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4トンもの卵があっという間に…「顧客リスト」という最強の資産

2021年02月27日 公開
2023年02月21日 更新

小阪裕司(オラクルひと・しくみ研究所代表)

小阪裕司

コロナ禍の影響により苦しい状況に陥っている飲食業や小売店。そんな中でも売上を維持、あるいは伸ばし続けている店もあるという。マーケティングのプロである小阪裕司氏によれば、彼らに共通するのが「顧客リストの存在」だという。いったい、どういうことなのか。詳しい話をうかがった。

※本稿は、小阪裕司著『「顧客消滅」時代のマーケティング』(PHPビジネス新書)の内容を抜粋・編集したものです。

 

4トンもの余った卵があっという間に

2020年4月、そして2021年1月に再び発出された緊急事態宣言。多くの店や会社が売上を落とす中、緊急事態宣言下であるにもかかわらず売上を維持、あるいはさらに伸ばしている店や企業がある。その明暗を分けたのが「顧客リストの存在」だ。

コロナ禍によって顧客が「消滅」し、店舗すら開けられない状態になった。多くの店が手も足も出ない状況になった。しかし、顧客リストさえあれば、手や足を出すことができた。

こういう例がある。神奈川県で養鶏業を営むある会社の事例だ。同社の顧客は、主に業務用で同社の卵を使用する飲食店と卸先のスーパー、そして直売所と通販を通じての一般消費者だ。

日本でもコロナが拡大しつつあった2020年2月半ば以降、飲食店からの注文が一気に減っていった。一方、例年なら3月から4月にかけては需要が旺盛な時期、生産量のほうは多くしていた。結果、あれよあれよと卵は余り、4トンもの卵が余ってしまった。

しかもモノは卵である。一刻も早くなんとかしなければならない。そんな同社を救ったのは、顧客リストの存在だ。業務用の利用先である飲食店には、どうお願いしても買ってもらえない。かといって、卸先のスーパーが急に大量の発注をくれるわけでもない。しかし、一般消費者はどうか。

そこで、これまで地道に増やし、関係性を深めてきた顧客リストの方々へ向け、ダイレクトメールを出し、そこでこう呼びかけた。

「緊急事態、助けてください!」

そうしたところ、顧客は一気に動いた。結果、4トンもの卵がみるみる完売。むしろ足りなくなってしまい、やり繰りに苦労するほどだった。ちなみにこの件以降、同社直売所の売上は順調に伸び、2020年3月以降の売上は前年比136%だったとのことだ。

もちろん、「助けてください」とDMを打つ手は何度も使えない。しかし、当面の危機は乗り切れたし、このような緊急事態下において、まずは当面の危機を乗り切ることが重要だ。

 

「顧客リスト」は企業にとって「打ち出の小づち」

宮城県にて住宅リフォーム・リノベーションを手がける企業の事例も紹介したい。同社では、メーカーのショールームイベントとして、リフォームと補助金活用に関するセミナーを行ってきた。目的は新規受注だ。

告知は地元新聞の記事広告。このやり方でこれまで500回近く開催し、2400名以上の方々に参加してもらってきた。ところがコロナ禍で状況は一変した。メーカーのショールームが軒並み使えなくなってしまったのだ。それではと会場を自社に変更してみたが、それまでのようには人が集まらない。

そこで考えた。やみくもにメディアを使って広告を打っても効果は薄いし、そもそも時勢的に、大勢集めることもできない。ならば、自社の顧客リストを使って、細やかなアプローチをしてはどうか。

そこでまずは試しに、普段からよく注文や紹介をくださる顧客のリストから100人と、過去にセミナーへは参加したがまだ受注には至っていないお客さんのリスト100人をランダムに抜き出し、DMを送ってみた。

そうしたところ、早速この200人の中から1件が成約。300万円の受注となった。この結果を踏まえ、さらに200件抽出しDMを送ってみると、またまた3件の成約に。総計1200万円の売上が生み出された。

同社の担当者は言う。「リストが打ち出の小づちのように見えてきました」。そう、顧客リストは打ち出の小づち、企業にとって最も大切な資産なのだ。

企業にはいくつもの「資産」がある。店舗や工場、人材、技術やノウハウがその代表だが、現在のような大きな変動期には、いつその資産が陳腐化してしまわないとも限らない。だが、顧客リストだけは、このような時代にも価値を失わない、企業にとって最強の「資産」なのである。

そして重要なのは、顧客リスト、つまり「顧客へのアプローチ手段」を持っていれば、顧客が消滅するという危機が起きても「何らかの手が打てる」ということだ。

もちろん、顧客リストをゼロから作り上げるには時間がかかるし、今までほとんど交流のなかった顧客に対してアプローチをしたところで、すぐに成果は出ないだろう。顧客リストを作成したうえで、定期的に情報を提供するなどの活動で、顧客を「温める」ことが不可欠だ。

こうした活動を続ける中で、その顧客リストは「生きた顧客リスト」になっていく。目の前の危機になすすべなく流されるか、成功するかはともかく、自分のビジネスを守るための何らかの手を打つことができるか。その差は非常に大きい。

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