
アスクル㈱の創業者であり、3月に初の著書『起業家になる前に知っておいてほしいこと』を上梓した岩田彰一郎氏。かたや武蔵野大学アントレプレナーシップ学部の学部長を務める伊藤羊一氏。26年来の間柄だという両者の、特別対談企画・前編。(取材・構成:杉山直隆、写真撮影:江藤大作)
※本稿は、『THE21』2026年5月号の内容を一部抜粋・再編集したものです。
【伊藤】岩田さんと初めてお会いしたのは2000年。私が興銀の営業マンとして、アスクルさんを担当させていただいたときです。その後、プラスに転職した後もグループ経営者会議などでご一緒させていただけるようになり、ヤフーに転職した後も、アスクルがグループ会社になっていたので、再びお話しさせていただくようになりました。
そこで岩田さんから教えていただいたことは今も活きています。例えば、私は「FREE・FLAT・FUN」を個人の理念として掲げているのですが、実は岩田さんの「はじめに意志ありき」「すべての相手はイコールパートナー」といった考え方に影響を受けています。
【岩田】覚えていただけて嬉しいです。伊藤さんは今、武蔵野大学アントレプレナーシップ学部(武蔵野EMC)の学部長をされているそうですね。
【伊藤】2021年4月の開設当初から就任しました。実は、武蔵野大学の西本照真学長(当時)に「伊藤さんがつくりたい学部を新たにつくりませんか?」とお声がけいただき、ゼロから立ち上げたのです。日本で唯一のアントレプレナーシップに関する学部をつくったのですが、学部をつくった経験など一度もなく、ゼロイチとはこんなにつらいんだなと思い知らされました。
【岩田】ゼロイチは強い意志が必要ですよね。それがないと、現実に流されてしまいますから。
【伊藤】新しいことをすると上手くいかないことばかりですが、意志があるからこそつらくても乗り越えられる。それを岩田さんもアスクルで経験してきたんだな、と少しだけ理解できた気がしました。
【岩田】伊藤さんは大学でアントレプレナーシップを持った若者たちを育成する仕事をされていますが、私もアスクルを辞めてからは次世代を応援するのが自分の仕事だと考えて、20数社のスタートアップを支援しています。志ある起業家たちに経営のセオリーを伝えたいと思っていまして、今度出版した本もその一環です。
【伊藤】この本に書かれているセオリーは、極めて当たり前のことが書かれている、と捉える読者が多いのではないかと思います。しかし、実際にやってみると、当たり前のようで当たり前じゃない。
【岩田】おっしゃる通りですね。例えば、私は創業当初から「お客様のために進化する」と言い続けています。お客様志向はどの会社でも言われること。しかし本当に難しいのはお客様志向を貫き通すことです。
【伊藤】それを貫き通したのが、アスクル成長の理由であり、岩田さんのすごさだと思います。例えば、アスクル立ち上げの目的はプラスの最大のライバルメーカーに勝つためだったのに、お客様の要望を聞いて、そのメーカーの商品も売り始めた。社内の猛烈な反発を押し切って売れる人はそうはいません。
また、創業当初に、大雪が降る秋田の山奥に、わざわざ社員が4WD車で商品を届けにいったという話も、以前お聞きしましたね。注文翌日に届けるという約束を守るために、赤字を承知で届けにいったと。今の会社の規模になると現実的な行動ではありませんが、当時としても簡単にできない決断だったと思います。
【岩田】お客様のご注文の背景には一つひとつドラマがあります。例えば、総務部の方が明日の役員会で絶対に必要なものを発注している。これが期日通りに届かないことは絶対にあってはならないことです。
通販の仕事はお客様の顔が見えないので、お客様からのオーダーを単なる数字として見てしまい、流れ作業で処理しがちですが、すごく良くないことです。「もしこのご注文を届けられなかったら何が起こるのだろう?」、そんな想像力がサービスの徹底につながります。想像力がなくなったら、そのビジネスは終わりだと思います。
【伊藤】僕もプラスの物流部門にいたとき、岩田さんの判断を思い出し、幼稚園の卒園式で使うリボンを「新幹線を使ってでもいいから届けて」と指示したことがあります。
会社が大きくなると言うことが変わる経営者は少なくありませんが、岩田さんは売上が数千億円規模になってからも、お客様に対する考え方がブレていませんでした。そこに僕は大きな刺激を受けましたね。
更新:04月03日 00:05