
品数を増やし、彩りを整え、時間をかけて作る――。そんな「
※本稿は、佐々木俊尚 著『人生を救う 名もなき料理』(ダイヤモンド社)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
ヨーロッパにはコールドミール(冷たい食事)というものもある。ドイツのカルテスエッセン(直訳すれば同じ「冷たい食事」)が有名だが、パンとハム、チーズ、ヨーグルトなど火を使わない料理だけを組みあわせた献立のことだ。
職場と自宅が近接していることが多いドイツでは、昼食を自宅でとる人が多く、昼食が一日の食事のメインになっているという。その代わりに夜はカルテスエッセンで軽く済ませる。
わたしも自分ひとりの夕食などは、コールドミールにしてしまうことが多い。パンを買いに行くのさえ面倒なときは、台所に常備しているプレーンクラッカーを食べる。それにハムとチーズ。気が向けばそれにスクランブルエッグかゆで卵ぐらいはホットなものを追加することもある。
和食のコールドミール化もわたしはときどき試している。白いご飯は電子レンジで温めてもいいが、夏なら冷たいお茶漬けも良い選択だ。冷やご飯を水で洗ってぬめりを取って(気にならなければ洗わなくても全然かまわない)、丼に盛る。かつお節と塩昆布をのせて醤油を回しかけ、冷水を注ぎ入れるだけ。麦茶などの冷たいお茶でもいい。
これだけでじゅうぶん美味しいが、おかずも用意する。マヨネーズをかけたハムや、ケチャップとウスターソースをかけたソーセージなど。その辺のコンビニやスーパーで売っている安物のほうが、ベタな味に合う。おまけにマヨネーズやケチャップ、ウスターソースは白米にぴったりである。
それに野菜の浅漬け。わが家の冷蔵庫には自家製の浅漬けが常備されている。月に二回、茨城の久松農園から野菜をまとめて宅配してもらっており、夫婦ふたりではなかなか食べきれないほどの野菜が来る。傷まないうちに、浅漬けにできるものは漬けてしまう。
浅漬けは古くなって発酵が進みすぎたら、刻んでしまって茶漬けにのせるのもとても美味しい。酷暑が延々と続く最近の日本の夏は、料理でさえ火を使うのがつらいときがある。日本でも夏場はコールドミールがもっと広まってほしい。
コールドミールを見習いたいと思うのは、その「手軽さ」だ。日本の家庭料理は何というか、重すぎるのである。レシピが多いだけでなく、作る手順も多く、色数も多く、献立の皿の数も多く、とにかく多くて重い。この多くて重いところから、家庭料理を解き放てないものか。それを考えて行き着いたのが、本書の「名もなき料理」である。
そもそも家庭で食べる料理なんて、短時間でさっと作ったほうが粋である。たとえば知人の家に遊びに行って、昼食などをごちそうになるときに、前の日から延々と煮込んだり凝ったスパイスをいっぱい使ったりしたカレーやシチューを出されたら、ちょっと重すぎないだろうか。
昔は、そういう料理のことを「日曜日のお父さん料理」とよく揶揄していた。スパイスなどに凝りすぎているわりには全体最適化がきちんとできていないので、食材がたくさん余ってしまったり、汚れた鍋やフライパンなどの洗いものがシンクに山積みになったままになってしまったり。「結局わたしが片づけなきゃいけないじゃないの!」とお母さんに怒られて、という四コマ漫画が昭和のころにはたくさんあった。
日曜日のお父さん料理だけではない。女性が作る料理も、いまだにけっこう重いパターンが多い。よく目にするのは、やたらと飾りつけを気にした料理である。たとえば豚肉の冷しゃぶを皿に盛りつけたら、まわりにぐるりとミニトマトを丸いままで飾りつけるようなあれだ。食べにくいし、豚しゃぶとトマトの味がそもそも重ね合わされていない。単なる飾りでしかなく、味覚に何も寄与していない。
そんな余計な色を加える暇があるのだったら、たとえば豚しゃぶの下に千切りにしたキャベツを敷いたほうがいい。そしてたれはうま味の強い市販のものを使わず、醤油と酢、砂糖、ニンニクチューブ、ごま油をさっとかき混ぜて豚しゃぶに和えたほうがいい。これを千切りキャベツの上に並べれば、たれがキャベツにも染みこんでしみじみとした美味しさになる。
「インスタ映え」とかつて呼ばれていたような、派手な見た目を重視するのは、もはや古い。SNSの世界でさえも、外観を着飾って強く華美に見せることよりも、内面の自分の弱さをさらけ出し共感や親しみを得るほうが良いという方向に進んできている。料理も同じだ。
豚しゃぶを視覚でも美味しそうに見せたいのなら、ミニトマトではない。てらてらと脂の光る豚しゃぶと角の立った千切りキャベツ、それらをまとめて美味しさを醸し出している、薄茶色の粘りのあるたれ。その渾然一体となった美しさの視覚にこそ求めるべきなのだ。
更新:07月28日 00:05