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優秀な人ほど部下に教えるのがヘタなのはなぜか?「できる人」がはまる指導の罠

奥村友裕(株式会社クラフトアール代表取締役)

優秀な人ほど部下に教えるのがヘタな理由とは?

営業成績はトップ。顧客からの信頼も厚い。ところが部下を育てる段になると、なぜかうまくいかない。「相手をよく見ろ」「空気を読め」と言うばかりで、部下は何をすればいいのかわからない――。多くの組織に、こうした「教えられないエース」がいるのではないでしょうか。

これは本人の性格や指導力の問題ではありません。大手コンサルティング会社で3年連続の年間受注記録を更新し、殿堂入りを果たした奥村友裕氏は、「優秀な人ほど、自分が何をやっているのか、本人がつかめていない」と語ります。

※本稿は、奥村友裕著『決断の正体 説得しなくても相手が動き出す条件』(Publish &)の内容を基に書き下ろしたものです。

 

頭の中で曲が鳴っている人には、相手にも聞こえているように思える

スタンフォード大学のエリザベス・ニュートンが行った有名な実験がある。参加者を「叩き手」と「聞き手」に分け、叩き手が有名な曲のリズムを机で叩き、聞き手に曲名を当てさせる。実験の前、叩き手たちは「半分くらいは当ててもらえるだろう」と予測した。実際に当たったのは、2.5%だった。

頭の中で曲が鳴っている人には、それが相手にも聞こえているように感じられる。だが相手に届いているのは、机を叩く音でしかない。私はこの実験を知ったとき、かつての自分を思い出した。営業として結果を出していたころの私は、後輩に向かって、まさに「相手をよく見ろ」と言っていたからだ。

エースが「相手をよく見ろ」と言うとき、エースの頭の中では、具体的な観察と判断の流れが鳴っている。相手の視線がどこで動いたか、声の調子がどこで変わったか、どの一言で押すのをやめたか。だが部下に届いているのは、「よく見ろ」という4文字だけだ。多くのエースは、自分の頭の中の曲が聞こえていないことに、気づけない。

 

「できる側」から「伝える側」に回って、初めてわかったこと

私は大手コンサルティング会社で営業として結果を出したあと、社内でトップエバンジェリストと呼ばれる役割に就いた。コンサルティング業界を代表する立場として、導入に抵抗のある経営者にその価値を伝え、経営にコンサルティングを取り入れることを当たり前にしていく役割である。

一方、営業の現場で部下を指導する中では、別の壁にもぶつかった。
「自分ができること」と、「なぜできるのかを言語化して他人に渡すこと」は、まったく別の能力だったのである。

商談の場では、私は相手の反論しかけた瞬間に別の角度から問いを置く、ということを自然にやっていた。だが「なぜあの瞬間にその問いを出したのか」と聞かれると、出てくる答えは「なんとなく、あそこで押しちゃいけない気がした」だった。それ以上の説明が、自分の中から出てこなかった。

私が伝えていたのは、「相手をよく見ろ」「懐に入れ」「空気を読め」。どれも間違ってはいない。だが、これらの言葉で育つ人は一人もいなかった。何を見ればいいのか、どこで何を判断すればいいのかがまったく含まれていないからだ。優秀な人ほど、相手の表情、声色、間の取り方を無意識に読み取っている。それがあまりに自然なので、本人はそれを「技術」だと思っていない。私自身がそうだったのだ。

 

「語れる以上のことを知っている」という厄介さ

科学哲学者マイケル・ポランニーは、「我々は語れる以上のことを知っている」と述べ、これを「暗黙知」と呼んだ。自転車に乗れる人が、なぜ倒れないのかを説明できないのと同じで、熟練者の技能は本人の言語化能力を超えたところで働いている。「なんとなく押しちゃいけない気がした」は、まさにこの暗黙知である。

ここに、優秀な人ほど教えられないという現象の本当の理由がある。教える気がないのではない。教え方がヘタなのでもない。自分が何をやっているのかを、本人がつかめていないのだ。「当たり前のことをやれと言っているだけなのに、なんでできないのか」。エースたちが口にするこの言葉は、部下への苛立ちではなく、自分の技術が見えていないことの告白なのである。

 

自分の頭の中を「解剖」する

私が部下の指導でやっていたのは、実際の商談に同席させ、受注できたあとに、その商談をかなり細かく振り返ることだった。「なぜあのタイミングであの質問をしたのか」「なぜあそこで説明をやめたのか」「なぜあの言葉を使ったのか」。一つずつ解説した。

正直に言えば、これはかなり骨の折れる指導だった。自分では無意識にやっている判断を、あとから言葉にしなければならないからだ。最初は「なんとなく」としか言えない。だが問いを重ねていくと、少しずつ言葉が出てくる。自分でも驚いた。こんなことを考えていたのか、と。

このとき意識したのは、「見たもの」と「解釈したもの」を分けることだった。相手が急に黙った。これは事実である。「責任を恐れている」「納得していない」。これは解釈である。優秀な人ほど、この二つを無意識に一瞬で処理している。だからこそ、一度切り分けて言葉にすると、初めて他人に渡せる形になる。

そして、こうして出てきた判断の一つひとつに、名前をつけていった。「相手が資料から目を上げたら、その論点は終わり」「一般論が出てきたら、本当の論点は別にある」。抽象的な「相手をよく見ろ」が、具体的な観察項目に変わった。伝えるべきものが、ようやく手の中に現れた瞬間だった。

 

部下が真似したのは「言葉」だった。渡すべきは「判断」だった

ここで私の失敗談を紹介しよう。

私の商談に何度か同席していた部下が、私の言葉遣いや態度をそのまま真似するようになった。私が経営者に少し強い言葉を使ったり、かなり踏み込んだことを言ったりするのを見て、「経営者にはここまで踏み込んでいいんだ」と理解したのだと思う。

ところが私の中では、その言葉だけが単独で存在していたわけではない。そこまでの対話で信頼関係をつくり、相手の反応を見ながら、「この関係性なら、ここまで言っても大丈夫だ」と判断したうえで発している言葉だった。だが部下から見えていたのは、最後に私が発した「言葉」と「態度」だけだった。

結果、彼は単独で営業に行った際、信頼関係のできていない経営者に私と同じ言葉と態度で接してしまい、見事に炎上して帰ってきた。彼が真似したのは、私の「言葉」だった。だが本当に伝えなければならなかったのは、その言葉を選ぶまでの「判断」だった。

 

「できる人」から「できる理由を渡せる人」へ

組織が本当に必要としているのは、一人の天才ではない。天才が生み出した成果を、再現できる仕組みである。個人としてどれほど正しい答えにたどり着けても、その思考が他者に共有されなければ、組織には何も蓄積されない。エースが辞めた瞬間に技術ごと消えてしまう。

もしあなたが「自分はできるのに、なぜ部下はできないのか」と感じているなら、それは部下の問題ではなく、あなたの技術がまだ言語化されていないというサインだ。「なんとなく」でやれてしまう人ほど、言語化の必要に迫られてこなかっただけである。

商談を細かく振り返る。見たものと解釈を分ける。判断に名前をつける。この地味な作業を通じて、「個人の才能」は「組織の資産」に変わる。教えるのがヘタなのは、能力が足りないからではない。自分が何をやっているのかを、まだ知らないからだ。

プロフィール

奥村友裕(おくむら・ともひろ)

株式会社クラフトアール代表取締役

1976年、大阪府生まれ。「決断学」研究家、ディープコーディング提唱者。大学院で組織心理学・人材マネジメントを研究。その後、一貫して「人はなぜ動くのか」「人は何によって決断するのか」をテーマに探究を続ける。大手コンサルティング会社で、後に「ディープコーディング」として体系化する独自のアプローチを実践し、3年連続で年間受注レコードを更新、殿堂入りを果たす。現在は、ブランディング・経営コンサルティング・幼児教室運営の3事業を展開。企業の商品開発やブランド構築、人材育成を通じて、人や組織の意思決定をデザインする独自理論「ディープコーディング」を提唱・実践している。

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