2024年12月09日 公開
海外ではスキルに基づいて報酬体系が決まる「ジョブ型雇用」が一般的。一方、日本ではメンバーシップ型雇用が主流だ。なぜこの違いが生まれているのか? 書籍『リスキリングが最強チームをつくる』より紹介する。
※本稿は、柿内秀賢著『リスキリングが最強チームをつくる 組織をアップデートし続けるDX人材育成のすべて』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を一部抜粋・編集したものです。
日本と海外の雇用慣習の違いに、ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用があります。
日本はメンバーシップ型雇用といわれていますが、ジョブ型雇用とはどういうものか、私なりにジョブ型雇用を理解したエピソードを2つご紹介したいと思います。
ひとつめは、外資系企業で勤める方から伺った話です。
社内異動の際に、仕事内容、求める成果、報酬などを説明され、「この仕事をできますか?」とオファーされたそうです。そのときに提示された報酬額が、今の給与の1.5倍近い金額だったとのこと。
仕事が最初に用意されていて、その仕事を担当する人を後から探しているのでしょう。仕事が最初に決まっているから、誰がやろうとも仕事内容や求める成果、報酬は変わらない。つまり、報酬金額は人に紐づいているのではなく、仕事に紐づいている。同じ人でも、仕事が変われば、報酬は大きく増減する可能性がある。それがジョブ型雇用というわけです。
もうひとつはシリコンバレーの求人票作成方法の話です。これは海外のスタートアップとディスカッションしていたときに伺った話ですが、シリコンバレーでは、人材を募集するときに作成する求人票は使いまわしが多いというのです。
求人票には仕事内容や勤務地、給与などが記載されているので、同じ内容で問題は起きないのか? 会社によって給与水準は異なり、同じ職種でも仕事内容は会社によって変わってくるので、求人票を使いまわせば、どこかで不整合が起きてしまうのではないか? と不思議に思いました。しかしそんなことはなく、むしろ同じ求人票を使いまわすことによってミスマッチが減る効果があるというのです。
Webサービスにおけるデザイナーを例にとりましょう。
この仕事には、色彩や形状といった要素のデザインスキルだけでなく、ユーザーの使い勝手を考えた画面構成(ユーザーインターフェース=UI)やユーザーの使い勝手を含むサービスの利用体験全般(ユーザーエクスペリエンス=UX)に関する企画力や実装力が求められます。
これを各社が異なる言葉で説明するよりも、「職種名(UI/UXデザイナー)+ジョブディスクリプション(職務内容)」というように、共通言語で表現するほうが合理的だというわけです。
これによって、個人は分かりやすくキャリアを形成できるそうです。
たとえば、ある会社でジュニアレベルのUI/UXデザイナーとして評価された人が、別の会社のシニアレベルのUI/UXデザイナーにチャレンジするとき、ジョブディスクリプションが明確であることで、自分が通用するか自己判断しやすいというわけです。
また、マーケティングのスキルを身につけてマーケターに転身しようとするときも、明確なジョブディスクリプションのおかげでスキルアップの目標を明確に立てやすいといいます。
このようにジョブディスクリプションと報酬に基づく雇用は、スキルアップによって収入を増やすインセンティブがはたらきやすくなるといわれています。
実際にジョブスキルに基づいてトレーニングを行い、キャリア形成を促すシステムを構築運用している国があります。シンガポールです。
シンガポールの人材開発省は、雇用環境や労働環境の整備、労働人材育成など労働関係全般を所管する省庁です。シンガポールの長期的な経済競争力を維持するため、人材プールの拡充、外国人短期労働者の入国・滞在・出国管理、進歩的で意欲をかきたてる人材管理手法の促進などを行っています。
また同国では、政府が国民のキャリア形成を支援する施策として、2005年からSkillsFutureという制度が導入されています。
なかでも話題なのは「SkillsFutureクレジット」という仕組みで、25歳以上のシンガポール国民および永住権保持者であれば誰でも500シンガポールドルがSkillsFutureクレジットとして支給され、それを使ってジョブスキルに基づいたトレーニングプログラムを受講することができます。2020年には同額のSkillsFutureクレジットが追加支給されました。
私はこれら海外のジョブ型雇用に興味を持ち、ジョブスキル定義の研究プロジェクトを立ち上げました。調査をしてみると、米国にはO*NETなどいくつかのジョブスキル定義が存在しており、シンガポールには人材開発省という省庁が存在しスキル開発を行っていることが分かりました。
さらに調べていくとジョブスキル定義に関する膨大なデータベースを米国のIT企業が持っていることが分かりました。彼らと交渉し、ジョブスキル定義データベースを購入することができました。それは100人以上の産業・職業の学者が30年以上にわたって調査・分類してきたジョブスキルライブラリーで、ジョブ数は3000種以上、スキル数は10000種以上ありました。
データの構造は大まかにいえば、ジョブ一つひとつにいくつかの情報が紐づいているものでした。
ランク情報(社長から平社員までのランク)とジョブカテゴリ情報(職種の区分)とジョブディスクリプション(職務内容)と求められる成果水準(行動基準など)、求められるスキル(特に必要とされるスキルを40程度ピックアップされている)などが設定されています。これによってAジョブからBジョブへ移行するには必要とされるスキル〇〇を身につける必要がある、と示すことができます。
一方で、膨大で複雑なデータによって網羅性と正確性を備えているようなこのデータベースですら、実際に人のスキルを測るという行為をメンバーシップ型の日本でそのまま適用しようとすると、混乱をきたすことも分かりました。
評価された側の納得感が得られないばかりか、普段からその人を評価している上長の納得感も得られなかったのです。同じ部署の同じ職種でも、人によって担当する仕事の範囲や内容・レベルが異なる中で、定義されたジョブにはめようとしても無理が生じてしまうのです。
このスキルのものさしは、人に直接当てるのではなく、求められるスキルを身につけるためのガイドマップとして活用するほうが、現時点では現実的な使い方のように思います。
日本の政策と海外の動向について整理しましょう。
日本では、需要の高い仕事に対応するためにスキルアップすることについて、国もその必要性を訴えています。IT・デジタル領域×海外の動向からジョブやスキルの扱い方を見てみると、実際に需要の高い職種に就くためにスキルを習得する行為が行われていました。またスキルのものさしも存在しています。
メンバーシップ型の日本では、職種が同じでも人によってジョブの内容が異なり、ジョブ型の発想でつくられたスキルのものさしをそのまま正しいものとして扱うことは難しいといえます。そうしたメンバーシップ型の現状において、どのようにリスキリングが行われていくとうまくいくのでしょうか。
私たちはジョブスキル定義の研究プロジェクトを通じて、大きなヒントが得られたように思います。
それは、メンバーシップ型の日本企業では、上司が部下のスキルを把握していて、人によって任せる仕事を選んでいるということです。ジョブよりもさらに細かい単位での適材適所が行われており、組織のパフォーマンスが最適化されていると考えられます。
ビジネスモデルや技術の変化の中で、はたらく人々に求められるスキルが変わってきています。人のスキルを把握し、任せる仕事を決め、組織のパフォーマンスを最適化している現場のマネジメントが、リスキリングのリーダーシップを発揮していく──それこそが日本にフィットしたやり方なのではないでしょうか。
更新:12月12日 00:05