2025年01月23日 公開
2026年01月23日 更新

映画にドラマ、CMなど、30年以上にわたり芸能界の第一線で活躍を続ける、俳優の水野真紀氏。48歳で大学へ編入し幼稚園教諭の資格を取得した、ミドルからの「学び直し」実践者でもある。50歳を前に大学編入を決意した経緯と、その学びの道筋を取材した。
※本稿は、『THE21』2024年2月号の掲載記事より、内容を抜粋・編集したものです。
――48歳で聖心女子大学に編入し、卒業と同時に幼稚園教諭免許を取得されたそうですね。40代で大学編入を思い立った経緯から、お聞かせいただけますか。
【水野】漠然とした「世の中にお返しがしたい」という思いからです。原点になったのは、短大の卒業を控えた20歳頃の経験。2年後期の最終試験が、NHKの朝ドラ(1990年上半期「凛凛と」)の収録と重なって受けられず、卒業の危機に陥ってしまったんです。
その際、私がお世話になっていた先生方が、教授会で懸命にかけ合い、特別に追試を実施してくださって。それで、どうにか卒業することができました。ただの一学生にすぎない私のために奔走してくださった先生方の姿に感激しまして、それ以来、短大の校是だった「(敬神)奉仕」の価値が、胸に刻まれているんです。
――あの朝ドラの裏で、そんなことが起きていたとは。学生から社会へ、俳優へと羽ばたいていく中での原体験ですね。
【水野】そうなんです。それに加えて、25歳のときにも今につながる経験がありました。
実は、デビューしてからずっと、どことなく戸惑いを感じていたんです。というのも、芸能界はやはり、一般社会とは色んな感覚が違う部分がある。それでその頃、まだ若い自分が、多くを与えられすぎなんじゃないか......と密かに悩んでいて。
そんな折、その違和感を作詞家の阿木燿子さんに打ち明けたところ、阿木さんが「そう思うなら、あなたが年を重ねたとき、その分を若い人にお返ししていけばいいのよ」とおっしゃったんです。
その言葉になんだかすごく納得して、それからはその「お返し」という言葉もまた、「奉仕」と並ぶ私の人生のキーワードになりました。
――それらの言葉が、巡り巡って学び直しの決意につながるということでしょうか。
【水野】ええ、時間をかけて少しずつ。それが「また大学へ」という明確な意志になったのは、44歳になる頃です。その頃女性の平均寿命は約88歳と言われていて、いよいよ私も折り返し、つまり「お返しの時期」に入ったな、と。そこで、しっかり「奉仕」「お返し」するためにも、また色々インプットしたいと思うようになりました。
とはいえ、当時は仕事も忙しく、さらには夫(現徳島県知事・後藤田正純氏)の選挙や息子の中学受験もあり、学びたい気持ちは持ちつつも「今年はいったん見送ろう」という時期が続いたのですが......。
――その思いをついに実行に移された2018年は、どういったタイミングだったのでしょう。
【水野】その年の秋に夫の選挙が一段落、息子の受験も年明け2月に終わろうとしていました。あとは仕事の状況次第......と思っていたら、毎年必ず同じ時期に入っていた2時間ドラマの収録が急きょ中止に。そこで「この機を逃すわけにはいかないぞ」と思いました(笑)。色々な条件が、不思議と重なった年でしたね。

――入学先には、聖心女子大学を選ばれました。
【水野】高校時代、聖心のシスターのいる学生生活に憧れており、受験予定校でした。でも、諸事情により短大に進むことになり、それはそれで素晴らしい日々を過ごしたわけですが、年月を経て、あのとき進まなかった道をあらためて歩みたい、と思いまして。言わば「人生の忘れ物」を拾いに行ったような感覚です。
――確かに「やり残してきたことをする」というのも、学び直しにおける大事な要素ですね。幼稚園教諭を目指されたのは、やはり「より若い世代に」といった理由でしょうか?
【水野】いえ、それは偶然(笑)。最初は免許のことなんてまったく考えていませんでした。
そもそも、聖心の教育学科には「初等教育」と「教育学」の二専攻がありますが、編入学を受けつけていたのは教育学専攻だけ。元々、子育てや自分自身の半生から教育の重要性にはすごく関心がありまして、特定の領域を重点的にということではなく、教育全体を広く学ぶつもりだったんです。
――では、入学後に気持ちに変化があったのでしょうか。
【水野】きっかけは、同い年の編入生と親しくなったこと。三人の子どもを育てながら幼稚園の先生を目指しているという彼女に、教育学専攻でも専門のカリキュラムを履修すれば免許が取れるからと誘われて、興味がわいてきたんです。
一方で、そのプログラムの説明文には「履修は実際に教職に就く意志がある人のみ」とあり、ためらう気持ちもありました。私の環境や年齢を考えると、卒業後にフルタイムで幼稚園に勤務するのは難しい。そんな状態で学んでよいものか......。
――その迷いが、なぜ吹っ切れたのですか?
【水野】それが、教授に相談したところ「一緒に学びませんか」と、二つ返事で背中を押していただけたんです。「学びたい学生の背中を押すのが、私たちの仕事です」という言葉で、心が決まりました。
――在学中は、10~20代の学生さんとも机を並べられたとか。お話などもされたのでしょうか?
【水野】もちろんです。学生の子たちはもう、とにかく若い! ちょっと後ろの席に座ると、前に座る子たちみんな髪がツヤツヤ、天使の輪がくっきり。「はあ、若さとはこういうことか」と思ったものです(笑)。あとは、助けてもらった感謝ですね。
――助けてもらったというのは、どんなことで?
【水野】一番大きかったのは、PCの使い方ですね。レポートの作成はもちろん、教室の前でプレゼンをするにはパワーポイントも必須。にもかかわらず、私は当初Wordの打ち方さえ知らなかったんです。家族に聞こうにも、息子はまだ中学生だし、夫もまったくあてになりませんでした。
それで、自力で調べられるところは調べつつ、あとは若い同級生に手取り足取り教わったんです。みんな本当に親切でした。せめてものお返しに、とスタバ(スターバックス)のプリペイドカードを「これで好きなもの飲んで!」なんて言って渡したりもしていましたよ。
――なんとも心温まるお話! 苦労した科目などもありましたか?
【水野】もちろん。特に苦戦したのは、短大時代以来、実に30年振りの再開となった第二外国語のフランス語。必修なのに、短大時代に取っていた単位数では満たないので逃れられず、本当に大変で。
枕元に教科書を置き、朝起きたらすぐに開いて単語や文法を覚えていました。スキマ時間は総動員で、足りなければ家事とも並行。言ってしまえば、ドラマのセリフを覚えるのと同じノウハウです。もちろん、毎朝の通学電車でも、単語帳とにらめっこしていましたよ。連日満員で、本当に大変でしたけど(笑)。
――まさか、水野さんが満員電車で通学されていたとは......。卒業に必須とはいえ、「専攻内容とは関係ないのに......」なんて思うことはなかったんでしょうか(笑)。
【水野】正直に言えば、ありました(笑)。でも、視野を広げることが学生の本分ですから、異なる言語や文化を知ることの意味は、わかっていたつもりです。
それに、私には「おいしいとこどり」の人生は有り得ない、というポリシーがあります。人生、バランスが大事だと思うんです。楽しいことばかりの人生は、必ずいつかしわ寄せが来るんじゃないかな、と。

――ぜひ、幼稚園での実習についても教えてください。実習先はご近所だったのでしょうか。
【水野】実習先は、自転車で5分ほどの場所にある幼稚園。実は、息子を通わせていた園でした。
計4週間の実習で、息子がお世話になった先生に再び指導していただき、とても良い学びを得られましたが......夜は本当に大変でした。もう全然寝られなくて。
――と、言いますと?
【水野】実習日誌を書くのが、とにかく大変なんです。幼稚園の実習日誌は小学校などと比べても項目が多く、一つひとつかなり詳細に描く必要があって。毎日帰宅して夕飯をつくり、22時頃にもろもろの家事を終えて、その後に書き始めるのですが、年のせいもあり、その時間にはもう集中力も落ちているもの。どうしても時間がかかって、睡眠時間が3時間を切る日がほとんどでした。
とはいえ、実習中はご指導いただく幼稚園の先生にも、かなりの時間と手間をおかけするわけです。不十分なものを出すわけにはいかない、というその一心で頑張りました。
――聞いているだけでもかなりの負担......水野さんの責任感の強さに感服です。子どもたちとのコミュニケーションはいかがでしたか?
【水野】それはもう楽しかったです! 特に、実習最終日に取り組んだ「おおきなかぶ」の劇遊びは、本当に良い思い出になっています。
子どもたちに「みんな、好きな動物になって引っ張ろう!」と言ってみると、なりたい動物に一人ひとりの個性が出るんです。中には、物語に登場する動物ではなく、急に「オオワシ」と、まさかの猛禽類をチョイスする子もいる(笑)。そういう自由な発想を、大人は摘み取らないようにしないといけないな、と身につまされました。もちろん、オオワシ君とも一緒に引っ張りましたよ。
――子どもを通して、たくさん発見があったのですね。
【水野】まさに、本当に貴重な経験でした。実習は、前半二週間と後半二週間の間に一カ月のインターバルがあるのですが、その間にもみんなすごく成長しているんです。子どもの一カ月ってなんて濃いんだろう、通園する2~3年の間に、どれほど多くのことを感じるのだろうと思うと、その時間を共にすごす大人の役割は本当に重大だと思いました。
――ちなみに、ご自身はどんな幼稚園時代だったのでしょう?
【水野】実は、私はいい思い出がないんです......。というのも、私は3月の末に生まれたこともあり、何をするにも私だけ遅れたり、できなかったり。それもあって、実習中も何かと早生まれの子が気になって、こまめに「大丈夫かな?」と、よく様子を見ていましたね(笑)。

――卒業後は、独学で保育士資格も取得されたと。
【水野】私の場合は幼稚園教諭の免許と重複する科目が免除されたので、残りの科目はひたすらYouTube学習です。家事をしながら動画を視聴するなど、大学のときと同じくスキマ時間をフル活用。学ぶ内容を録音し、耳だけでの「ながら学習」に取り組んだこともありました。
私のように大学の助けがあればまだしも、あれほど科目数が膨大な資格を一から受ける方々は、本当にすごいと思います。
――それらの学びは、現在どのように活かされているのでしょうか。
【水野】実は今、実習でお世話になった幼稚園にボランティアで通っています。実習の際、先生からも「手が足りないところはどうしても出てくる」とうかがったので、補助的に子どもたちの世話をしたり、園庭の掃除をしたり。やりすぎて邪魔にならないことも重要です(笑)。
最初に「フルタイムで働けないのなら学ばないほうが......」と諦めなくて、本当に良かったと思います。
――確かに「フルタイムでないと無意味」なんて道理はありませんよね。2023年の6月からは保育園運営に携わる企業でも、社外取締役として活躍しておられるとか。
【水野】はい、それも縁あってお話をいただきました。取締役会議や園長会議に参加しつつ、現場にも足を運んでいます。せっかく現場の資格があるのですから、現場に耳を傾けて、そこで働く保育士さんのやりがいや充実感にも気を配っていきたいですね。
子どもたちが大人になって振り返ったとき「楽しかったな」と思える幼稚園・保育園が理想です。そういう思い出こそが、以後の人生を力強く支えてくれると思います。
――学びの成果をもとに、着実に「お返し」をしていらっしゃるんですね。
【水野】そうですね。その出発点を忘れることなく、この先もお役に立てていければと思っています。なんというか、自分との約束を果たしているような気持ちですね。
――自分との約束......。誠実なお人柄が垣間見える言葉です。
【水野】いえいえ、まだまだ微力です。でも「誠実」と言えば、私、大事にしている言葉があります。それは「誠という字は『言ったことを成す』と書く」というものです。
――言う、成す......本当ですね! お話をお聞きしていると、様々な言葉が水野さんの生き方に影響を与えているのを感じます。
【水野】確かに、芸能界に入ってから、仕事で悩むたびに本や新聞から「いいな」と思う言葉を書き留める習慣ができました。今振り返ると、それらの言葉や、出会った方から直接いただいた言葉が、私の人生に何度もプラスの影響を与えてくれたと思います。
――そんな水野さんから、ぜひ読者に向けた励ましのお言葉を。
【水野】そうですね......月並みですが、新しいことを学び、社会に新たな形で貢献するチャンスは、年齢を問わずある、ということはお伝えしたいと思います。皆さんの「これから」を、心から応援しています!
【水野真紀(みずの・まき)】
1970年、東京都生まれ。87年、「東宝シンデレラ」審査員特別賞を受賞。90年、東洋英和女学院短期大学卒業。同年、NHK 朝ドラ「凛凛と」に出演し、その後多数のドラマ・映画・舞台で活躍する。2018年、聖心女子大学現代教養学部教育学科に編入。卒業と同時に幼稚園教諭一種免許を、卒業後に保育士資格を取得する。23年、保育園などの運営を手がけるJPホールディングスの社外取締役に就任。
更新:01月24日 00:05