2019年12月05日 公開
「流行っているから売れるはず」という安易な発想で、撮影されることになった意識の低い「壁ドン映画」。その助監督で、名前だけは巨匠の黒沢明(三浦貴大)が本作の主人公だ。パワハラ、モラハラ、24時間労働が当たり前の過酷な現場で、「監督になる」という夢が彼の唯一の希望である。しかし、その夢が脆くも砕かれたとき、温めていた脚本「ゴーストマスター」に怨念が宿る! 弱い者たちが踏みにじられる哀しみをコミカルに描いた本作の監督、ヤング ポール氏に作品の見所をうかがった。
取材構成 野牧 峻
――のっけから、黒沢明助監督がすごい扱いをされていてビックリしました。助監督は、あんなに理不尽な扱いを受けるんですか?
ヤング ポール 理不尽なことが多いか少ないかで言えば、圧倒的に多いですね(笑)。無茶なスケジュール調整やギャラの未払い問題など、映画業界に携わっている人ならリアリティ満載なはずです。
これは、由々しき事態です。今、様々な業界で働き方改革が実施されていますが、映画業界はどうか。少しずつ職場改善は進んでいますが、そのスピードが遅いように感じます。映画が好きだから労働環境が悪くても仕方がなく働き続けるという人が多いからです。
――一種の「やりがい搾取」では?
ヤング ポール そう、好きだからこそ続けられるというのが問題です。職業選択の一つとして映画業界へやってくると、その過酷さ故に即業界から離れていきます。事実、映画業界は慢性的に助監督不足。これは、映画業界に入ってくる人材を確保できていない証拠です。
僕自身、映画業界に入ったときに違和感がありました。勝手に出てきた若い芽に群がって、枯れるも育つもその人次第。業界全体で人を育てようという動きがないんです。
一昔前なら、仕事が大変でも先輩が飯を食わせてくれたり、面倒をみてくれる文化がありました。縦のつながりが強かったからこそ頑張れたんです。でも、予算が減ってみんな生活が厳しい。すると、下にかまっている余裕などありません。縦のつながりが消えて、全部自己責任になりつつあります。そのため、若手が「この業界に未来はあるのか、この仕事に先はあるのか」と不安に感じて辞めていってしまうのです。
でも、これは映画業界に限らず日本全体の問題で、どの業界や職場でも起きているのではないでしょうか? この意識が、今回の映画を作るきっかけになっています。黒沢と自分は必ずしも同じ人間ではありませんが、僕自身仕事でツラい思いをしたこともあるので、彼にある程度僕自身の考えを投影しています。
とはいえ、それだけでは見ていてツラい映画になってしまうので、ユーモアは必要だと思いました。そこで、ホラーコメディで行こうと思ったわけです。
――黒沢の純粋な映画愛が怨念に変わる瞬間、見事でした。
ヤング ポール 愛しさ余って憎さ百倍ってやつです。僕は、今回の映画の企画書で「狂っているから映画をやるのか、映画をやるから狂うのか」と書きました。実際に、この業界には映画に真剣に向き合いすぎて変なことを言い出したり、過酷な環境でブッとんだ行動をする人がいます。映画愛が強すぎて憎しみに転じた人もいます。ただ、これだけの熱量があるからこそ、スゴイ作品が生まれるのも事実です。
――私は、黒沢の「NGだらけの人生だったよ!」と熱く叫ぶセリフが心に残りました。ちなみに、ラストのシーンは監督ご自身の映画業界に対するメッセージでしょうか?
ヤング ポール 最後に関しては、観た人によって感じ方の違うラストにしました。愛情の籠ったある種のハッピーエンドだと解釈する人もいれば、バッドエンドで割り切れないよねといった様々な意見もあるはず。観客自身が置かれている状況によって見方が変わるはずです。
まぁ、映画業界にしても自分自身にしても、変わらなければならないし、変えていかなければならない。このままボンヤリ仕事を続けて、疲弊して死んでいくのはイヤだ。そうした状況への僕なりのメッセージではありますね。
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更新:11月25日 00:05