THE21 » キャリア » 「定時で帰る部下に仕事を任せられない」は本当か? マネジャーが陥りやすい思い込み

「定時で帰る部下に仕事を任せられない」は本当か? マネジャーが陥りやすい思い込み

2025年01月24日 公開

楠木建(経営学者)

部下への仕事の任せ方

「マネジャーに、プレイヤー仕事をしている暇はない。部下に仕事を任せられないなら、プレイヤーに戻ったほうがいい」と語る経営学者の楠木建氏。『THE21』2025年1月号では同氏に「部下に仕事を任せていくうえで、マネジャーが意識すべきこと」「マイクロマネジメントとは異なる、部下との対話の持ち方」など、部下育成の要諦を聞いた。 (取材・構成:杉山直隆)

※本稿は、『THE21』2025年1月号特集「人が育ち、チームも伸びる最高の任せ方」より、内容を一部抜粋・再編集したものです。

 

部下に仕事を任せるのは、マネジャーの仕事のど真ん中

マネジャーの役割とは

――部下に仕事を任せたいとは思っているけれども、なかなか任せられない。そんな悩みを抱えているマネジャーが多いようです。

【楠木】「部下に仕事を任せること」。それはマネジャーの仕事のど真ん中です。

「マネジメントの定義」として、広く知られている言葉に「getting things done through others」というものがあります。日本語にすると、「自分が手を動かすのではなく、人を通じて物事を成し遂げること」です。つまり、自分が手を動かすのではなく、部下に仕事を任せるのがマネジャーの条件。任せられないなら、プレイヤーに戻ったほうがいいでしょう。

――マネジャーには向いていないと......。

【楠木】自分はマネジャーに向いていないからプレイヤーに戻るという決断は、決してネガティブなことではありません。かくいう私がその一人。誰かに仕事を任せようと思っても、我慢できず、「自分でやったほうが早いな」とついつい手を出してしまうので、マネジャー的な仕事はできません。もしチームで仕事をしなければいけないと言われたら、メンバー全員を自分にしたいぐらいです。

――先生に限らず、内心そう思っているマネジャーは多いと思います(笑)。

【楠木】ただ、私自身痛感していることですが、プレイヤーとして一人で仕事をするのは、じっくり物事を深めていくには良いですが、どうしても仕事のスケールが小さくなってしまいます。なぜ人が集まって組織で仕事をするかと言えば、一人の人間ではできないことでも、複数の人が力を合わせればできるようになるからです。スケールの大きな仕事をしたいというのなら、チームで仕事をするべきですし、人に仕事を任せられるリーダーやマネジャーを目指したほうがいいと思います。

 

なぜ人的資本経営は「資本」なのか

――スケールの大きな仕事をしたいなら、部下に仕事を任せるべき、と。

【楠木】ええ。さらに言うと、部下に仕事を任せることは、近年盛んに言われている「人的資本経営」「人的資本投資」の観点からも重要です。ところで、なぜ「資源」でも「資産」でもなく、「資本」というのかわかりますか。

――うーん......なぜでしょうか?

【楠木】「資源」は消費する、「資産」は"富"や溜め込むものであるのに対し、「資本」は将来の価値を生み出すために投資する意味が込められているからです。

経営の仕事はどんなことも「投資」が根底にあります。有望な企業に出資するのも、工作機械や倉庫などを導入するのも、将来大きな価値を生み出すための「投資」です。

その投資対象の中でも特にROI(投資収益率)が高いのは「人」です。人は投資額の何十倍もの利益をもたらすことがあり得ます。だから、企業を大きく成長させるには、「将来これだけの価値を生み出してもらいたい」という期待を込めて、人に先行投資をすることが欠かせない。これが、人的資本投資の考え方です。

ただ注意したいのは、人にお金を出せば投資になるとは限らないことです。目の前の仕事で人手が足りないときに、外部から労働力を調達するのは投資とは言えません。これは、単に部品や原材料を購入するのと同じ。時間的な奥行きのないワンショットの取引に過ぎません。こうした労働力の調達ばかりにお金を使っていても、人は育ちません。

人的資本投資とは時間的な奥行きのある投資です。その違いを明確に意識する必要があります。

――時間的奥行きのある投資の一つが、部下に仕事を任せるということでしょうか?

【楠木】その通りです。人に対する最大の投資はお金ではなく「仕事」です。責任のある仕事を任せることで、人は成長します。

ただし部下に仕事を任せても、すぐに成果が出ることはほとんどありません。長い目で見守る必要があります。時にはガマンして仕事を任せることで初めて、部下は大きな価値を生んでくれます。それだけ時間が必要ということです。

言い換えれば、「今日を何とか乗り切れればいい」と考えるのではなく、明日以降のことを考えたら、何が最善の選択かを考える。そういう視点を持って、部下に仕事を任せることが、リーダーやマネジャーにとって必要な目線です。

――「人的資本経営」「人的資本投資」というと経営者が意識すべきイメージがありましたが、そうではないのですね。

【楠木】これからの時代は、人材育成の最前線にいるマネジャーも、人的資本経営を意識することが大切です。

 

部下のベクトルの向きを見極める

――実際に部下に仕事を任せていくうえで、マネジャーが意識すべきことは何でしょうか。

【楠木】部下のベクトルの向きを見極めて、その人が本当に成長できる仕事を任せることが大切です。

――ベクトルの向きとは?

【楠木】向きとは「その人に向いていること=適性」「その人がやりたいこと」です。ちなみに、ベクトルは大きさもあり、これは「向いていることや、やりたいことについての実力」のことです。ベクトルの向きが異なる仕事を任せても、人は育ちません。

例えば、数人の部下でチームを編成するときに、リーダーを選ぶとしましょう。昔から「器が人をつくる」「職位が能力をつくる」といって、頼りなく感じる人でも、ポジションにつけさえすれば立派に育つとよく言われますが、チームリーダーに向いていない人にその仕事を任せても育ちません。これは、他の仕事に関しても同じことが言えるでしょう。

――そうならないためには、ベクトルの向きを見極めることが重要というわけですね。

【楠木】はい。部下が「今後どういうキャリアを歩んでいきたいのか」「どんな仕事をしたいのか」を聞き、その人が「何に向いているのか」「何が得意なのか」などを見ながら、その人が本当に成長できる仕事を与えることが大切です。

――そうすると、部下の人生にまで深く踏み込んでいく必要がありそうですね。

【楠木】いえ、そこまでマネジャーは踏み込む必要はありません。

最近は社会が成熟してきたことで、仕事に生きがいや充実感を求める風潮が強くなっていますが、本来、会社は仕事をして結果を出すことを目的とした組織。ジョブ型雇用というのも当たり前の話で、ジョブの成果を会社に提供し、その対価を会社が支払うという仕組みに過ぎません。従業員の生きがいまで請け負う筋合いはないのです。生きがいや人生の意味を考えることは、個々の部下に家でやってもらいましょう。

 

プレイヤー仕事をしている暇はない

部下のサポートを優先しよう

――単に仕事を任せるだけでは、仕事がうまくいかないと思います。マネジャーはどのようにサポートをしていくことが必要でしょうか。

【楠木】細かい話は色々ありますが、まず大前提として言えるのは、一人ひとりの部下と正面から向き合って、それぞれに手数をかけることです。

もし、部下が何か仕事でうまくいっていないのならば、放っておかずに、なぜうまくいかないのかを部下と一緒に考えることが大切です。本人がどう思っているのかを聞き、もし何かの能力が足りないなら、どうすれば能力をつけることができるのかを話し合う。根本的にベクトルの向きが合っていないなら、部署異動も含めて、本人のベクトルが向いている仕事ができるよう交渉することも必要でしょう。

――「任せた」といっても、そこまで手をかけるのですね。

【楠木】手取り足取りではありませんが、常にかたわらでサポートしていくことが大切です。

人事考課に関しても、仕事で成果が出ているのかどうかをはっきりと評価し、部下にとって望ましくない評価だったとしてもあやふやにしないで正面から伝えることが大切です。同時に、今後何を期待しているのかを伝えて、来期のゴールをはっきりと握る。「この水準まで仕事ができるようになると、こんなにいいことがある」ということを部下が理解できるように伝えていく。

何の情報もなく評価やゴール設定はできませんから、日頃から部下の仕事ぶりをよく観察しておくことも必要です。

――これを部下一人ひとりにする。プレイング・マネジャーで、そこまで部下に時間をかけるのはなかなか大変ですね。

【楠木】そうですね。プレイヤーの仕事をしている暇はないでしょうね。

そこで私が勧めるのは、一定期間プレイヤーとしての仕事をすべてやめて、マネジメント業務に徹すること。思い切って部下だけに時間を使ってみることです。そうして手数をかけていくと、部下が育っていく手応えを感じられることでしょう。

そのときに重要なのは、再びプレイング・マネジャーに戻るのではなく、その後も、部下に使う時間を確保し続けることです。勤務時間の8割ぐらいは部下と向き合い、コミュニケーションを取る時間に使うのがベター。それがリーダーのあるべき姿だと思いますし、それを続けることで、部下から本当の信頼が得られるようになります。すると成果も上がってきますし、本当の意味で仕事を任せられるようになるでしょう。

 

マネジャーの仕事は進捗管理ではなく原因の発見

マイクロマネジメントと手数をかけるの違い

――部下に手数をかけるというと、マイクロマネジメントをイメージしますが、違いは何でしょうか。

【楠木】一人ひとりと向き合うというのは、ある意味マイクロマネジメントに近いとも言えますが、マイクロマネジメントとは明確な違いがあります。それは、結果を管理するのではなく、原因を見つけ出すことです。

――どういうことでしょうか?

【楠木】マネジャーがよく陥りがちなのは、部下の進捗を細かく管理して、進捗が悪いと、「これではダメじゃないか」とたしなめることです。しかし、これは無能なマネジャーのやり方です。

マネジャーの役目とは、予定通りにうまく仕事が進んでいないなら、なぜ進んでいないのか、その原因を見つけ出すことです。

その原因はその部下の能力不足にあるとは限りません。人手が足りていないのかもしれませんし、クライアント側の担当者に問題がある場合もあります。あるいは、プライベートで何かの困難があって仕事に本腰が入らないのかもしれません。その場合は、会社や上司ができることは限られていますが、少しは仕事に本腰を入れられる手伝いはできると思うのです。

そうやって原因を究明していくと、仕事が向いていないという結論に至ることもあるでしょう。その場合は、「この仕事は◯◯さんには向いていないかもしれません」とはっきりと告げることが必要です。

――このご時世、部下にキツいことは言いにくいですが......。

【楠木】いえいえ、むしろ今だからこそ言いやすくなっているのです。労働流動性が低く、退職したあとの選択肢が少なかった時代にそれを言うのは酷でしたが、現在のように労働流動性が高まってきた状況では選択肢が多様にあるので、はっきり告げたほうがその人の人生にとってプラスになる可能性があるのです。そういう意味では、上司の仕事はやりやすくなっていると言えます。

 

「重要」な仕事は思い込みではないか

――ここまで聞いても、仕事を任せることに抵抗がある人もいると思います。

【楠木】そうした人には、あなたが任せられない仕事は本当に任せられないのかを、ゼロベースで見直すことをお勧めします。マネジャーの思い込みで、「任せられない仕事」になっていることは少なくありません。

――思い込みで任せられなくなっているとは?

【楠木】例えばよくあるのは、「重要なクライアントの仕事だから任せられない」という考えです。しかし、そのクライアントは本当に「重要」なのでしょうか。クライアントの担当者の要求が厳しいと部下に任せるのが不安になり、自分自身がいつまでも担当し続けがちですが、売上や利益率から考えたら、実はあなたが担当するほどではないかもしれません。

――必要以上に重要視してしまっているわけですね。

【楠木】また、「定時できっちり帰ってしまう部下には重要な仕事を任せられない」というのも、マネジャーが考えがちなことです。

しかし、毎晩夜遅くまで仕事をしないと、本当に重要な仕事を任せられないのでしょうか。「重要なクライアント」から電話やメールが来たら、何時だろうと飛んでいけ、という文化があるのかもしれませんが、すぐに飛んでいったところで、クライアントのためになる仕事ができるとは限りません。もしかすると、これまでの悪しき慣習で、すぐ飛んでいくこと自体が目的化しているのではないでしょうか。

――そうした思い込みは他にもありそうですね。

【楠木】このような思い込みは自分では気づきにくいのですが、気づければ今よりも仕事を任せられるようになりますし、会社全体から見ても大きな業務改善につながります。

例えば、「定時で帰る部下にも仕事を任せても良い」となれば、小さな子どもを育てていて定時で帰らざるを得なかった社員にも大きなチャンスを与えられます。繰り返しになりますが、そうした社員に対して手数をかけていけば成果は出ますから、チームにとっても良いですし、その社員から感謝されるでしょう。さらに最近は、どこの会社でも「女性に手厚い会社」などと標榜していますから、自分が率いているチームで、「育休復帰直後の社員が責任ある仕事を任され活躍している」となれば、会社からも評価されるはずです。

このように、仕事に対する間違った思い込みには大きな改善のヒントが隠れています。ぜひ一度見直してみてください。

 

著者紹介

楠木建(くすのき・けん)

一橋ビジネススクール PDS寄付講座競争戦略特任教授

1964年、東京都生まれ。89年、一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。著書に『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる 仕事を自由にする思考法』(文藝春秋)など。

THE21 購入

2025年2月

THE21 2025年2月

発売日:2025年01月06日
価格(税込):780円

関連記事

編集部のおすすめ

「管理職にかかる過剰な負荷」は解消できるのか? 組織変革の要となる部門とは?

坂井風太([株]Momentor代表)

「部下がやる気にならない」と悩む管理職に求められる3つの視点

小川実(一般社団法人成長企業研究会 代表理事)

部下に慕われる管理職が実践する「わからないふり」

山本真司(立命館大学ビジネススクール教授)