
アスクル㈱の創業者であり、初の著書『起業家になる前に知っておいてほしいこと』を3月に上梓した岩田彰一郎氏とゲストとの対談企画第2回。今回は、エール㈱取締役の篠田真貴子を迎え、理想とする組織のかたちとは何か、そしてそれを実現するために経営者にできることについて語り合ってもらった。(取材・構成:杉山直隆、写真撮影=江藤大作)
※本稿は、『THE21』2026年6月号の内容を一部抜粋・再編集したものです。
【篠田】岩田さんのお話をおうかがいしていると、「人」をすごく大事にされていると感じます。ご著書で言及されていた「陰陽師の術」も印象に残りました。「囲い込み」や「ターゲット」という言葉を使わないというのは、すごく良いことですね。
【岩田】自分がお客様の立場になったときにそう言われたらいい気持ちはしませんし、普段から使っていると、言っている自分自身が毒されてしまいます。言葉にはすごく力がありますからね。
【篠田】大企業の管理職の方々とお話をする機会が多いのですが、よく「部下の本音を引き出したい」とおっしゃるんです。でも「引き出すなんて、こんな失礼な話ありますか」といつも思います。そこで「皆さんが部下だとしたら、上司に自分の本音を引き出されたいですか?」と聞くのですが、特に反応もなく、不思議そうな顔をされてしまいます。
【岩田】それが多くの人の感覚かもしれませんね。
【篠田】お客様も部下も皆さん「人」ですから、「人としてどうおつきあいするとお互いに気持ちが良いか、失礼がないか」を考えることが仕事上でも大事だと思うのですが、そこが抜け落ちている管理職の方は残念ながら少なくないと思います。
また「部下の話をもっと聴けるようになりたい」というご相談もよくいただきますが、「どういう問いかけをしたらいいですか」「腕を組んで話を聴いちゃいけないんですよね」といったハウツーを気にされる方がすごく多い印象があります。
それも大事ではあるのですが、もっと大事なのは、その手前のあり方。自分と違う考えだったとしても否定しないで、部下が見ている景色を一緒に見るように話を受け取ってみる姿勢が何より大事だと考えています。
【岩田】話を聴くのは難しいですよね。自由に意見を言っても大丈夫だと思ってもらえるように普段から怒らないようにしていましたし、意見を言われたらしっかり聴くようにしていましたが、アスクルで働いていた人たちがそう感じていたかどうかはわかりません。
【篠田】私は「聴く」をテーマにした講演をしているのですが、そのときによくお話ししているのが「without judgment」の大切さです。人は、相手の話をしっかり聴こうと思っても、つい自分の考えや価値観と照らしながら聴く「with judgment」な姿勢になりがちです。すると話の内容をジャッジする雰囲気が出るので、相手も話しにくくなります。
今日お話しさせていただいた印象では、岩田さんはまさに「without judgment」の実践者だと思ったのですが、いかがでしょうか。
【岩田】私がどこまでできているかはわかりませんが、「すべての人はフラットであり、イコールパートナーである」という意識は常に持っています。もし聴く力が多少でもあるとしたら、そう心がけているからかもしれません。
【篠田】イコールパートナーという考え方は、社員の皆さんを大人扱いしていることだと思うのです。また、実は厳しい世界だとも思います。社員を子ども扱いする会社は「自分で考えられないでしょ?だから会社がルールをつくって、上司が全部決めてあげますよ」とルールで縛りつけますが、このほうが社員は考えなくていいのでラクですからね。
【篠田】先ほどの言葉遣いの話と重なりますが、WEBマーケティングの世界には「生け簀(いけす)」という言葉があり、「客をこの生け簀からこの生け簀に移す」みたいに使うそうです。
【岩田】ひどい。
【篠田】どうかと思いますよね。生身の人間というよりデータから抽象化した塊(かたまり)を導き出して、「この塊にもっとクリックさせるためには」と考えるようなのです。
言葉遣いも問題ですが、ここでもう一つ問題なのは「データを見て、表面的に物事を判断する」ことです。
HR(Human Resources)の世界でも、同じようなことが起きています。従業員の満足度調査によって導き出されたデータを見て、「問3と問18がベンチマークに比べて低いから、対策を打ちましょう」などと短絡的に判断してしまうのです。
本当は、データを見たうえで「問3を低く答えがちな人とはどういう人?」「問18を低く答えがちな人とは?」と背景や文脈を丁寧に見ないと本当のところはわからないし、的確な手も打てないのですが、それをしないのです。
【岩田】データだけで物事を判断するのはリスクが高いですね。それに気づいたのは学生時代。ご家庭に訪問してアンケート調査をするアルバイトをしていたのですが、適当に答えている人が案外多いことや、ひどいときには調査員が自ら書いていることを知り、マスデータを信じなくなりました。アスクル時代、販売データだけで判断せず、お客様に実際にお会いしてお話をうかがうのを大事にしていたのも、そのためです。
【篠田】リアルなお客様を見ることが大事なのですね。
【岩田】また、従業員の満足度調査はアスクルでも取っていたのですが、データだけで判断することはしませんでした。先ほど社内をウロウロしていたとお話ししましたが、「この部門、雰囲気が悪いな」「ここはみんな元気がいいな」といったことがなんとなくわかるんですよね。
そうやってリアルとデータの両方を見て初めて、「あそこの部門、このデータがこういう結果になったのは〇〇が原因かもしれないな」といったことが立体的に見えてきます。
データを参考にすることは決して悪いことではありませんが、ビジネスに活用するにはデータを翻訳して、「人間」として見ることが大切だと思います。そのためには人間について深く知ることも必要ですね。
【篠田】岩田さんのご著書を拝読して思ったのは、常に「人間とは何か」と考え続けていることです。ビジネスにとって非常に大切なことだと思うのですが、今の若い方々が現場で賢いやり方として教わっているのは、残念ながらデータを表面的に見ることのほうかもしれません。
マーケティングの世界は、データに基づいて行なった施策が売上や利益などの数字にダイレクトに現れるので、施策の失敗に気づきやすいのですが、HRの世界はそうはいきません。施策を失敗しても、数字によるフィードバックがかかりにくく、社員が簡単にやめないので、データを読み違えていることにいつまでも気づきにくい面があります。だからデータによる悪影響が大きいのです。
岩田さんのご著書を通じて「人」についてどれだけ深く考えるかが、ビジネスにとっていかに大切かが伝わればいいなと思っています。
更新:05月06日 00:05