2018年09月10日 公開
2023年03月14日 更新
ソフトバンク社長室長時代、孫社長のもとで数々のプロジェクトを手がけたことで知られる三木雄信氏。独立後は、自身の会社を経営しながら数多くの企業で社外取締役や顧問を務めてきたが、ここ最近、「助け合わない職場」が急増しているという。
チームプレーが売りだった日本企業で、「自分の仕事をいかに早く終わらせるか」ばかりに集中し、同僚や他の部門の仕事をフォローしない社員が増えているのはなぜか──。新刊『孫社長の締め切りをすべて守った 最速!「プロマネ」仕事術』が話題の三木氏に、その原因と対策を解説してもらった。
私は現在の働き方改革に違和感を覚えています。
「より短い時間で、より高い生産性を目指す」という方向性は間違っていません。
問題は、そのやり方です。多くの企業がやっていることは、はっきり言って現場への丸投げです。「生産性を30%アップしろ」「残業を50%削減しろ」などと目標だけ与えて、「実現する方法は自分たちで考えろ」と社員たちに押し付けている。これが現在の働き方改革です。
しかし、個人の努力には限界があります。
いくら個人がパソコンの入力作業を2倍のスピードでできるようになっても、そもそも与えられている業務量がその人のキャパシティの5倍だったら、何の解決にもなりません。
この場合なら、入力作業を担当する人数を増やすとか、業務の一部を外注に出すといった対応をしない限り、個人が限界まで努力しても目標の達成は不可能です。
つまり個人単位ではなく、組織単位でオペレーションを改善するのが、本当の意味での働き方改革であるはずです。
そして、それをやれるのは現場ではなく経営陣です。上の人間が変わらなければ、本当の働き方改革は実現しない。それが私の考えです。
私が確信を持ってそう言えるのは、過去に自分自身が同じような過ちをおかした苦い経験があるからです。
ソフトバンク時代にコールセンターの運営を任されていた私は、ある時、孫社長から大幅なコスト削減を命じられました。
コストを下げるには、オペレーターとお客様が会話するトークタイムを短くすることが必須です。そこで1件当たりのトークタイムの平均値を計測すると、8分30秒という数字が出ました。
そこで私は「この時間を短縮すればいいだろう」と安易に考え、現場のマネジャーたちに「トークタイムを1分短縮して、平均7分30秒以内に収めるように」と指示を出したのです。
ところが、これが大失敗でした。
なぜなら、指示を受けたオペレーターたちは目標時間内に話を終わらせようとして、ものすごい早口で話すようになったからです。なかには、7分30秒を超えると電話を切ってしまうオペレーターまで出てきました。
当然、顧客からは「話の途中で切られた」「早口で、何を言っているかわからない」といったクレームが殺到して、全体のコール数はかえって増えてしまいました。
「上の人間が現場の努力だけに頼って問題を解決しようとするとどうなるか」の悪いお手本みたいな話です。
ようやく自分の間違いに気づいた私は、組織全体のオペレーションの改善に着手しました。
個人の努力だけではどうにもならないのだから、この場合の解決策はただ一つ。「オペレーターが長く会話しなくてもいい体制を作ること」です。
まずはマニュアルを見直し、会話を長引かせる要素を排除しました。
それまでは、「住所」「氏名」「年齢」「性別」など多数の項目をいちいち相手に聞いて本人確認をしていたのですが、コンプライアンス部門に確認したところ、そのうちいくつかは不要とわかったので、項目から削除しました。
さらに、お客様のモデムの状況をコールセンターから遠隔で確認できるツールを導入し、質問しなくても相手のモデム状況を把握できるようにしました。
これは、会話が長引きやすいコールの内容を調査した結果、大半を占めていたのが「モデムの状況確認」だと判明したからです。お客様のモデムの状況を確認するには、「点滅しているランプはありますか」「何番目のランプですか」「赤ですか、緑ですか」などと多数の質問をしなくてはいけないため、やりとりに時間がかかっていました。
ツールの導入後はこの会話がすべて不要になり、トークタイムは大幅に短縮されました。
その結果、コールセンターのコストも大きく減らすことができたのです。
私はこの経験から、仕事の生産性を高めるには、マネジメント側の人間が組織全体の業務量やリソース配分などを適正にコントロールすることが不可欠だと痛感しました。
“現場に丸投げ”の働き方改革が続いた結果、「助け合わない職場」が急増しています。
多くのビジネスパーソンは、「自分の仕事をいかに早く終わらせるか」という点だけを意識するようになっているのではないでしょうか。悪く言えば「他の人の仕事が遅れていても、それはその人の責任であり、私とは関係のないこと」と思っているのです。
しかし、こうした「助け合わない職場」では、チームの生産性は頭打ちになってしまいます。
どんなに忙しい職場でも、その瞬間にメンバー全員が揃ってキャパシティオーバーになることはほとんどありません。Aさんが自分の時間に対して120%の仕事を抱えていて、Bさんの仕事が80%なら、オーバーしている20%をBさんが引き受ければ、お互いが持ち時間を100%使い切ることができます。
誰かが大変な時は負荷を分散し、全員の稼働率を100%にすれば、メンバーは時間内で仕事が終わる上に、チームの生産性も最大化します。これがチームにとってベストな状態ではないでしょうか。
私の会社が運営する英語学習サポート事業「トライズ」では、毎朝行なう「朝会」(朝の定例会)で、メンバーがその日の自分のスケジュールを発表します。
そして、もし残業になりそうな人がいれば、手が空いている人に仕事を割り振ります。
「今日は午後3時から30分手が空くので、会議のセッティングは私がやっておきます」
「午後4時からのアポがキャンセルになったので、私が代わりにお客様に対応します」
こんなふうにサッと手を上げて、他の人の仕事を引き受けるのがごく当たり前の光景になっています。
また朝会は、個人で解決できないことがあれば、全員で知恵を出し合って解決する場にもなっています。
「お客様からこんな相談があったのですが、どう対応すべきか迷っています」
誰かがそんな課題を報告すると、他の誰かが「それなら過去に似た事例があるので、こう答えるといいですよ」とすぐに教えてくれるので、一人で考え込んで余計な時間を使わずに済みます。
このように、チーム全員の時間と知恵を平準化し、できるかぎり100%使い切ることで、チーム全体の仕事を効率よく進めることができるのです。
おかげで私の会社では、ほぼ「残業ゼロ」を実現しました。
昨年度のトライズの各センターの残業時間は平均で月に4.08時間。月の稼働日が20日として、1日に12分ほど残業することもあるという程度で、実質的にはほぼノー残業です。
繰り返しになりますが、本当の働き方改革とは、個人の努力に依存するのではなく、こうして仕事の仕組みやリソースの配分を変えることで解決すべき問題なのです。
とはいえ、「うちの会社の経営陣は何もしてくれない」と愚痴を言っても仕方ありません。
この状況を変えるには、誰かが組織を動かすしかないのです。
その役割に適任なのが、ミドル世代です。
中間管理職層は、経営者からも現場の末端からもリアルな情報を得られる立場にいます。
現場の声を経営に反映させるつなぎ役となり、組織全体のオペレーションを改善できる力を持っているポジションなのです。
「そう言われても、目の前に積み上がった仕事をこなすだけで精一杯で、組織を変えるなんて余力はない」と思う人も多いかもしれません。
私自身もまさにミドル世代であり、ソフトバンク時代は孫社長と現場のプロジェクト・メンバーとの間で苦労した経験があるので、その気持ちはよくわかります。
しかし、上から無理な目標達成を押し付けられた結果、最も大きな負担を強いられて心身をすり減らしているのはミドル世代のはずです。だからこそ、自分自身が働きやすい環境を作り、仲間たちと一緒にやりがいを持って仕事ができるようにするためにも、組織を変えるという意識を持ってもらいたいのです。
組織を変えると言っても、いきなり大きな改革をしろと言っているのではありません。
上司やクライアントとのコミュニケーションを工夫することで鶴の一声を防いだり、了承待ちの時間や作業の二度手間が発生しないよう段取りを工夫したりと、できることはたくさんあります。そのためのノウハウを、拙著『孫社長の締め切りをすべて守った 最速!「プロマネ」仕事術』で紹介していますので、よろしければお読みください。
更新:11月22日 00:05