン】ありがとうございます。おっしゃる通り、ラテン語は古代ローマで生まれた言葉で、「ラテン文字」は皆さんもよくご存じのA~Zです。現代の日本で「ローマ字」と呼ばれる所以も、そこにあります。
【内田】まさに「今に生きる」ですね。
【ラテン】そうなんです。私たちが日ごろ使う言葉の中にも、ラテン語が多く含まれています。例えば、午前・午後を表すAM・PM。これは「ante meridiem(正午の前に)」、「post meridiem(正午の後に)」の略ですし、「エトセトラ」は「et cetera(~とほかのものたち)」というラテン語です。
【内田】日本語でここまで身近なら、欧米ではなおさらでしょう。
【ラテン】はい。ヨーロッパにはラテン語を源流に持つ言語が数々あります。フランス語、イタリア語、スペイン語など。また、英語にもラテン語由来の語が多く、これは1066年にイングランドがフランス系の勢力に征服された際にフランス語の語彙が流入したことや、ルネサンス期にイングランドの文人が、自分たちの言語を豊かにすべく、ラテン語由来の単語を増やした、などの背景があります。
【内田】学問の世界で使われる「学名」にラテン語が多いのにも、歴史的背景が?
【ラテン】おそらく、学問に携わる人の共通語だったからではないかと。ラテン語はローマ帝国滅亡後も中世~近代初期にかけて、母語の異なる学者たちがコミュニケーションをとるための言葉として使われました。その意味では、現代の英語と似ていますね。
【内田】英語は現代の共通語で、その根底にラテン語がある。興味の尽きないお話です。『今に生きるラテン語を求めて』でラテン語さんが滞在された学校「ヴィヴァリウム・ノヴム」も、ラテン語を共通語とする場でしたね。
【ラテン】授業もラテン語、生徒同士の会話もラテン語。24時間ラテン語漬けの環境でした。ほかにもアクセサリー禁止、短パン禁止、聴く音楽はクラシックのみ、コンピュータやスマホも禁止、などの校則があり、とにもかくにも、特異な環境でした。
【内田】とりわけ印象に残っているのは?
【ラテン】生徒のラテン語力が高く、内容も高度だったことです。休み時間の雑談が「ギリシャ語の活用について」だったり(笑)。でも、それでいて楽しいんです。生徒は男性のみなので、男子校のような雰囲気でした。そして、おっしゃる通り「共通語」でつながれたことが大きかったです。「何語を話す人が偉い」といった上下関係が発生しない、平和な...本当に特別な場所でした。
更新:06月10日 00:05