中小企業診断士は、経営コンサルティング分野で唯一の国家資格です。しかし、弁護士や税理士のような独占業務がないため、「取っても食えない」と自嘲気味に語られることも少なくありません。
しかし、中小企業診断士は、多くの中小企業の生産性向上を支援し、ひいては日本経済全体の活性化に貢献しうる、大きな可能性を秘めた資格です。中小企業診断士として成功するための鍵とは? 書籍『中小企業診断士になって「年収1億」稼ぐ方法』より解説します。
※本稿は、長尾一洋著『中小企業診断士になって「年収1億」稼ぐ方法』(KADOKAWA)より内容を一部抜粋・編集したものです
中小企業診断士は経営コンサルティング分野で唯一の国家資格であり、コンサルティング力という目に見えない能力を可視化する役割を持っています。しかし、実際のところ、中小企業診断士は独占業務がなく、むしろ検定に近い性質の資格だと理解すべきです。
たとえば、弁護士、税理士、社会保険労務士などは、資格を取得すれば特定の業務を独占的に行えるため、資格を持つことで「士業」としての地位が確立され、安定した食い扶持ちが期待できます。
これに対して、中小企業診断士にはそのような独占業務がなく、資格取得後に必ずしも特定の業務が行えるわけではありません。そのため、「中小企業診断士業」という概念は成立しにくいのです。
実際、国の中小企業支援機関や地方自治体、商工会議所などが「登録アドバイザー」や「経営指導員」を募集する際の条件には、「中小企業の経営改善のための助言、指導ができる人」として、弁護士、税理士、中小企業診断士など、他の有資格者と並べて記載されることが多いです。私の経験上、中小企業診断士に限定したアドバイザーや指導員の募集は見たことがありません。
もちろん、中小企業診断士は一定の能力検定機能はあり、応募条件を満たす証明として有効です。しかし、場合によっては資格がなくても実力があれば採用されるといった曖昧な条件で募集されることもあります。これは、独占業務を持つ弁護士や税理士では許されるわけがありません。
にもかかわらず、中小企業診断士の世界では、「士業」や「中小企業診断士業」という言葉が当り前のように使われ、仲間内で「独立する」「開業する」といった表現が飛び交っています。
しかし「年収1億」を目指すのであれば、まずこの考え方を改める必要があります。資格を取得しても、「これで飯が食える」と考えるのではなく、中小企業診断士はあくまで「検定」であると割り切るべきです。
実際、独占業務がある弁護士や税理士、社会保険労務士でさえ、「足の裏の米粒」のような状況で十分に稼げているとは言い難い。中小企業診断士は独占業務がない分、その点をより肝に銘じておくべきです。
また、中小企業診断士の合格ラインは約6割の正答率とされており、4割間違っても合格できます。もし、企業経営の意思決定で4割も誤りがあったらクライアントは大きな損失を被るでしょう。
これは、試験が企業経営全体の判断をすべて網羅しているわけではなく、広く浅く経営知識を学ぶ「基礎教育」の到達度を測る役割を果たしているからです。
つまり、中小企業診断士の資格は、経営コンサルティングにおける出発点に過ぎず、そこから各自が専門性を磨き、プロフェッショナルとしてレベルアップしていくためのスタートラインなのです。「食えるか食えないか」というレベルで満足していては、「年収1億」を目指すのは難しいでしょう。
4割も間違っていい、独占業務もない国家資格に頼り過ぎるのではなく、そこから自分自身の専門性や実践力をどれだけ高められるかが、真の成功を左右するのです。
中小企業診断士が独立、起業を考えるなら、単に「中小企業診断士業」として事業を始めるのではなく、どの分野(ドメイン)で事業を展開するかを戦略的に決めるべきです。
事業ドメインの決定は戦略立案の第一歩であり、ピーター・ドラッカーも1954年に出版された『現代の経営』の中で「自分達の事業は何かという問いを発し、それに答えることこそ経営者の第一の責務だ」と指摘しています。
中小企業診断士の勉強をしているなら、ドメインの重要性は当然理解しているはずです。クライアントに対して戦略指導を行う際には考慮しているのに、自分が事業を立ち上げ、起業する時に有資格者が3万人いる「中小企業診断士業」という枠に固執するのは戦略的に非常にリスクが高いと言えます。
戦略の基本は他社とは違う独自性を打ち出すことです。自分や自社の強みを活かし、他と異なる価値を提供できなければ、クライアントに対しても説得力のある指導はできません。
したがって、独立や起業を目指すなら、「中小企業診断士」という資格を出発点としつつも、自社の事業領域を明確に定め、他社との差別化を図ることが成功への鍵となるのです。
ドメインの基本的な考え方は知っていても、ドメインシフトという発想に馴染みがない人も多いかもしれません。
まずドメインには、「物理的定義」と「機能的定義」「便益的定義」の3つの定義があります。
1. 物理的定義
取り扱っている具体的な商材やサービスに着目する定義です。たとえば、魚を売っていれば「鮮魚小売業」、花を売っていれば「生花販売業」「花屋」、米なら「米屋」といった具合です。自社を「○○屋」と呼ぶ時、多くの場合はこの「物理的定義」に基づいています。
日本標準産業分類や同業組合も基本的にこの定義を採用しており、業種を記載する際にもこの方法が使われるため、「何屋さんですか?」と聞かれたときにも分かりやすいのです。
2. 機能的定義
自社が提供する商品やサービスが実現する機能に着目した定義です。たとえば、自動車メーカーが「自動車製造業」という物理的定義から、機能面に着目して「モビリティ提供業」と定義し直す考え方です。
3. 便益的定義
商品やサービスを提供することで顧客にもたらされるメリットや価値、すなわち便益に注目する定義です。自動車製造業であれば、「走る楽しさ提供業」と表現することができます。
多くの人がこの「物理的定義」に洗脳された状態になっていて、その定義に疑問を持つこともありません。だから、ピーター・ドラッカーは「自分達の事業は何かという問いを発し、それに答えることこそ経営者の第一の責務だ」と指摘したのでしょう。
中小企業診断士に置き換えると、まさに「中小企業診断士業」であり、少し丁寧に言えば「中小企業診断士派遣業」になります。中小企業診断士という物理的な存在を各企業に派遣するのが「中小企業診断士業」です。
ドメインシフトとは、この「物理的定義」から「機能的定義」もしくは「便益的定義」にシフトし、発想を転換することを指します。
ここで大切なことは、どの定義にせよ、他社と違う自社独自のドメインを定義することです。正解は一つではなく自由に決めることができます。
たとえば、「中小企業診断士派遣業」を機能的定義で表現すれば「経営コンサルティング業」となりますし、便益的定義で表現すれば「企業体質強化業」や「業績アップ支援業」とも言えるでしょう。
ただし、これは誰もが思いつく定義なので、実際にはもっと捻ったり絞ったりして独自性を出す必要があります。
ここでは便宜上、「経営コンサルティング業」や「企業体質強化業」「業績アップ支援業」といったドメインにシフトするとしましょう。
ドメインシフトを行うと、自社の事業の在り方をゼロから見直すことが可能になります。つまり、「中小企業診断士派遣業」の枠にとらわれず、たとえば「経営コンサルティング業」「企業体質強化業」「業績アップ支援業」であることを前提とすれば、必ずしもクライアント先に出向く必要はなくなります。
経営コンサルティング機能が果たされ、そのクライアントの企業体質が強化されたり、業績アップが実現すれば良いのです。
このように、ドメインシフトの発想転換によって、自分自身がどの「業」で事業を展開するのか、またそのドメインを最も効率的に実現するビジネスモデルは何かを考えることで、自社だけの独自戦略が見えてきます。
中小企業診断士の皆さんは、頑張って勉強して取得した資格を大切にするあまり、本来何をすべきか、そもそもこの資格は何のためにあるのかを忘れがちです。
中小企業診断士は価値のある国家資格ですが、独占業務もないためあまり資格に固執しすぎないことが大切です。ドメインシフトを活用して、より差別化された独自の事業領域を見出し、そこから自分だけ、もしくは自社だけの強みを発揮していく戦略が求められます。
更新:07月04日 00:05