THE21 » キャリア » 100年先を読んだ「美しい経済人」大原總一郎とは?

100年先を読んだ「美しい経済人」大原總一郎とは?

2019年05月07日 公開

伊藤正明(クラレ代表取締役社長)×江上剛(作家)

高度成長期に「サステナビリティ」を意識

江上 總一郎は、他にも、良い言葉をたくさん残していますね。

伊藤 はい。總一郎や、その父である創業者の大原孫三郎の言葉は、これまで経営理念やスローガンなどで使われてきたのですが、2015年に整理して「企業ステートメント」としてまとめ直しました。
たとえば、「私たちの使命」では、「世のため人のため、他人のやれないことをやる」に加えて、「私たちは、独創性の高い技術で産業の新領域を開拓し、自然環境と生活環境の向上に寄与します」という言葉を掲げているのですが、これらはまさに總一郎の言葉を整理し直したものです。
私は、この企業ステートメントを自分の机の横に置いて、いつも見ているのですが、改めて、大事にしていかなければいけない言葉だと感じています。

江上 「自然環境と生活環境の向上」というのは、近年、SDGs(持続可能な開発目標)やESG投資(環境、社会、ガバナンス要素を考慮した投資)が注目されるようになってから、さまざまな企業で言われるようになりましたが、總一郎は、高度成長期の時点で「公害問題は企業が片付けるべきだ」と言っていましたね。そんなことを、公の場で述べた日本の経営者は、總一郎が初めてだったのではないかと思います。

伊藤 創業者の孫三郎も、足尾鉱毒事件の現場を自分で見に行っていましたから、總一郎もそういう話を聞いて、「企業が、公害を撒き散らしてはいかん」と強く思ったのでしょうね。
總一郎の残した言葉を読んでいて思うのは、よき企業人の前に、よき一般市民であろうとしていること。一市民として考えたときに、自分の周りの平穏で幸せな環境を壊すというのは、何よりもやってはいけない、と考えたのでしょう。

江上 總一郎は昔から、「企業の利益は、社会貢献の結果としての利益だ」ということも述べていました。一企業よりも、社会が良くなることを考えていたのでしょうね。

伊藤 先代の孫三郎は大原社会問題研究所を設立していましたし、總一郎自身も、日本フェビアン研究所の活動を通して、日本の行く末を考えていました。
先ほど、「總一郎は、百年先が見える経営者」という話が出ましたが、總一郎の語録や行動をたどってみると、百年後のクラレだけでなく、百年先の日本をつくりたいという、もっと大きな視点を持っていたのではないかと思います。

 

松下幸之助は彼を「美しい経済人」と評した

江上 国交が樹立されていない時期に、中国にビニロンのプラントを輸出しようとしたことも、クラレの繁栄のためだけではなかったそうですね。

伊藤 總一郎は、戦争に対して強い贖罪意識を持っていました。病気で戦地にいけなくなったこともあって、少しでも国に貢献しようと軍需工場を作ったわけですが、その結果、工場が爆撃され、犠牲者を出してしまった。そして戦争を通して、中国の人たちに塗炭の苦しみを味わわせてしまった、と。
だから、ビニロンプラントを輸出すれば、繊維不足で苦しむ中国の人々に、少しは償いになるのではないか、と考えたわけです。

江上 国交のない国にプラントを輸出するというのは、政治的な問題にまで発展する話ですからね。実際、国内外から反対があったわけで、一企業人の行動とは思えませんでした。

伊藤 總一郎には、ノブレス・オブリージュ(財産や地位のある人には社会的な責任と義務があるという考え方)があったのだと思います。だから、行動せずにはいられなかったのでしょう。

江上 松下幸之助は、總一郎が亡くなった後に、「非常に美しい経済人」「『日本人はこんなものだ』という見本に、僕は大原さんを持っていきたい感じがしますなあ」と語ったそうですが、それは、一企業の利益ではなく、社会全体の利益を考える總一郎の姿勢に感銘を受けたのでしょうね。

次のページ
我々は幸せになるために働いている >

著者紹介

伊藤正明(いとう・まさあき)

株式会社クラレ 代表取締役社長

1957年、兵庫県出身。大阪大学の基礎工学部を卒業後、クラレに入社。2002年、中国法人の総経理。04年、子会社のクラレトレーディングの経営企画部長。10年、クラレ化学品カンパニーメタアクリル事業部長。12年、執行役員。14年、常務執行役員(経営企画本部、CSR本部担当)。同年、取締役に就任。15年1月、代表取締役社長となる。

江上 剛(えがみ・ごう)

作家

1954年兵庫県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。77年第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。人事、広報等を経て、築地支店長時代の2002年に『非情銀行』で作家デビュー。03年に同行を退職し、執筆生活に入る。
主な著書に、『会社人生 五十路の壁』『ラストチャンス 再生請負人』『庶務行員 多加賀主水が許さない』『我、弁明せず』『成り上がり』『怪物商人』『翼、ふたたび』『クロカネの道』『奇跡の改革』『住友を破壊した男』『百年先が見えた男』などがある。

THE21 購入

2024年12月

THE21 2024年12月

発売日:2024年11月06日
価格(税込):780円

関連記事

編集部のおすすめ

人気作家が朝4時起きで執筆する理由とは?

江上剛(作家)

【特別対談】「フィルムメーカーが化粧品をつくる」という前代未聞のチャレンジ

古森重隆(富士フイルムホールディングス代表取締役会長・CEO)×江上剛(作家)

麺食「『喜多方ラーメン 坂内』がニューヨークに出店する理由とは」

【経営トップに聞く】中原誠(麺食社長)