
同じ仕事を続ける「二期作」か、新しい仕事に挑戦する「二毛作」
ーー現在78歳の弘兼先生。新刊『「まだ働かなきゃダメなんですか?」60歳からでもバリバリできる仕事力 『島耕作』シリーズ作者が実践する、いつまでも楽しく働くコツ』ではシニアの豊かな生き方について、実体験も踏まえて語られています。
【弘兼】普通の人は60歳や65歳を境に第二の人生が始まると思いますが、私は定年のない仕事なので。
私の場合は60歳、70歳と通過点という感じで、これまでと同じようなペースで仕事をやってきたので、還暦になったからどうこうっていうイメージはなかったです。
60歳を過ぎてからは体力的には弱くなるというくらいで、仕事はむしろノリに乗っていた時期かもしれないですね。
ーー弘兼先生が60代のころは、『島耕作』が専務~社長の時期。まさにノリに乗られてますね!ズバリお聞きしたいのですが、これまでの人生で一番楽しかった時期は、いつでしょうか?
【弘兼】答えるとしたら今かな。結構楽しいですよ。60代から少しずつ仕事を減らしていって、70代の今は1ヶ月80ページくらい。月の半分くらいは漫画を描いてますけど、残りの半分は描く以外の仕事だったり食事会をしたりと、変化のある毎日を送っています。
ただ、サラリーマンの人はおそらく、定年の時点で一回、ルーティンになっていた仕事がなくなるわけですよね。で、その時になってから「さあ、次何しようかな」と考えるのはちょっと遅い感じがしますね。
55歳なり60歳なり、自分の会社の定年の少なくとも5年くらい前からは計画みたいなのを立てた方がいいと思います。
ーー近年は定年が引き上げられ、60代後半、70代になられても働き続ける方も多いです。
【弘兼】私のように70歳を過ぎても仕事をする人もいっぱいいますし、悲しいかなローンが残っていて仕事をしなければいけない、という人もいっぱいいるんですよね。では、定年以降にどのように働くか。「二毛作」「二期作」の2通りがあると思います。
ーー二毛作、二期作とはどのような意味でしょうか?
【弘兼】二期作というのは、定年前と同じ仕事を縮小版にして継続する。元の会社の嘱託社員になったり、あるいは同業他社に再雇用されたりすることです。
反対に二毛作というのは、これまでとは全く異なる仕事に挑戦すること。ずっとサラリーマンをしていた人が、農業とかラーメン屋を始めるようなものです。
成功する確率は二期作よりは少ないと思うんですが、面白いと思うんですよね。
二毛作を目指すのであれば、例えば先ほどのラーメン屋の例であれば、定年前から休日は食べ歩きの修行をしたり臨時のアルバイトをして楽しめばよいんじゃないでしょうか。
私の知っているラーメン屋さんに、元通産相の役人だった人が開いた塩ラーメンの有名な店があります。これは典型的な二毛作の成功例ですね。
ーー弘兼先生のような執筆業ーー漫画家や小説家をひそかに目指している人も多いのではないでしょうか?
【弘兼】漫画家の場合、私の知る限りでは60歳を超えてからなったという人は知りませんね。
ただ、日本は誰でも文は書けますから、売れるということを前提にせず、趣味や生きがいとして小説を書いたりするのはいいかもしれません。
ーー漫画家を目指す場合、文章だけでなく絵も描けないといけませんからね。
【弘兼】還暦とまではいかなくとも、遅くにデビューした人はいますけどね。『ナニワ金融道』で知られる青木雄二さんは、45歳でデビューしています。
あと、私の早稲田大学漫画研究会の後輩で安倍夜郎という漫画家がいるのですが、彼もデビューは40歳と遅くそれまでは広告代理店で働きながら漫画を描いていたそうです。これは理想的な二毛作ですね。
ーーそれはすごいですね。
【弘兼】私自身、新卒就職は松下電器(現・パナソニック)の販売助成部で、広告の企画の仕事をしていました。
こう考えると、脱サラ漫画家には広告系の仕事をしている人間が多いですね。まったくの別分野ではない、半分は二期作のようなものですね。
ーー二毛作、あるいは二期作が成功する人の共通点は何かあるでしょうか?
【弘兼】何歳であろうと、新しい環境に入っていくわけですから、先輩風を吹かさないことですね。もちろん、明らかにおかしなことが横行していたら意見するのもいいと思いますが、基本は郷に入っては郷に従え。
自分はこれまでこうしてきた、ではなく教えてもらうという気持ちで。「実るほど頭が下がる稲穂かな」の精神が肝要でしょう。
その一方、無理して若者に合わせすぎる必要はないとも思います。おじさんがへりくだって距離を詰めてきたところで、若者も嬉しくないと思うんですよ。仕事のやり方にせよ価値観にせよ、つかず離れず、変えるところは変えて譲れないところは守る、でいいと思います。
更新:07月09日 00:05