2019年12月25日 公開
2023年10月24日 更新
楠木 僕の世界ですと、大学院に入ったときに、いくつか必ずやらなきゃいけない基礎訓練みたいなのがあって。例えば、経済数学ですね。そんなに得意でもない、好きでもないんですけど。それをやらないと話にならないっていうので、わかりました、やりましょうと。非常にやさしい問題から高度なものまで順番に出てくるわけです。そうしたら最初のほうに、「ラグランジュ未定乗数法」っていうのが出てきて、ある種の数学のスキルですね。なるほど、確かにやればできる。でも、だんだんハードルが上がっていって、「クーン・タッカー方程式」というのが出てくる。ここで僕、挫折したんですよ。
ところがね、僕の先輩に、もう「クーン・タッカー方程式」どころか、ものすごい確率微分方程式とか、難しくなっていく問題をいとも容易に解いちゃうものすごい人がいて。別の人種かなと思うぐらい尊敬してたんですよ。「こんなすごい人に生まれたら、人生変わっただろうな」なんて本気で思ってました。けれども、今その方ですね、ただのオッサンになってます。数学が凄くできる、ただしフツーのおっさんですね
伊藤 なるほどね。
楠木 正確に言うと、ただの、ものすごく、数学ができる、オッサン、になっています。つまり、若い頃は1つのことができるとすごく大きい存在に見えちゃいますけど歳取ったら大差ないです。しょせん人間チョボチョボなんで。
――でも、僕は今20代なんで、なんか武器がほしいなっていうのが本音です。
楠木 もちろんそれはいいことだと思いますよ。武器があるには越したことがないと思います。でも、その武器が過大に見えるっていうのは、ちょっと気にしといたほうがいいんじゃないかなと思います。
伊藤 ということに気づかれたのって、いくつぐらいのことですか?
楠木 それもまた事後性が高いもので。たまたまその人と歳取ってから会って話して、普通のオッサンだなと気づきました。「おまえもな」っていう話なんですけど。
――若い人がその「事後性のバイアス」が大事って言われてもわからないと思うんですよ。
楠木 そうです、それが事後性ですから。
――じゃあ、そのバイアスをどう突破したらいいのかなって。
楠木 一番低コストで高パフォーマンスなのは読書じゃないですか。本は、ある経験を積み上げた人が、わざわざ人に伝える価値があると思う情報を体系化しているわけですよね。ですから、読書は、間接的に他人の事後性を疑似体験できるわけです。本を読むことが人間の知的修練の方法になっているのは、そういう理由だと思うんです。
伊藤 昨日20代の部下に、「モヤモヤしてるんですけど、どうしたらいいですか」って、まさに相談されて。答えは2つあると。1つは読書、もう1つは迷ったら手を挙げろって言ってね、何でもやってみなさいと。
楠木 いいですよね。
伊藤 うん。やって、読書して、振り返って、気づいて、やって、読書して、振り返ってっていう繰り返しを積み重ねると、最強だぜ、と。それを習慣にする。とにかく毎日やれと。そして、毎日通勤の時間は読書しなさいってアドバイスしました。
楠木 なるほど、そういうのいいですよね。しかも、今の伊藤さんのお話をうかがっていて思うのは、迷ったときに手を挙げろ、まったくそのとおり。「手を挙げたら、即座にいいことが起きるよ」とかじゃなくて、手を挙げてやってみると、「つくづくこれは向いてないな」っていうことがわかるという意味でも、やっぱり色々やってみたほうがいいわけですよね。
伊藤 できないか、できるかは、やってみないとわからないですからね。
楠木 できないっていうことの学習が、非常に価値があるんですね。こういうのは自分はダメなんだなとか、向いてないんだなっていう。しかもそれ、一歩引いてみると大したことじゃない。でも、やっぱり若い頃は傷つきやすいですよね。でも、歳を取っていくと「それがどうした」って図太くなる。
次回は12月26日に更新です。
更新:11月22日 00:05