2024年10月29日 公開
この10年だけ見ても、私たちの生活は大きく様変わりした。それだけに、「この先10年はどうなるのか」と不安を覚える人もいるだろう。大きな変化に翻弄されずに「自分らしく生き、働く」にはどうしたらいいのか? そういう難問はこの人に聞くしかない。『THE21』2024年11月号では、難しい問題を誰にでもわかりやすく説明する達人・池上彰氏に話を聞いた。(取材・構成:石澤寧)
※本稿は、『THE21』2024年11月号特集「これから10年の生き方・働き方」より、内容を一部抜粋・再編集したものです。
社会の変化のスピードが早い時代になりました。これまでの当たり前が当たり前ではなくなり、新しいやり方やルールが続々と登場しています。そうした変化を目の前にして、多くの人が不安を感じているのではないでしょうか。
たしかに世の中の変化は急激ですが、私は、そんなに悲観したもんじゃないよ、と伝えたいと思っています。この夏に出版した『池上彰の未来予測 After2040』という本の中でも書きましたが、変化には必ず良い面と悪い面があります。例えば、AIが発達してなくなる職業が出てくる一方、AIを活用することで、労働力不足が解消されて、より便利で快適な生活が実現するかもしれない。
また、労働力不足についても、見方を変えれば働き手の希少性が高まったと考えることができます。実際、最低賃金の目安は上昇していて、2024年度は前年比過去最大の50円の上昇となり、時給の全国平均は1054円になっています。
昨年、台湾の世界的な半導体メーカー・TSMCが熊本に工場を作ったところ、熊本だけでなく近隣の県の賃金相場も上昇したそうです。企業が人材の獲得競争をすることで、ITなどの成長産業に関わっていない人の給料も上がり始めています。
このように、一見マイナスに見える労働力不足という話題にも、見方を変えれば良い面やメリットがあります。変化に対して不安になるのは人間の性だと思いますが、そこには新しいものが生まれるプラスの可能性もあるのです。そしてそのプラスの可能性は、私たちの行動や努力次第で高めることができます。
未来予測の本を出したのも、これから起こり得る様々な未来の姿を提示することで、読者の皆さんに自分の選択について考えてもらいたかったからです。
未来は決して決まっているものではなく、私たちの選択に委ねられているということを、まずお伝えしたいと思います。
明るい未来もあり得るとはいえ、今後もすべての人が仕事に就けて、みんなの給料が上昇し続ける、といった未来を実現するのはなかなか難しいと思います。これからの未来の姿は、社会全体が同じ方向に進むのではなく、人によって明るい未来もあれば暗い未来もあると、個別化していくのかもしれません。
その明暗を分けるものは何かというと、仕事に限って言うなら、社会から必要とされる存在でいられるかどうかだと思います。そうした存在でいるためには、何をもって社会の役に立つことができるのか、「自分の武器」を見つけることが必要です。
私自身がそれを意識し始めたのは、NHKで記者からキャスターに転じた頃でした。番組で他の記者が書いた原稿を読むようになったのですが、まず感じたのは、「なんてわかりにくいんだ!」ということでした。内容は正確でも、視聴者目線に立っていないため、言いたいことが伝わってこないのです。
経済部に「もっとわかりやすい原稿にしてほしい」と言ったら、向こうは「わからないのはお前がバカだからだ」と言い出す始末。専門家はその専門性ゆえに「『わからない』ことがわからない」。そこで、自分でわかりやすくしようと奮闘を始めたところ、「もしかしたら自分には、人にわかりやすく伝える力があるのかもしれない」という気づきがあったのです。
そうして「もっとわかりやすく」と連呼しているうちに、始めることになったのが、「週刊こどもニュース」でした。私がキャスターを兼ねた「お父さん」役で登場し、話題のニュースを子どもたちに説明するという内容で、NHKにとっても私にとっても、挑戦的な番組でした。子どもが相手だからこそ、ニュースの本質をつかみ、それをわかりやすい表現で伝える必要がある。日々、勉強と工夫の連続でした。
アニメーションや解説のフリップなど、見せ方も「わかりやすさ」にこだわったこの番組は評判になり、その後15年以上続きました。この番組を作り上げた経験が、私の「わかりやすく伝える」という武器を鍛えることになりました。
この私の能力は、結果としてたどりついたもので、初めから身につけようと意識していたものではありません。ただ一つ言えるのは、その時その時の仕事に向き合って、おかしいと感じたことはおかしいと言い、どうやったらより良くできるかを考えて、自分にできることに取り組んできた、ということです。
もし「自分の武器の見つけ方」があるとしたら、それは人に教わるものではなく、今、目の前にある仕事に真剣に向き合うことで、自分自身が気づくものではないかと思います。
「週刊こどもニュース」が軌道に乗り、50歳を迎える頃には、私は将来、解説委員になりたいと考えていました。NHKの場合、記者は40歳くらいでデスクになると、現場を退いて管理職的な仕事に携わることが多いのですが、私は自分で取材を続けたいと思っていました。
解説委員になれば、自分で取材してテレビで解説する仕事を定年まで続けられますから、私にとって理想的だったのです。人事に提出する書類にも、その希望を書き続けていました。
しかしある日、廊下で解説委員長に呼び止められて、「解説委員にはなれないよ」と突然告げられたのです。理由を聞いたら、「お前には専門性がない」というのが答えでした。NHKの解説委員の仕事には専門分野として深めた知見が必要で、なんでもかんでも解説してきたお前には専門性はないだろうと言われたのです。ショックでしたが、それが自分の仕事の方向性を決定づける契機になりました。
たしかに自分には解説委員長の言う専門性はないかもしれないけれど、物事をわかりやすく説明する能力も一つの専門性と言えるんじゃないか。世の中を見回しても、難しいニュースをわかりやすく解説することを専門にしている人はいませんでしたから、私一人ならニッチビジネスとして成り立つのではないか。そう考えて早期退職制度を利用して、54歳でNHKを飛び出したのです。
フリーになってからは、中東調査会に参加してイランに取材に行くなど、現場のジャーナリストとしての活動を再開しました。ちょうどその頃に始まったのが、この『THE21』での連載です。私が仕事を通じて身につけてきた「わかりやすく伝えるノウハウ」を実例とともに解説する、という内容でしたが、この連載を通じて、多くのビジネスパーソンが「自分の言いたいことをうまく伝えられない」と悩んでいることを知りました。
それならと、連載をもとに『伝える力』という新書を出版したところ、これが大ヒットになりました。「わかりやすく伝える」ことは、ビジネスノウハウとしてもニーズがあることがわかったのです。
その後、2011年に東日本大震災が起きて、福島の原発事故について、大学の工学部の先生たちがテレビで解説をするのをよく見ましたが、文系の人たちにはなかなか理解できない説明ばかり。いくら素晴らしい知見があっても、専門外の人に理解してもらえなければ、その価値を十分に活かすことができません。
そして「これからは文理を融合させる取り組みが必要だ」と考えていたところ、東工大から声が掛かり、2012年から専任教授としてリベラルアーツ教育を担当することになりました。
元来が"教えたがり病"ですから、その後も複数の大学で教えることになり、気がついたらテレビよりも大学の教壇に立つ機会が多くなりました。NHKを飛び出した頃には想像もできなかった展開です。
「わかりやすく説明する」ことを専門に掲げたら、「これをやってもらえませんか」という話があれこれ寄せられてきて、それが「自分の能力の棚卸し」になりました。また、相手の要望に応えようと懸命に取り組むことで、自分でも思ってもみなかったかたちで「わかりやすく説明する専門性」の幅を広げることもできたのだと思います。
NHKを辞めたあと、テレビ朝日から、ニュースをわかりやすく解説する番組に出てほしいと声が掛かりました。その時は、ちょうどイランの大統領選挙があり、イラン全体が大混乱していたタイミングでした。
私は現地に取材に行ったことがありますから、「イランがどういう国かを含めて大統領選挙について取り上げましょう」と提案したら、スタッフ全員の後ずさりの音が聞こえるぐらいに引かれました(笑)。そんな国を取り上げたって見向きもされない、というのが当時の常識だったのです。
しかし私は、視聴者がイランに関心がないわけではなく、テレビがわかりやすい取り上げ方をしてこなかったのが原因だと考えていました。そこで、イスラム教には宗派があり、イランはシーア派であることや、大統領の上に最高指導者という存在がいることなどを謎解きのように解説したところ、視聴者の反応は上々で、高視聴率も取れたのです。
それがきっかけで各局がニュース解説の価値に気づき、ゴールデンタイムでもこぞって番組を組むようになりました。今ではワイドショーでも国際ニュースをしっかり取り上げるようになっているのは、皆さんもご存じのことかと思います。
自分ならではの専門性=自分の武器に磨きをかけていけば、やがて常識に対して違和感を覚えることが出てくるはずです。その違和感を無視しないで、常識に反してでも思い切って実行してみる。それも自分らしい未来を創造する方法の一つだと思います。
中高年以上の読者の中には、時代の変化や最近の若者の感覚についていけないと感じている人もいるかもしれません。私もテレビで芸能人の方々を相手にニュースの解説をやり始めた当初は、想像以上に色んなことを知らない方もいて、びっくりしたものです。
しかし、やがて考えを改めました。相手が知らないのではなく、「自分が、『相手が知らない』ということを知らなかった」のです。そう考えれば、自分よりも知識を持たない人からも気づきを得ることができますし、若い世代の常識や考え方から学ぶ姿勢もできてきます。
上から目線で自分の常識を押しつけてくる人は、若者に限らず誰だって嫌なものです。反対に、謙虚な姿勢で教えてほしいと言ってくる相手は、若者だって嫌な気はしません。そうやって、まずは年長者のほうから若者の話に耳を傾けることで、新しい発見があるはずです。
先日、私は教え子の大学生から、「何かを調べる時は、Googleは使わずにYouTubeで検索する」という話を聞きました。Google検索で出てくる文章を読むよりも、YouTubeで誰かが解説している動画を観たほうがわかりやすいのだそうです。倍速で動画を観るのも面倒な時は、InstagramやTikTokで検索すると言っていました。これは私にはまったくなかった発想なので、非常に新鮮でした。
「自分の会社の人間とだけつきあっていると発想が凝り固まるから、積極的に社外の人脈を築け」とは昔からよく言われますが、それに加えて、自分と異なる世代、特に自分よりもずっと若い世代の話を聞く機会を、積極的に作ることが大切だと思います。
お子さんが高校生、大学生くらいなら、ぜひ話を聞かせてもらいましょう。そうでない人でも、職場にアルバイトの大学生がいるなら、お茶でもご馳走して、彼ら・彼女らの考えや感覚を聞かせてもらうべきです。
私も「こどもニュース」を担当していた時には、アルバイトの大学生に解説を聞いてもらって、わかりやすいかどうか意見をもらっていました。そうして若者の感覚や意見を尊重し、自分が知らない情報や考えを得ることで、固くなった頭をほぐすことができます。
私が講演会などで話すと、若い学生から「池上さん、これからの未来はどうなりますか?」と質問されることがあります。いやいや、70歳を過ぎた人間に若者のあなたが聞いてどうするんだと(笑)。
私は自分の過去の経験の延長線上でしか考えることができませんが、若者は経験がないぶん、より柔軟に考えることができます。それは、自由に未来を創れるということです。
若者が持つそうした力を認めたうえでそれを引き出し、そこから学ぼうとすることが、これからの年長者が持つべき姿勢でしょう。
10年後、私は84歳になります。その頃は、もしかしたら滑舌が悪くなってテレビを引退しているかもしれないし、その前に飽きられているかもしれない(笑)。大学で教えることは続けているかもしれませんが、90分間立ちっぱなしで講義する体力が維持できているかどうか、現時点で確たる自信はありません。
でも、テレビや大学の仕事を辞めていたとしても、きっと書くことには取り組んでいると思います。自分でパソコンに向かえる限り、「わかりやすく伝える」ことを続けているのではないでしょうか。"教えたがり病"は一生治らないね、なんて言われながら(笑)。
未来がどうなるかはわかりませんが、「自分はこうしていきたい」と思いを定めることはできます。自分にとって大切なことをはっきりさせて、それが実現する様子を具体的に思い描いてみてください。そして、そのために自分が今できることから行動してみましょう。
その一歩を踏み出すことが、明るい未来を創る可能性を育てることにつながると思うのです。
更新:11月04日 00:05