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有名企業が掲げる“パーパス経営”に消極的な社員を変えたマネジャーの一言

2023年02月15日 公開
2023年03月24日 更新

名和高司(一橋大学ビジネススクール客員教授)

 

強いパーパスが仕事の原動力になる

さて、パーパスワンオンワンを行なうことで、誰もが必然的に自分のキャリアを真剣に考えるようになる。そして、もし自分の本当にやりたいことがこの会社で実現できないとなったら、当然、その先には転職という選択肢が生まれる。

その意味でこのパーパスワンオンワンは危険でもある。会社によっては「あくまで社内での話で」という制限のもとでワンオンワンを行なうところもある。

しかし、SOMPOホールディングスはそうした制約を設けていない。実はそこには、社長(現会長)である櫻田謙悟氏の強い思いがある。

櫻田氏はパーパスワークショップのグループセッションの際、「自分の目的のためにSOMPOホールディングスというブランドを思いっきり使い倒してほしい」「逆に言えば、SOMPOホールディングスに使われてはダメだ」とおっしゃっていた。

これを社長が言うのか、という話なのだが、櫻田氏自身もずっとそうしてきたのだという。自分の強いパーパスこそが仕事の何よりの原動力になるということを、自らの経験を踏まえて実感しているからに他ならないだろう。

 

上司の役割は「環境作り」

さて、こうしたパーパスワンオンワンを実践するには、上司のトレーニングが何より重要となる。一方的に話す人もダメだし、一方的に話を聞く人もダメ。

適切な質問を挟みながら相手の話を聞く技術が求められる。いわば「コーチ」の役割だ。

ここでご紹介したいのが、コーチングの「GROWモデル」だ。相手の思いを引き出し、その実現へのサポートを行なうにあたって極めて重要な考え方だ。

まず、相手のG(Goal)、つまり「あなたが実現したいこと」を聞くわけだが、これはパーパスと同じだと考えていい。そして次にR(Reality)を確認する。

その実現したいことがあまりに現実離れした夢物語になっていないかのチェックを行なうのだ。

そのうえでO(Options)を確認。ゴールを達成するための道は単線的なものとは限らず、他に選択肢がないかを考えてもらう。

そして最後にW(Will、意志)を確認する。「じゃあ、どうするの?」と相手の背中を押すのだ。

私はよく「善意の水を浴びせる」という言い方をする。SOMPOホールディングスでこのモデルを使っているかはわからないが、私はこのリズムがとても大事だと思っている。

このGROWモデルはグーグルでも使われていることでよく知られている。少々余談になるが、今のグーグルでマネジャーになれるのは現場で実績を上げた人ではなく、こうしたコーチ役を果たせる人なのだそうだ。

というのも、生き馬の目を抜くIT業界では、最前線で活躍していた人も5年も経てば時代についていけなくなってしまう。

そんな人がマネジャーとして意思決定すると大きな間違いをしかねず、むしろ、最前線の人をコーチとして支えてもらうほうがいい、という発想なのだ。

日本ではむしろ逆で、過去の経験がある人が現在の意思決定をすべき、と考える企業が多い。

変化が乏しい業界ならそれも可能かもしれないが、日本でもゲーム業界のようなクリエイティブな世界では、グーグルのような発想が広がっている。

世の中でクリエイティビティが求められれば求められるほど、上司の役割は意思決定から環境作りになっていくだろう。

 

社員が主人公になるような会社に

話を戻そう。SOMPOホールディングスのパーパスは極めて面白い。それは「安心・安全・健康のテーマパーク」。

損害保険というのは本来、事故に遭ったりケガをしたり、あるいは亡くなったりといった場面で必要とされるもの。顧客にとってはある意味、損保会社の社員は「会いたくない」存在である。ただ、櫻田氏はそれではあまりにも残念すぎると考えた。

むしろ、安全・健康であればあるほど祝福するようなサービスを展開する会社にしたい、というのが彼の思いであり、それを体現したのがこのパーパスである。

ただ、いきなり「テーマパーク」と言われてもピンとこない。だからこそワークショップやワンオンワンが必要となるのだが、それに加えてSOMPOホールディングスはユニークな施策を展開した。

それが「SOMPO伝」だ。これはSOMPOホールディングスに実際に務める人のエピソードをまとめたもので、彼らが日々、どのような志を持って仕事をしているかが描かれている。

新聞の一面広告としても複数回にわたって掲載され、サイトには100名の社員の話が掲載されている。その中には若き日の櫻田氏のエピソードも載っている。

この「SOMPO伝」は、社外の顧客に向けた仕事への取り組みを示すものであるとともに、社内へのパーパス浸透に大きな役割を果たした。

同僚たちの等身大のエピソードを知ることで、「なるほど、パーパスを自分の仕事に活かすとはこういうことか」「これなら自分にもできそうだ」と思ってもらうことができたからだ。

SOMPOホールディングスではパーパス浸透のための様々な取り組みを行なっているが、私はこれが一番インパクトがあったと確信している。

多くの企業でもぜひ、社員がヒーロー・ヒロインになるような取り組みをしていただきたい。

【名和高司(なわ・たかし)】
1980年、東京大学法学部卒業、三菱商事入社。90年ハーバード・ビジネススクールにてMBA取得(ベーカー・スカラー)。その後、約20年間、マッキンゼーのディレクターとしてコンサルティングに従事。2011〜16年、ボストンコンサルティンググループのシニアアドバイザー。14年より30社近くの次世代リーダーを交えたCSVフォーラムを主宰。10年より一橋大学大学院国際企業戦略研究科特任教授、18年より現職。多くの著名企業の社外取締役やシニアアドバイザーを兼務。

 

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