従来のチャットボットよりはるかに自然なやりとりができるChatGPTなど、データの分析にとどまらず、あたかも人間のように新たな文章や画像、音楽などを生成する「生成AI」が注目を集めている。その普及は、私たちにどんなインパクトを与えるのか?
AIの研究開発に携わり、現在は中小企業へのDXを中心とした支援を行なうファンドで活躍する松谷恵氏と、世界のテクノロジーとビジネスを目利きし、投資している山本康正氏に対談形式で聞いた(対談実施日:2023年3月24日)。(取材・校正:阿部花恵)
※本稿は、山本康正著『アフターChatGPT』(PHPビジネス新書)より内容を一部抜粋・編集したもので、『THE21』2023年7月号にも「生成AIに淘汰されない企業、そして人材とは?」として掲載されたものです。
――お二人のご関係は?
【山本】松谷さんとはボストン留学時代にも日本人の交流会で何度かお会いする機会がありました。現在も、私がD CapitalのDXアドバイザーを務めていることもあって、一緒に仕事をさせてもらっています。
――松谷さんは、NASAのラングレー研究所、ゴールドマン・サックス、そしてファッション通販サイトのZOZOと、異なる業種を経験されています。
【松谷】ラングレー研究所では航空機の制御の自動化の研究に取り組んでいました。手法としては昨今のAI研究と呼ばれるものに通じるところとなります。ニューラルネットワークに注目している研究コミュニティもありましたが、その一手法であるディープラーニングが発展を遂げる前のことです。
ゴールドマン・サックスではトレーディングの自動化のために、ZOZOではマーケティングの高度化のためにAIの研究開発をしていました。
分野はそれぞれ異なりますが、大規模データ活用およびAIの研究開発をしてきたという点では変わっていません。
【山本】ZOZOはウェブサービスですから、大量の情報が収集できて、それをAI開発に活用できますね。
【松谷】ユーザーの属性、購買履歴、ファッションコーディネートアプリ「WEAR」から得られる画像データなどの膨大なデータを活用して、購買予測、レコメンド機能の向上、ユーザーの購入意欲を高めるためのマーケティング施策などに取り組んでいました。
また、経済学者の成田悠輔さんと共同で「社会的意思決定アルゴリズム」を開発し、オープンソース化することもしました。この成果が評価され、2020年度の日本オープンイノベーション大賞で共に内閣総理大臣賞を受賞しています。
【山本】ZOZOが早稲田大学と共同開発して2022年11月に発表した「ファッション・インテリジェンス・システム」も画期的なサービスですね。
【松谷】ファッションについての感覚は人それぞれで、定量化が難しい領域です。例えば「オフィスカジュアル」といっても、人によってイメージするものがかけ離れていることも珍しくありません。そうした特有の難しさがあった領域において、例えばユーザーが曖昧な表現で質問をしても、AIにより解釈が可能となる本成果は、他分野への応用の可能性も秘めています。
【山本】これまで数値化されてこなかったものを、統計的にデジタルデータ化できたということですね。この意義は大きいです。人間の感覚はどうしてもバイアスがかかりやすいですから。
【松谷】AIや機械学習を実際のサービスにつなげるだけでなく、一般のユーザーが手軽に使えるようにすることもポイントだと思います。ChatGPTも、誰もが簡単に利用できることが革新的でした。
技術的な進展とオープンソース化によって、AIの価値は今後さらに、あらゆる産業にとって高まっていくことは間違いないでしょう。企業はAIをいかに活用するかを問われる時代になっています。AIの活用こそが、企業の価値向上や生き残りにかかわる重要な要素になるはずです。
私がD Capitalを立ち上げたのも、ファンドという形で、これまでAIのような最先端技術の活用が難しかった日本の中小企業に貢献したいと考えたからです。
――ChatGPTの登場以降、一般の人たちの間で生成AIに対する注目度がかつてなく高まっています。
【松谷】革新的な技術が突然ポンと現れたわけではなく、生成AIの技術自体は脈々と続いてきた研究開発の成果です。ここに至るまでに数々のモデルが競争しながらパフォーマンスを向上させてきました。一般ユーザーにとっては革新的に見えても、多くの研究者にとっては、これまでに積み重ねた研究の延長線上にある流れとして捉えられています。
【山本】パラダイムシフトが突然現れたわけではないのですが、多くの日本企業にとって、生成AIはまだ身近なものではありません。喫緊の課題としては、生成AIに何ができて、何ができないかを十分に理解することでしょう。そのためには、まず、どのような活用事例があるかを知ることが大切です。
【松谷】重要なポイントは、どのような産業の企業にも可能性があるということ。各企業が持ち得る、またはアクセス可能な独自のデータを、先進的な手法と組み合わせることで、面白いものができるかもしれません。それが新規事業の種になることもあるでしょう。
【山本】企業がこれまで蓄積してきた知見を新たな形で活用し、価値を生み出すということですね。
【松谷】日本の中小企業には、従来の成功体験に基づいて旧態依然の経営をしているところが多い傾向が見受けられます。
旧来的な経営手法では、どうしても成長の限界がある。そのことはわかっているし、新しい技術の導入を検討しているけれども、何から始めたらいいのかわからない。そういう状況にある企業が圧倒的多数ではないでしょうか。
しかし、一見するとテクノロジーとは無縁に思える産業の既存企業でも、生成AIそのものではありませんが、デジタルおよびデータ活用技術を積極的に導入して業務改善を実現した例は多くあります。
有名な事例では、日本酒の「獺祭」を造っている山口県の旭酒造があります。日本酒造りというと伝統的な製法と杜氏の経験がものを言う世界だと思われがちですが、旭酒造は、醸造する温度やアミノ酸の量など、酒造りの工程を徹底的にデータ化して管理することで、質の高い日本酒を大量に生産することに成功しています。
経営難に陥っていた神奈川県の老舗旅館「陣屋」は、コスト削減と効率化のために顧客管理とマーケティングを自動化しました。予約、会計、設備管理など、旅館・ホテルに特化したあらゆる機能をデジタル化したのです。さらには、それらを「陣屋コネクト」というクラウドサービスとして、現在は他の旅館にも提供しています。新規事業が生まれたわけです。
このように、伝統的な産業でも、テクノロジーを活用することで成長している企業は少なくありません。
【山本】AIの活用は、日々の業務改善から始めて、その過程でスキルや経験を蓄積していった上で、自社のデータや顧客基盤、独自の強みを活かして、新しいサービスの開発へとつなげていく、という流れがいいでしょうね。
【松谷】そうですね。テクノロジー活用に不慣れな企業であれば、最初から「AIで新規事業を立ち上げよう」などと大きな目標を立てることはお勧めしません。まずはITインフラ整備やデータ活用などによる業務改善から始めて、組織や社内文化をテクノロジーとの親和性が高いものにしていくことが先決だと思います。
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更新:12月10日 00:05