経営者のなかには、成長意欲が高いがために過度な業績志向に陥ってしまう人が少なくない。しかも、思ったほどには業績が上向かず焦りが出てしまうと、社員への対応や顧客へのサービスに悪影響を及ぼしかねない。それを防ぐためにはどうしたらいいのか。中小企業経営者に向けた支援を行っているブレインマークス社長の安東邦彦氏は、「業績アップはいったん脇に置いて、まずは組織作りに力を入れていくことが重要」と語る。
最初に申し上げたいのは、業績志向は決して悪いものではないということです。例えば、創業間もないころから「売り上げ100億円を目指すぞ!」と言う経営者がいますが、イメージしていないことは実現することもないので、目標をしっかりと自分の中でイメージして事業を行っていくのは素晴らしいことだと思います。
売り上げが大きいということは、それだけ社会に認められている、もしくは社会に対して影響力がある、世の中に受け入れられるサービスを提供しているということですから、事業を始めたからには売り上げを大きくして、自分たちの行っているビジネスで社会を変えていこうと考えるのは重要なことです。
例えば本田技研工業を創業した本田宗一郎さんは、創業間もない頃にみかん箱の上に立って「世界一の企業になるぞ」と言ったという逸話が残っています。日本が戦後のまだ貧しかった時代に、日本に豊かさを取り戻すんだという夢を掲げて事業を行っていくというのは素晴らしいことだったと思っています。
みかん箱といえば、これも伝説のようになっていますが、ソフトバンクグループの孫正義さんも、創業したばかりの頃に、2人しかいない従業員の前でみかん箱の上に立って「豆腐屋のように、売り上げも利益も1兆(丁)、2兆(丁)と数えられる会社にしてみせる」と言ったという話があります。
ただ、これは話の一断片を切り取っただけもので、孫さんにはもっと壮大な夢があったはずです。孫さんは単に巨額の売り上げを目指していたのではなく、ITで世界中をひっくり返してやろうという大きな夢を持っていた。世の中を変えるビジネスを通じて社会を良くする、便利にする、人の暮らしを変えていく。その壮大な夢の先に1兆、2兆という売り上げがあるという話だったのだと思います。
一方で、過度な業績志向に取りつかれてしまっている経営者がいるのも事実です。経営者としての孫さんや本田さんに憧れて、自分もそうなるんだというイメージで事業をしている経営者は多く、そのこと自体は悪くないのですが、事業で世の中を変えていこうという夢の部分ではなく、売り上げを大きくすることのほうに目が向いてしまっているのです。
経営者のなかには、劣等感やコンプレックス、子供時代が貧しかったから金持ちになりたい、かつて勤めていた会社では自分が納得できる仕事ができなかった......といった反骨心から事業を起こした人の割合は意外に多いです。
そういった反骨心は人を突き動かす原動力になるので、持つ価値はあります。ただこれは「パーソナルドリーム」といって、自分が幸せになったり、自分のコンプレックスを解消したりする"個人的な夢"なんです。
創業時や会社がまだ小さいうちはそれでもかまいません。しかし、会社の規模が大きくなって社員が増えたところで、社長が「金持ちになるんだ」と言ってやっていては、働いている社員たちは面白くない。こっちは朝から晩まで身を粉にして働いて、社長は金持ちになるかもしれないけど、俺たちは金持ちにならないじゃんと。
数字の達成は経営者にとって魅力的なもので、売り上げ10億円を達成すれば周囲から「10億円企業の社長」と呼ばれ、従業員数が100人超えれば経営者の会合では一目置かれるようになる。これは経営者のパーソナルドリームなわけです。
このパーソナルドリームに突き動かされて、「今年の売り上げ目標は10億円だ!」と社員に言っても、社員にとって売り上げは夢でもなんでもない。にもかかわらず、社長のステータスを上げるために売り上げ目標必達を掲げて、社員に無理をさせる。そのために社員の間に不信感が募って会社が失速していくのです。
そのため、ある一定のところまで会社が成長し、そこからさらに成長を続けていくためには、経営者が夢やロマンを語るようにならないといけません。会社が大きくなったら、この事業に関わった人たちが豊かになる、社員が幸せになる、そして社会が変わっていくというように、この変革を成し遂げる一員として働きたいと思わせる夢を掲げるフェーズが必要になってくるのです。
これを「インパーソナルドリーム」、"自分のためではない夢"といい、自分以外の誰かを幸せにしたい、自分以外の誰かの暮らしを良くしたいという夢のことで、このような夢を掲げた人のところに人は集まってきます。なぜなら、人は社長を金持ちにするために頑張ることはありませんが、自分の仕事を通じてお客さんが幸せになることには喜びを感じ、その結果、自分も幸せになることが分かっているからです。
もちろん企業が夢やロマンだけでやっていけるわけはなく、業績アップも図らなければいけません。そのために必要となるのが組織の戦略と実行力です。経営者の役割は戦略を立てることで、その戦略を基に事業を推進していくわけですが、組織に実行力がなければ、それを推進していくことはできません。
組織の実行力というのは人間でいえば体力であり、この体力を鍛えないと実行力がつきません。しかし、多くの中小企業の経営者は、自社の実行力には目を向けず、この戦略ならば絶対にうまくいくと思いがちで、いざやってみると組織にそれを遂行していく実行力がなく、社員に当たり散らす人がよくいます。
戦略を練る前にまずやるべきことは、実行力のある組織を作ることで、それも経営者の役目です。実行力のある組織を作るのに必要なのは、やはり教育です。経営者が社員の立場に立ち、実力をつけるためには何が必要かを考え、社員の成長スピードに合わせて事業を拡大していくという状態を作っていかないと、結果的にうまくいきません。
では、人材を育成していくには何が必要か。私は次の3本の柱で考えています。一つは道徳教育で、人としてどうあるべきか、仕事に対する考え方や向き合い方などです。二つ目はポータブルスキル教育で、「計画性がある」「PDCAが回せる」「素直で勉強意欲がある」など、どのような業種・仕事でも持ち運べて成果を生み出せるスキルです。
そして三つ目がテクニカルスキル教育で、会社の業種や職業に特化して成果を生み出せるスキルです。この3つの教育をバランスよくやっていけば、人も組織も着実に成長していきます。
組織作りというのは筋トレのようなものです。今日明日ちょっと筋トレしても急に筋肉はつかない。筋トレを長年コツコツやっていった結果、徐々に筋肉が大きくなっていくものです。組織作りも、小さなことの積み重ねで時間をかけながら大きくしていくものなので、業績アップのことはいったん脇に置いておいて、スピードをちょっと緩めて考えてみることが重要だと思います。
また、筋トレをやったあとにプロテインを摂取すると筋肉が増えやすいと言われていますが、人材育成の場合、このプロテインにあたるのは「承認」です。やったことがうまくいったら「よく頑張ったね」と言ってあげる。うまくいかなくても「よくチャレンジしたね。じゃあ次はどんなチャレンジをしようか」といった、その人の行動に対する承認をしてあげると、頑張り続けることができますし、成長も早まります。
経営者というのは、自分が事業を拡大していくんだという思いが強く、一方で自分がもっと頑張らないと会社がうまくいかない、業績が上がらないといった危機感や恐怖心を持っているものです。私自身もそうだったのですが、ある時から社員満足と顧客満足に関する考え方を少し変えたら、すごく楽になりました。
以前はお客さんを満足させていかないと事業は大きくならないと思い込んでいたのですが、アメリカに行った時にこう言われたのです。「会社がある一定の規模になったら、社員がやる気を出して仕事に夢中になれる環境づくりと、社員が幸せになる会社づくりにコミットしなさい」と。
そうすれば、社員は自分の安全が守られるから、自然とお客さんがどうすれば幸せになるか、お客さんの事業をどうすれば良くなるかに注力でき、それで初めてお客さんの成長にコミットできるということなのです。
社長は社員満足に100%責任を持ち、社員は顧客満足に100%コミットできる環境を作る。そのように考えていけば、事業はまた違う発展の仕方をするのだと教えてもらい、それをやりだしてから、事業運営がすごく楽になりました。
経営者のこのようなマインドシフトが、社員の幸せにつながり、ひいてはお客さんの幸せにもつながり、企業は成功を続けていけると思います。
更新:02月21日 00:05