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1人の「妄想」から始まる「ビジョン思考」こそが、これから企業を勝たせる

2019年06月21日 公開
2023年03月02日 更新

佐宗邦威(BIOTOPE CEO)

 

イノベーションは目的ではなく「結果」

 よく、「イノベーションを起こすためには?」という議論がされますが、イノベーションを起こすことは目的ではありません。なんでも変えていけばいいというものでもありません。

 イノベーションは、ビジョンが実現したことによる結果に過ぎないのです。一人の妄想が共感を生み、形になったとき、それがこれまでになかったものだから、イノベーションと呼ばれるだけです。

 私がソニーで、当時の平井一夫社長のもと、新規事業創出プログラムを立ち上げたとき、社内から数多くの手が挙がりました。それは、妄想、つまり、「やりたいこと」を募集したからです。「新規事業のプラン」を募集しても、それほどの数は集まらなかったでしょう。

「社員からやりたいことを募集しても、うちではソニーのように手が挙がらない」という声も聞くのですが、実際には、やりたいことがないビジネスパーソンばかりではないと思います。やりたいことがあっても、妄想を許さない空気を読んで、言い出すことができないのでしょう。

 日本人は、集団でやることは得意です。ですから、集団で行なうデザイン思考やカイゼン思考は取り入れやすい。しかし、一人で妄想する人材を活かすのは苦手です。企業の中にいる、やりたいことがある人は、退社して独立するか、企業の中に留まって同調圧力に潰されるかの、どちらかになるケースが多い。

 大きな企業だからこそできることも多いので、「やりたいことがあれば、独立してやればいい」という考え方が正しいとは、私は思いません。そういう人が企業の中に留まって活かされるよう、マネジメント側が意識を変えるとともに、社内で「自分たちが提供する価値とは何か」を活発に議論することが必要だと思います。

 

会議室を飛び出して世の中の流れを感じよう

 ここまで、ビジョン思考が必要とされる理由や、ビジョン思考は妄想から始まることなどを述べてきましたが、ここからは、ビジョン思考を鍛えるための方法についてお話ししましょう。

 著書『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』(ダイヤモンド社)では様々な方法を紹介していますが、一番のポイントは、「全身で感じて、絵にして考えて、名前をつける」というプロセスを日常的に行なうことです。

 例えば、新しい商品のコンセプトを考えるとき、いきなり会議室に入ってはいけません。まずは街に出て、人々の表情やショーウインドウ、広告などを見て、世の中で起こっていることを、言葉にせずに、感じてください。

 そして、気になったものを絵にする。といっても、絵を描くのは大変なので、写真を撮ってください。感じたことをビジュアル化するのです。

 最後に、ビジュアル化したものに、言葉で名前をつけます。このとき、自分の感覚を表現できる造語で名前をつけてください。

「JK」という造語は、「女子高生」と意味は同じでも、そこで表現されている感覚が違うでしょう。「リンクコーデ」も、「ペアルック」と似た意味ですが、「お互いがつながっている」という感覚を表現できています。

 このように、同じものであっても、造語で表現することで、違うものに見えてきます。これを繰り返すことで、自分自身の感覚の回路が開けてきます。

 この自分の主観的な感覚が妄想を生み、ビジョンになるのです。

 通常、ビジネスは言語によって行なわれます。言語は論理的なので、言語だけを交わしていては、直感から得られる新しい視点が生まれません。それに、他人の言語に反応するだけですから、自分の主観的な感覚も入り込めません。

 そこで、自分の全身で世の中を感じる時間をあえて取って、しかも、感じたことをいきなり言語化せず、ビジュアル化する習慣を持つことが重要になるわけです。

 インスタグラムのように、撮った写真に、どんなハッシュタグをつけるかを考えてみるのもいいでしょう。そのときも、既存の言葉ではなく、自分なりの新しい言葉を考えてください。

 

スマホの画面を見ても新しいアイデアは出ない

 街歩きは、世の中を感じるだめに重要であるにもかかわらず、街を歩いている人たちは、皆、スマートフォンの画面を見ています。そこに映るのは、自分が読みたいもの、見たいものだけです。自分の考えの再生産ばかりをしているわけです。それでは、新しいアイデアは生まれません。

 情報を処理するだけなら、AIが発達すれば、人間は負けてしまいます。人間が人間らしく生き残っていくためには、感覚もイメージも言語も、すべてを使って、アイデアを生み出していかなくてはなりません。アイデアが生まれるのは、脳の中の様々な役割を担っている部位がつながったときです。

 それに、人間は「ないもの」を求めるので、AIが出してくる「正解」だけでは満足できないはずです。「ないもの」とは、不可解で理解できないもの。つまり、妄想です。

 AIには妄想はできません。妄想のようなアート作品は作れたとしても、それに人間は絶対に感情移入できないでしょう。人間の妄想だからこそ、感情移入できるのです。

 個人の妄想の価値は、AI時代になると、さらに高まるに違いありません。

 

《『THE21』2019年6月号より》

著者紹介

佐宗邦威(さそう・くにたけ)

〔株〕BIOTOPE代表取締役CEO/チーフ・ストラテジック・デザイナー

大学院大学至善館准教授。京都造形芸術大学創造学習センター客員教授。東京大学法学部卒業、イリノイ工科大学デザイン研究科(Master of Design Methods)修了。プロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン〔株〕(P&Gジャパン)マーケティング部で『ファブリーズ』『レノア』などのヒット商品を担当後、『ジレット』のブランドマネージャーを務める。その後、ソニー〔株〕に入社。同クリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラム立ち上げなどに携わる。ソニー退社後、戦略デザインプラットフォーム「BIOTOPE」を起業。著書に『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』(クロスメディア・パブリッシング)、『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』(ダイヤモンド社)がある。

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