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「宅配危機」から見えてきた日本の問題点とは

2018年05月05日 公開
2022年06月09日 更新

田中道昭(連載「アマゾンの大戦略」に学ぶMBA講座 第2回)

「値上げ」はいずれボディブローのように効いてくる?

これらの3つの状況を同時に踏まえてヤマト運輸の宅配戦略を分析すると、ドライバーの労働環境の改善はもはや喫緊の経営課題であり、そのためにも宅配事業における適正価格・適正規模に収束させるための値上げ交渉が必要だったことが鮮明に浮き彫りになってきます。

もっとも、ここで指摘しておきたいのは、ヤマト運輸が実際に行なっているであろう社内での企業努力以上に、顧客や社会に対して、同社の労働環境の改善を値上げという外部策に大きく依存したという印象を強く残してしまったことです。アマゾンは短期的にはヤマト運輸からの値上げ要求をいったんは受け入れるしかないという判断で値上げを了承しましたが、これによってアマゾンが自社宅配ネットワークをスピードアップさせて構築していくことは確実ではないかと予想されます。

また、一般の消費者はヤマトの値上げを受け入れるしかない「プライス・テイカー」ですが、ここで感じ取った顧客や消費者の違和感は、ボディブローのようにヤマト運輸のこれからの経営に大きな影響を及ぼしていくのではないかと考えられます。

 

「値上げ要求」をアマゾンが受け入れた理由

それでは次に、アマゾンの宅配戦略を分析していきましょう。

アマゾンの自社の状況としては、顧客第一主義へのこだわりや徹底という同社のミッションやビジョンが最も重要な要因となります。アマゾンでは、「品揃え」「価格」「利便性」の3つを、顧客第一主義の重要な3要素と考えており、スピーディーな配達を重要視してきました。

したがって宅配危機によってこれまでのサービス水準を切り下げていくことは中長期的には想定できず、ヤマト運輸の宅配戦略に対抗する手段を講じてくるものと考えておくべきでしょう。

顧客・マーケットの状況としては、繰り返し述べてきたように、ネット通販の拡大、そして利便性の追求を挙げておきたいと思います。その一方で、消費者や社会からの働き方改革への理解や、「ブラック企業」への批判の高まりから、短期的にはヤマト運輸の値上げ交渉を受け入れるしかないという判断になったものと考えられます。

競合の状況としては、楽天、ヨドバシカメラ、ZOZOTOWN(ゾゾタウン)等のEC企業、セブン&アイやイオンなどの小売企業の動向を分析することが重要です。ここでは、ヨドバシカメラが物流センターとリアル店舗・ネット通販で在庫を一元管理し、配送もすべて自社の従業員が行なっているEC・小売・物流戦略を、競合の状況として特筆しておきたいと思います。

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著者紹介

田中道昭(たなか・みちあき)

立教大学ビジネススクール教授

シカゴ大学ビジネススクールMBA。戦略論を専門として、経営を中核に政治・経済・社会・技術の戦略を分析する「戦略分析コンサルタント」でもある。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長などを歴任。現在、株式会社マージングポイント代表取締役社長。著書に、『アマゾンが描く2022年の世界』『2022年の次世代自動車産業』(ともにPHPビジネス新書)など。

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