2017年08月30日 公開
次第に、スタッフの側からも効率化の改善策が出るように。ひとつの時短やムダとり施策が、新たな施策を呼んだ。
「たとえば昼休みの廃止。それまではみんなで決まった時間に昼食をとっていたのですが、各自が好きな時間に休むほうがいいとの意見を採用しました。また、3年前に漫画の背景部分を手描きからデジタルに切り替えたのもスタッフの発案でした」
2013年に連載開始し、今年6月に最終回を迎えた『インベスターZ』では、人物以外の背景すべてをデジタル制作会社に外注するという、前例のない手法を実践。
「最初は所要時間も読めず、不安もありました。しかし2カ月もすると軌道に乗り、飛躍的な時短に成功しました」
このように、未知のことを始める際は「いきなり実践する」のが三田氏流の時短術である。それは、自身が漫画の世界に身を投じた経緯にも当てはまる。
「私は30歳のとき、経験ゼロの状態から漫画家になりました。大学卒業後に会社員となり、父の病にともない実家の洋品店を手伝うも運営に限界を感じ、収入を得る手段として『漫画なら描けそう』と思ったのがきっかけです。見様見真似で描き、投稿し、デビューに至りました」
きわめて大胆な選択に思えるが、三田氏からすると「実践しない」ことのほうが不思議に映るという。
「漫画を描くなら絵の練習をしてから、などと思うより、まず作って投げかけたほうがはるかに早い。ビジネスも同じでしょう。新商品にせよ個人的挑戦にせよ、準備や調査に時間をかけたところで、実際の手ごたえにはかないません。『失敗するかも』と考えている時間こそムダであると、私は思います」
なお、この考えは日々の制作現場にも反映されている。
「新人アシスタントにも初日から練習なしでペンを入れさせます。そのうえで改善点を先輩が指摘、その都度修正。これにより早い成長が促され、すぐに戦力として活躍してくれます」
作品の起点にして最重要作業となるのが「ストーリー作り」。なんと三田氏はこれも「時短」の対象にしているという。
「制作の速度と精度を上げるには、最初の方向づけが要となります。私の最大の役割は、毎週の仕事始めまでにプロットを考え、完璧なネーム(絵コンテ)を用意すること。これがないとスタッフは何もできないわけですが、この『アイデア創出』の過程にも、私は時間をかけません。なぜなら、頭の中にストーリーの『型』が用意されていて、それを発展させるだけだから、迷うことがないのです」
型は得てして「ベタ展開」「安易」とのそしりを受けがちだが、それこそが目指すところだ、と三田氏は語る。
「洋品店を営んだ経験上わかるのですが、結局のところ一番売れるのは『白いポロシャツ』、つまりは定番品なのです。私はその『白いポロシャツ』を作りたい。斬新さなど狙わず、一定の質を備えたものをコンスタントに提供したいと考えています」
では、三田作品におけるシンプルにして最強の定番とは何か。それは「世の常識の逆を行く」というコンセプトだ。
「たとえば『ドラゴン桜』は、『良い大学に入ることより、何を学ぶかが大事』という世の価値観に逆らい、『東大に入りさえすればいい』と主張したことが支持されました。漫画以外の著作で言えば、『個性を捨てろ! 型にはまれ!』という拙著も、まさにこの手法ですね。
自分の成功パターンを公式化し、その公式で生産していく。私はこれを『デジタル化』と呼んでいます。作品内容も、制作フローも、私自身のスタイルも、できる限りデジタル化します。 私は生涯、生産者でありたいと思っています。そのためには常に高い生産性を保ち続けなくてはなりませんから、作品のコンセプトも私自身のキャラクターも、『普通はやらないことをやる/言う』という公式を決めて、次々に新しいものを作るのです。
このデジタル化は、時短を実現させるだけでなく、作り手としての私の方針を定めるものでもあるのです」
《『THE21』8月号より》
更新:11月22日 00:05