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業績悪化で孤立した社長が涙した夜 弔辞を書くことで見えた理想の経営者像

2025年09月16日 公開

安東邦彦(ブレインマークス代表取締役)

残ったのは社員1人とパートタイマー、売り上げはピーク時の1/10

売上は右肩上がり、しかしその裏で組織は崩壊し、ついには大量の離職。売上はピーク時の10分の1に落ち込み、信頼も自信も失った社長が再起をかけて参加したセミナーで与えられた課題は「自分の弔辞を書く」こと。人生の最期から逆算することで見えてきた、経営者が本当に大切にすべき原点とは何だったのでしょうか。

 

弔辞を書くことで始まった経営改革

「まず、自分の"弔辞"を書いてください」

アメリカで受講した経営者向けの3日間集中セミナーの冒頭で、そう言われました。私は絶句しました。「仕組み化」を学びに来たはずなのに、なぜ弔辞を書くのか。

戸惑う私に、講師であり世界的経営コンサルタントであるマイケル・E・ガーバー氏はこう問いかけました。
「安東さんは、どういう状態になれば幸せですか?」

私は「事業が成功すれば幸せです」と答えました。すると彼は続けます。
「事業が成功していても、不幸そうな経営者を見たことはありませんか? ビジネスは、人生の目的地に向かう"乗り物"にすぎません。どんな人生を送りたいのかが明確でなければ、どんな経営者も迷子になります。だからまず、自分の弔辞を書いてください」

この言葉が、私の経営観を根本から変えることになりました。

 

業績好調の裏で進行していた組織の崩壊

私は2001年に会社を創業し、マーケティング支援を軸に事業を展開してきました。順調に業績が伸び、社員も増え、売上は右肩上がり。外から見れば「成長企業」と映っていたと思います。

しかし、その裏では、静かに、しかし確実に、組織が崩れていく兆しが現れていました。社内には常にギクシャクした空気が流れ、些細なことでピリつき、社員の離職は止まらず、組織としての一体感は生まれていませんでした。

私はその不安を払拭するように、休みなく朝から晩まで働き続けました。そして気づかぬうちに、自分と同じ熱量を、社員にも求めてしまっていたのです。今振り返れば、それはパワハラと捉えられても仕方のないような、過剰な要求だったと思います。

業績を競わせていたこともあり、社内は常に緊張感に包まれていました。ミスをした社員を厳しく叱責し、同じ失敗を繰り返す姿に、社内にはあきらめと苛立ちの空気が充満していました。

そしてあるとき、決定的な事件が起こります。退職する経理担当者が、送別会の後の2次会で、私がいない席を狙って社内の給与情報を漏らしたのです。その場にいた社員たちの不満が一気に噴き出しました。

「なんで私の給料があの人より低いんですか?」
「一生懸命やってるのに、全然評価されてないじゃないですか!」
感情を押し殺していた社員たちが、私に詰め寄ってきました。そこから社内の空気は急激に悪化します。

うつ病を理由に休む社員が現れ、連絡もなく突然出社しなくなる社員。仲間を煽ってグループで退職届を出す社員。次第にオフィスは空席ばかりになっていました。

さらに追い打ちをかけるように、創業当初から信頼していたパートナー企業との関係にも亀裂が入り、取引を終了せざるを得ない状況になりました。その上、そのパートナー企業が、当社とまったく同じサービスを、より安価に提供を始めたことで、当社の契約に解約の連絡が相次ぐようになりました。

「同じサービスなら、安い方がいいですよね」
「私は、あなたではなく、パートナー企業を信頼していたんですよ」
「なに、うちわもめしてるんだよ!」
「もめてる会社を付き合うと運が落ちるよ!」

そんなクレームの電話が、昼夜問わず鳴り続けました。信頼していただいていると思っていた顧客から、罵声を浴びさせられたこともありました。

その半年後、残ったのは社員1人とパートタイマーだけ。売上はピーク時の10分の1にまで落ち込みました。

会社が、信頼が、そして何より、私自身の自信が音を立てて崩れ落ちていきました。

 

自分が、人が、信じられなくなる

会社が崩れていく中で、私は次第に自分自身を信じられなくなっていきました。「自分の選択は正しかったのか」「自分は経営に向いていないのではないか」──そんな疑念が心を蝕み、やがて、人のことも信じられなくなっていきました。周囲の言葉に素直に耳を傾けられず、私は徐々に心を閉ざしていきました。

なんとかこの状況を打開したいという思いから、いくつかのコンサルティング会社の支援を受けてみました。しかし、何をやっても組織が立ち直る手ごたえはなく、どこか自分が空っぽになっていくような感覚だけが残りました。今思えば、私自身が正常な判断や行動ができる状態ではなかったのかもしれません。

そんなとき、前職でともに働いていた元同僚が、起業した会社を上場させたというニュースが飛び込んできました。能力的に劣っていると感じたことのない相手が、自分より遥か先へ進んでいるという現実。その知らせを受け取ったとき、心が折れそうになったのを今でもはっきり覚えています。

「もう、経営を辞めた方が楽かもしれない」
そう思ったことは、一度や二度ではありません。
それでも、不思議と最後の一線を越えることができませんでした。私は子どもの頃から、「いつか自分の会社を持って、経営者として生きていきたい」と夢を描いてきた人間でした。その想いだけは、どれだけ苦しくても、手放すことができなかったのです。

「あと2年だけ、本気で経営を学び直そう。それでもダメなら、潔く辞めよう」
そう自分に期限を区切り、私は再起をかけて動き出しました。

経営に関する本を読み漁り、セミナーの情報を集め、必死でヒントを探し続けるなかで、ある一冊の本に出会いました。マイケル・E・ガーバー氏の『はじめの一歩を踏み出そう』(原題『E-Myth Revisited』)です。

その本には、私がずっと探し求めていたものが書かれていました。「経営とは先天的な才能ではなく、学びと実践で身につける"技術"である」「社長がいなくても機能する仕組みこそが、真のビジネスである」。その一つひとつの言葉が、私の心にまっすぐ突き刺さりました。

何よりも、問いかけられているような気がしたのです。
「本当にもう一度、挑戦してみなくていいのか?」
「自分の殻に閉じこもったまま終わってしまっていいのか?」
その本が、絶望の淵にいた私に、再び立ち上がるための“きっかけ”と"勇気"をくれました。

ガーバー氏は当時74歳。世界160カ国・10万社以上を支援してきた中小企業支援の第一人者であり、彼の言葉は単なるノウハウではなく、「経営とは何のためにあるのか」という原点に立ち返らせてくれるものでした。

私はすぐにガーバー氏に関する情報を集め、2か月後にアメリカで開催される彼の集中セミナーに参加を決意しました。数百万円の自己投資でしたが、「これでダメなら終わりだ」と腹を括った、まさに背水の陣でした。

そして、そのセミナーの冒頭で出された課題──それが、私の価値観を根底から揺さぶるものでした。
「自分の弔辞を書いてください。」

 

自分の弔辞に書いた“理想の経営者像”

集中セミナーの間、私は何度も「自分の弔辞を書く」という課題に向き合おうとしました。しかし、どうしても書けませんでした。仕事の成功についてはずっと考えてきましたが、「自分はどんな人生を送りたいのか」「どんな人間として覚えてもらいたいのか」といった問いに、真正面から向き合ったことがなかったのです。

帰国後、私は時間をかけてこの課題に取り組む決意をしました。最初は、紙を前にしても言葉が出てきませんでした。しかし毎日、自分と静かに対話を重ねるうちに、心の奥底から少しずつ本音が湧き上がり、それが言葉になっていきました。

ある夜、一人オフィスに残り、ようやく書き上げた弔辞を声に出して読んでみました。その瞬間、込み上げるものを抑えられず、涙が止まりませんでした。

「もし、人生の最期に、こんなふうに語ってもらえたなら、もう悔いはない」
そう心の底から思えたのです。
そこには、こんな言葉が並んでいました。

「安東さんと出会えて本当によかった」
「あなたのおかげで、人生が変わりました」
「あなたの会社に入れたことが、私の誇りです」

私は、自分の経営の目的が初めて明確になったように感じました。社員や家族、顧客から、いつかそんな言葉をかけてもらえるような人生を歩みたい──そのために、私は経営をしているのだと、ようやく気づくことができたのです。

著者紹介

安東邦彦(あんどう・くにひこ)

ブレインマークス株式会社 代表取締役

1970年大阪府生まれ。ITベンチャーの取締役を経て、2001年に中小企業向けのマーケティング支援を行う株式会社ブレインマークスを設立。その後、賃上げ交渉・社員ストライキなど組織問題に直面し、世界的コンサルタント、マイケルE.ガーバー氏から「自走する組織づくり」のノウハウを習得。現在はその経験をもとに中小・ベンチャー企業に『社長が不在でも事業を拡大する仕組みづくり』を支援。これまでに200社以上に個別支援、1000社を超える経営塾卒業生を輩出している。https://www.brain-marks.com/

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