日立製作所相談役
日立製作所のトップとして、最悪の業績からの復活を実現。川村隆氏は日立の変革を「やればできる」と思っていた。「リーダーは慎重なる楽観主義者であるべき」が持論だったからだ。これは愛読書であるフランス人哲学者・アランの『幸福論』の一節、「楽観主義は意志に属す」に由来する。
楽観は強い意志を持つことで生まれる。実際、川村氏は「世界有数の社会イノベーション企業になる」という明確な意志を内外に示し、変革を遂行した。その過程で、各事業責任者には「ラストマン」として「ザ・バック・ストップス・ヒア」の意識を持たせた。バックとはポーカーで親を示す印で、転じて「責任」の意味。部下は上司に「バック」を回せるが、トップの前で「バック」は完全に止まる。
川村氏自身は、以前、搭乗した国内線旅客機がハイジャックされた際、乗り合わせた非番のパイロットが命を賭して操縦桿を奪い返した姿に「ラストマン」を見た。強い意志を持てば、「ラストマン」の責任を担いつつ、「必ずできる」という楽観を味方にすることができるのだ。
名経営者の言葉で印象的なのは、求める人材像について、世のビジネスマンが「首から上」のスキルアップに走りがちなのに対し、「首から下」も含めた人間力、深い洞察、強い信念の重要性を説くものが多いことだ。頭の回転が速く、弁舌が巧みでも、頭でっかちの口先だけで戦力にならない社員を多く見てきたからだろう。
「反対されるものは成功する」「洋服の伝統がない日本人だからこそ常識を破ることができる」「楽観は気分ではなく意志による」といった具合に、逆転の発想を促す言葉も目立つ。思考の硬直化こそ最大の妨げになると痛感しているためだ。
社員たちの中に潜む問題の本質を見抜き、心に残る言葉で警鐘を鳴らす。それを日々耳にする社員たちは、反芻しながら、自らを律し、成果を導き出す。
言葉が発せられるとそれが現実のものになると古人は信じ、その霊力を言霊(コトダマ)と呼んだが、名経営者の条件の一つは、言霊を持つ言葉を発することにある。
勝見 明
(かつみ・あきら)
1952年、神奈川県生まれ。東京大学教養学部中退。フリージャーナリストとして経済・経営分野を中心に執筆・講演活動を続ける。著書に『鈴木敏文の「統計心理学」』(日経ビジネス人文庫)など多数。
更新:11月24日 00:05