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松坂桃李主演映画『居眠り磐音』の本木克英監督に聞く「今、本格時代劇エンターテインメントを撮ることの意味」

2019年05月19日 公開
2023年03月02日 更新

本木克英(映画監督)


©2019映画「居眠り磐音」製作委員会

 

 江戸勤番を終え、九州・豊後関前藩に3年ぶりに戻った坂崎磐音(松坂桃李)は、ある哀しい事件により二人の幼馴染を失い、祝言を間近に控えた許嫁の奈緒(芳根京子)を残して脱藩。すべてを失い、浪人の身となって江戸での長屋暮らしを始めた磐音は、大家である金兵衛(中村梅雀)の紹介で、昼間はうなぎ屋、夜は両替屋・今津屋の用心棒として働き始める。次第に周囲から信頼されるようになり、金兵衛の娘・おこん(木村文乃)からも好意を持たれるようになるが、陰謀に巻き込まれ、磐音は悪に立ち向かう――。
『超高速!参勤交代』(2014)などのヒット作を生み出してきた本木克英監督の最新作は、本格時代劇エンターテインメントだ。作品に込めた想いを聞いた。

 

 ――佐伯泰英さんによる原作小説は長く続く大人気シリーズです。初めて読んだときの印象はどうでしたか?

本木 人気が高いだけあって、とても娯楽性の高い時代小説だと思いました。剣豪物や捕物帖の楽しみが満載されているし、まず、読み心地が良いですね。それを映画でも表現したいと考えました。

 それから、主人公の坂崎磐音が現代に合う役柄だとも思いました。穏やかな性格で、思いやりがあり、達人でありながら人は斬りたくない。しかし、止むに止まれず刀を抜くととても強い。

 ――磐音が現代的な人物だということは、演じた松坂桃李さんにお話しされましたか?

本木 脚本を読んで松坂さんも同じように解釈していたので、私からさらに突っ込んで話すことはしませんでした。迷いがなかったので、あとは現場で見て判断しようと。

『居眠り磐音』は、磐音を主人公に据えながらも、群像劇とも言える作品なのですが、撮影前に一人ひとりの造形を細かく指定することはしませんでした。私はいつもそうなのですが、信頼できて自発的に考えられる役者にはある程度任せます。もちろん事前にコンテをイメージしたうえで、現場で私が思いもしなかった表現を役者がしてくれるときがあります。その驚きを大事にしたい。その感性やセンスを活かしながら作るほうが良い作品ができると、経験から思います。

 ――原作の読み心地の良さの表現としては、どういうことを意識したのでしょう?

本木 テンポの良さと、登場人物の色分けを大切にしました。群像劇なので次々に多くの人物が登場するのですが、場面設定や役者の表情、言葉などから、端的にそれぞれの人となりが伝わることを意識しました。映画は「省略の芸術」でもありますから。

 ――以前に監督された『超高速!参勤交代』とは、同じ時代劇でありながら、作風がまったく違います。

本木 若い人の中には時代劇だというだけで敬遠してしまう人もいますから、できるだけ敷居を低くし、気軽に楽しめる時代劇コメディもあることを示したのが『超高速!参勤交代』なんです。それに対して『居眠り磐音』は、本来の伝統的な時代劇を若い人たちにも観てほしいと思って作りました。

 私は約30年前に松竹に入社して、大船や京都の撮影所で学んだのですが、そこでは時代劇独特の技術が継承されていました。美術はもちろん、日本家屋の中の薄暗さを表現するライティングの方法や狭いセットを広く見せる方法、セットでの撮影をロケーションのように見せて、逆にロケーションをセットのように見せることで全体の統一感を出す方法などの職人の技術が生きていました。他にも、着付けや所作などを自分一人でできる時代劇俳優が身につけている技術もあります。『居眠り磐音』が、そうした技術を若い世代が受け継ぐ機会の一つになれば、という想いもありました。テレビドラマでは、今は時代劇の製作本数が少なくなっていますから。

 ――所作は、時代劇の経験が少ない若い役者には難しいでしょうね。

本木 慣れていない役者には、2カ月間、浴衣でもいいので、自宅では和服で過ごしてもらって、裾が乱れない立ち居振る舞いなどを練習してもらいました。ベテランの役者の方々にも出演していただいたので、現場で役者同士でも教えあってもらえれば、とも思っていました。

 ――殺陣も見所だと思います。『超高速!参勤交代』の派手なものとは違う、一対一の真剣勝負が描かれていますね。

本木 刀というものは、持ってみるとすごく重いんです。それで命を奪うという重さもある。何を想って刀を抜き、相手と向き合うのか。斬りかかるのか、受けるのか、すべての動作に意味を持たせました。

 ――松坂さんの殺陣はどうでしたか?

本木 安心して見ていられましたね。デビュー作が『侍戦隊シンケンジャー』(2009~10放送/テレビ朝日系)ということもあって、アクションの経験が豊富ですから。本人は左利きなのに、時代劇では原則である右利きによく対応し、見事でした。

 ――磐音は独特の「居眠り剣法」を使います。

本木 原作に則していることはもちろん、現代に相応しいものを、殺陣師の諸鍛治(裕太)さんと松坂さんと話し合って考えました。時代劇の剣法というと『眠狂四郎』の円月殺法のように舞踊的なものが多いのですが、居眠り剣法では刀をダランと下に向けて、視線も落とし、先手の戦意を消します。

 ――『超高速!参勤交代』に出演された佐々木蔵之介さんや陣内孝則さんも、『居眠り磐音』に出演されていますね。

本木 ありがたいことに、佐々木さんも陣内さんも、私が映画を監督するという話を耳にすると、駆けつけてくれるんですよ。

 ――その他に、『居眠り磐音』でこだわった点は?

本木 ラブストーリーがブレないようにしました。剣劇や長屋もの、捕物帖など、多くの娯楽的要素が多く盛り込まれていますが、原作を読んで、物語の軸になっているのは悲恋のドラマだと感じたので。

 ――佐伯さんと、そういったお話をされたのですか?

本木 佐伯先生とは京都の撮影現場に陣中見舞いに来られたときに初めてお会いしました。「小説と映画は違うので自由に料理してください」と、プロデューサーから伝聞していました。完成後は様々な機会で3回も観ていただいたので、気に入っていただけたのかなと思います。

 ――最後に、改めて読者にメッセージをお願いいたします。

本木 幅広い世代の方に観ていただきたいと思います。特に、映画館で時代劇を見たことのない若い方たちに観ていただきたい。思春期に観た映画の記憶はずっと残りますから。私も、黒澤明監督作品をはじめ、小林正樹監督の『切腹』(1962)、助監督についたことがある木下惠介監督の『笛吹川』(60)など、数多くの良い時代劇を観た記憶が今も強く残っています。

 時代劇ではしばしば悲劇的な運命が描かれますが、人間は悲劇から逃れられない存在なのだと思います。そこから立ち直ることはできなくても、再び立ち上がることはできる。磐音はどう立ち上がるのか、ぜひ映画館で観てください。

 

『居眠り磐音』
5月17日(金)全国ロードショー

原作:佐伯泰英『居眠り磐音 決定版』(文春文庫刊)
監督:本木克英
配給:松竹
出演:松坂桃李 木村文乃 芳根京子 柄本佑 杉野遥亮 佐々木蔵之介 奥田瑛二 谷原章介 中村梅雀 柄本明 他

 

著者紹介

本木克英(もとき・かつひで)

映画監督

1963年、富山県出身。早稲田大学政治経済学部卒業後、松竹〔株〕に助監督入社。森﨑東、木下惠介、勅使河原宏など監督に師事し、米国留学、プロデューサーを経て、98年、『てなもんや商社』で監督デビュー。第18回藤本賞新人賞を受賞。主な作品は『釣りバカ日誌』シリーズ11~13(2000~02)、『ゲゲゲの鬼太郎』(07)、『犬と私の10の約束』(08)、『鴨川ホルモー』(09)、『おかえり、はやぶさ』(12)、『すべては君に逢えたから』(13)など。『超高速!参勤交代』(14)でブルーリボン賞作品賞、日本アカデミー賞優秀監督賞など受賞。昨年公開された『空飛ぶタイヤ』(18)で第42回日本アカデミー賞優秀監督賞受賞。

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