文芸作家というと夜型の人が多そう、というイメージがあるが、リアルな経済小説で知られる江上剛氏は朝型だ。デビュー作の『非情銀行』は、銀行に勤めながら、朝4時に起きて出勤前に書いていたという。
今も朝型の執筆生活を続けている江上氏に、朝型であり続ける理由や、朝の時間をどのように有効活用しているのかについてうかがった。(取材・構成=村上敬、写真撮影=まるやゆういち)
※本稿は、『THE21』2016年12月号特集「今より1時間早く仕事が終わる働き方」を一部編集したものです。
周りが寝静まった夜中に原稿を書く作家は少なくない。しかし、元銀行員の人気作家・江上剛氏は完全なる朝型人間。毎朝四時に起床して原稿を書き始めるという。
「起きたらまずコーヒーか熱いお茶を飲んで、すぐに執筆です。朝4時だと外はまだ暗いですが、原稿を書いていると日が昇って少しずつ明るくなっていく。そうやって朝日を浴びながら書いたほうが、筆が弾みます。
逆に、夜は仕事に適していません。私は日中、さまざまな人と会って情報収集したり、テレビ番組に出てコメントを考えたりしているので、夜になると頭が熱くなっています。脳がそのような状態では、効率が悪い。ひと晩きちんと寝て、頭をリセットさせてすっきりしてからのほうが仕事は絶対に捗ります。
原稿を1時間から1時間半ほど書いたら、外に走りにいきます。56歳の頃、知人に誘われてマラソンを始めました。最初はサークルに参加して、月、水、土の朝5時に仲間と一緒に走っていましたのですが、今は一人で走っています。
走り始めてわかったのは、朝のジョギングは健康にいいだけでなく、仕事にもいい影響を与えるということ。無心で走っていると、頭の中はリラックスかつ集中力のある状態になっていきます。坐禅を組んでいるときに似ていると思うので、名づけて『走禅』です。
本物の禅僧にそのことを話したら笑われましたが、走禅の状態に入ると、発想が豊かになります。原稿に行き詰まって困っていたのに、走っている最中にいいアイデアが浮かんだという経験は一度や二度ではありません。
ジョギングから帰ってきたら、お風呂で汗を流してふたたび原稿執筆です。作家にもさまざまなタイプがいると思いますが、私にはこのリズムが合っているようです」
江上氏の早起き習慣は、今に始まった話ではない。幼少期から朝型だった。
「私は丹波の山奥の、鹿が飛び跳ねているような地域で生まれ育ちました。実家は商売をしていましたが、周りは農家が多くて朝が早い。物心ついたときには、自分も朝早く起きて活動する習慣が身についていました。受験勉強も、夜中ではなく早朝です。当時からなんとなく、何かやるなら朝のほうが効率的だということがわかっていたのでしょうね。
第一勧業銀行(現・みずほ銀行)に入行した後も、ずっと朝型でした。私だけでなく、銀行員はほとんどの人が朝型ではないでしょうか。
トップが朝型だから、役員も朝早く来るし、その部下たちも早く出社せざるを得ない風土があるのです。ある役員があまりに朝早く出社するので、一度、『部下が困っています。もう少しゆっくり出社してください』と頼んだことがあります。
その役員はしばらく喫茶店で時間を潰してから出社していましたが、結局、『喫茶店じゃ手持無沙汰だ』といって、再び朝早く出社していました。
そのような環境にいたので、私も朝は早かった。本部時代は朝八時に出社して、いきなり役員との打ち合わせです。説明資料を事前に準備する必要があるので、出社前に家でひと仕事していました。必然的に早起きになりますよね。
このようにもともと朝型の生活でしたが、小説を書き始めてから輪をかけて早起きするようになりました。私が作家としてデビューしたのは、ある編集者に小説を書くよう依頼され、月に100ページの原稿を書く約束を交わしたことがきっかけです。最初は週末に書けばいいと思っていましたが、土日は何かと用事があって時間を割くことができませんでした。
となると、さらに起きる時間を早くして、毎日数ページずつでもコツコツ書いていくしかない。朝4時に起きるようになったのは、その頃からの習慣です。
それに、これは今もそうなのですが、休日なら時間があるからたくさん書けるかというと、そうでもないのです。時間がたっぷりあると思うと、つい気を抜いてしまいがちです。日中に別の用事があったり、出かけなければならなかったりするので、朝は時間が限られています。そのために集中できるという側面もあると思います」
更新:11月22日 00:05