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100年先を読んだ「美しい経済人」大原總一郎とは?

2019年05月07日 公開

伊藤正明(クラレ代表取締役社長)×江上剛(作家)

我々は幸せになるために働いている

江上 企業ステートメントにまとめた總一郎の言葉のなかで、伊藤社長が強く意識している言葉は、他にもありますか。

伊藤 私たちの信条にある、「安全はすべての礎(いしずえ)」は、非常に強く意識しています。
總一郎は、社長をしていたときに、「我々は幸せになるために働いているんだ。だから、会社で働いたことで、病気になったりケガをしたりと不幸になるようなことはあってはいけないんだ」ということを何度も言っているんですね。私も、社長になる前から、その言葉に強く影響を受け、実際に行動に移してきました。

江上 たとえば、どのようなことを?

伊藤 私は、2007年からビニロンの生産部長をしていたのですが、当時、ビニロンの生産現場では毎年のようにケガ人が出ていたんですよ。というのは、ビニロンは製造の過程で素材が機械のローラーに巻きつくことがあるのですが、いちいち機械を止めて巻き付くのを直すと、大きなロスになります。だから、機械を動かしながら取ろうとするのですが、それでローラーに接触してケガをする事故が起こっていました。
そこで、私の任期の間に、このようなケガをゼロにしようと決意しました。

江上 ただ、現場の人は使命感もプライドもありますから、簡単にはいかなかったのでは?

伊藤 ええ。私は、他の部署から来た人間なので、頭ごなしに言っても「あなたに何が分かるのか」となるだけです。現場の社員たちは、生産効率が下がるので、機械を止めたくない。ベテランの職人さんからは「問題なく取れるので、機械を止める必要はない」と言われました。
しかし、これによって不幸な社員を生み出すことはしたくなかったので、諦めなかった。「効率が下がってもいいから、やめよう」と根気よく話を進め、2年かけてようやく納得してもらいました。

 

これからの経営者に求められる「總一郎のバランス感覚」

江上 近年、日本のメーカーの品質偽装が相次ぎましたが、その背景にあるのは生産効率を下げたくないという思い。要は、数字でしか判断しない経営者やマネジャーが多いからですが、伊藤社長の行動は、それとは真逆ですね。

伊藤 会社は儲かっているけど、社員が幸せだと思えない会社は、やはりダメだと思うんですよ。私は、社員一人ひとりがよりよく生きられるような会社をつくりたい。こうした考えに至ったのも、總一郎や孫三郎に学んだからだと思っています。

江上 日本全体を良くすることを考えながら、社員一人ひとりのことも大切にする。總一郎のようなバランス感覚のある経営者が、これからの日本には求められているのではないでしょうか。

著者紹介

伊藤正明(いとう・まさあき)

株式会社クラレ 代表取締役社長

1957年、兵庫県出身。大阪大学の基礎工学部を卒業後、クラレに入社。2002年、中国法人の総経理。04年、子会社のクラレトレーディングの経営企画部長。10年、クラレ化学品カンパニーメタアクリル事業部長。12年、執行役員。14年、常務執行役員(経営企画本部、CSR本部担当)。同年、取締役に就任。15年1月、代表取締役社長となる。

江上 剛(えがみ・ごう)

作家

1954年兵庫県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。77年第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。人事、広報等を経て、築地支店長時代の2002年に『非情銀行』で作家デビュー。03年に同行を退職し、執筆生活に入る。
主な著書に、『会社人生 五十路の壁』『ラストチャンス 再生請負人』『庶務行員 多加賀主水が許さない』『我、弁明せず』『成り上がり』『怪物商人』『翼、ふたたび』『クロカネの道』『奇跡の改革』『住友を破壊した男』『百年先が見えた男』などがある。

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