約2500年前に書かれた兵法書である『孫子』が、ビジネスマンに人気だ。座右の銘として孫子の言葉を上げる経営者も多く、書店にも数々の孫子関連書が並ぶ。ではなぜ、『孫子』の言葉は現代のビジネスマンにこれほどまでに響くのか。中国古典研究家の守屋淳氏に、その魅力と「お勧めの言葉」を紹介していただいた。
『孫子』は、約2500年前に書かれた古典でありながら、現代の経営者やビジネスマンに絶大な影響を与え続けています。
なぜ今、『孫子』なのか。それは現代が、「グローバルな競争が加速する、先が見えにくい時代」だからでしょう。状況が刻一刻と変化し、ライバルが国内だけでなく海外にまで広がっている現代において、競争状態での原理原則の感覚を養えるのが、『孫子』という書物なのです。
もちろん、現代と古代では、時代も違えば時代背景も異なるため、『孫子』の内容がそのまま現代に通用するわけではありません。古典を自分の人生に生かすには、「より一般的に表現するとどうなるのか」と抽象度を上げて考えることが大切です。
現代と古代は時代は違えど、一方で似ている点もあります。『孫子』の著者・孫武が活躍した春秋時代末期が戦乱の世であったように、現代もまた、デジタル化やグローバル化を背景にした大競争時代だということ。また、戦争がやり直しのきかない一発勝負であるように、現代も失敗が許されない方向に向かいつつあること。だからこそ、『孫子』が活用できると言えるかもしれません。
以下、数多くの『孫子』の言葉の中から、現代のビジネスマンにとって特に示唆に富むものについて、いくつかご紹介したいと思います。
(謀攻篇)
最初に紹介するのは、日本の企業経営者が座右の銘としてよく挙げる言葉であり、お隣の中国でも、好きな格言として人気のこの言葉です。言葉自体はシンプルですが、私が取材した名経営者や名勝負師などの成功者には、「彼(=目先の敵を含む周辺のライバル)を知り、己を知る」を徹底している人が多いと感じます。
知るべき対象には「彼」と「己」がありますが、より知り難いのは「己」です。なぜなら、自分のことを客観視するのは難しく、ついつい過大評価しがちだからです。
中国古典では、自分を知るためには諫言役が必要だと言われています。つまり、自分にとって耳の痛いことを言ってくれる人がいて初めて、真の自分の姿がわかるというわけです。
諫言役には3つのタイプがあり、「師匠」「友人」「後輩・部下」の順番でランクづけされています。「師匠」が最も重要であるのは、師匠は自分から持とうとしなければ持てない存在だから。「友人」も同様で、人は偉くなると、耳の痛いことをズケズケと言う友人を遠ざける傾向にありますが、率直に意見をしてくれる友人を持つ努力も必要です。最後の「後輩・部下」は、特段の努力なしでも持つことができますが、後輩や部下の諫言に素直に耳を傾ける努力が必要でしょう。
このように、己を知ることの重要性を意識し、そのために諫言役を持つ努力をすることは、歳を重ねるほどに大事になってきます。
次のページ
百戦百勝は善の善なるものに非 〈あら〉 ず。 戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり。 >
更新:12月02日 00:05